第43話 盗撮の人と……


「見たっていつ、どこで?」



「ほら、あの日っスよ。バイト前にゲーセンで九条さんが彼氏さんといるところを二人で覗き見してたじゃないっスか。その日の夕方ぐらいだったかな、フードコートで――」



その日のことは、僕も覚えている。これでもかと言うほど、九条さんのことを引きずっていた真っ只中のことだったから。



達海さんが見たフードコートってのも、バイト終わりに美帆と遥陽に、九条さんについていろいろと問い詰められていたときだ。



にしても、達海さんがどうしてあの写真のことを……。この話は僕と遥陽しか知らないはず。美帆にもそれとなく訊いただけで、あの件については一切話していなかった。



まだうまく呑み込めず頭の中が情報で渦巻いている中、達海さんは僕の表情から何かを察したように頭を搔いた。



「あー、やっぱりその反応だと心当たりあるんスね。盗撮について」



「もしかしてちょっとカマかけた……?」



「そんな悪意はないっスよ。たまたま挙動不審な人を見かけて、その先に先輩たちがいたってだけの話っスから」



確かあの日は、僕は達海さんよりも早く店を出た。そして遥陽の家のポストに届いていた写真も、その日に撮られたものだ。



どこにも矛盾点はない。だとしたら、その書道部の人があの写真を撮ったということになる。一体何のために……?



「……てか達海さん、僕の彼女のこと知ってたの?」



できたって言う話は前にした覚えはあるけど、顔や名前まで教えた記憶はないし……。



「それなら前にひーちゃんがうちに遊びに来て、その時に聞いたっス。先輩は彼女さんを部屋に連れ込んでイチャコラしてたんスよね」



「い……イチャコラはしてないから……」



……あの日達海さんの所に行ってたのか。その日美帆とは何も話さなかったから――



と思い返していると、その夜中にうつろな意識の中押し当てられた柔らかいあの感触が再び蘇ってくる。



「……何スか先輩、急に顔を赤くして。こんなところで彼女さんとの熱々の記憶を掘り起こして、興奮するのやめてもらえないっスかね」



「べ、別に遥陽のことを思い出して興奮してたわけじゃないよ……!」



「彼女さんじゃないなら、一体誰の何を浮かべて唇に手を当ててるんスか?」



「いや何も思い浮かべてなんかないから! ちょっと喉が乾いたなーって……達海さん何か欲しいのある? 僕買ってこようか?」



……ダメだ。どうしても、意識してしまう。



僕が慌てる必要なんて何もないのに。美帆でさえ多分なかったことにしようとしているのに、僕がいつまでもあのことをズルズルと引きずるのは、自意識過剰な部分もある。



それに達海さんがあの夜の出来事を知っているはずがないんだ。



いくら今の僕の反応がおかしかったと言っても――勘が良くて頭の回る達海さんと言えど、真実にたどり着く可能性なんてないと断言できる。



「まあでも、それなりに意識はしてるんスね……」



「えっ、今なにか言った?」



頭を冷やして熱を下げるのに夢中になっていた僕は、達海さんがボソッと呟いた言葉をうまく聞き取れなかった。



「何でもないっスよ」



「そう……」



それならよかった。ここから尋問を続けられでもしたら、ふとしたところでボロを出しちゃうかもしれない。そんなことをすれば美帆にも大きな迷惑がかかる。



……って、そんなことより今はもっと大事な話の最中だったじゃないか……!



「――達海さん話を戻すけど、その写真を撮ってたって人は、本当にさっきの書道部員で間違いないんだよね?」



僕はその人のこと全く記憶にないけど……。



「九割九分、同一人物っスね。あたし記憶力はそれなりに自信があるっスから。」



「今日はその確認のためだけにここまで来たの?」



「まあ大体はそうっスね。それで、どうするっスか?」



「どうするって……」



どうすべきなんだろう? 直接その人に問い質してみる?



けど達海さんの証言だけで、証拠がなければどうしようもない。撮ったデータなんて削除すればいいだけなんだから。



いったん遥陽にこのことを伝える? もしかしたら僕が知らないだけで、遥陽はその人と面識があるかもしれない。それを確認してからでも遅くない。



……そうだ、それがいい。そうしよう。



僕が中途半端に動いて、事が悪化するようなことは避けたい。



「そういえば、あの場には九条さんの彼氏さんいなかったっスね」



「……今むちゃくちゃ考え事してたんだけど、微妙に話題ずらすのやめて」



「先輩の頭じゃありきたりなことしか思いつかないっスよ。どうせ今のままじゃどうしようもないから、とりあえず彼女さんと相談しようって考えてるんじゃないっスか」



「……」



「本当に分かりやすいっスね」



「ありきたりな頭で悪かったね」



「なに不貞腐れてるんスか。それを見越してちゃんとあたしは手を打ってあげたんっスよ」



「えっ、どういうこと?」



「さっきお兄ちゃんに、ちょちょいと、っス」



そう言って、慣れたような絵になるウインクと一緒に親指を立てた達海さん。さっき何か二人でコソコソ話していたのはそのことだったのか……?



「……どうして達海さんがそこまでしてくれるの?」



僕にとってはありがたいことだけど、達海さんがそうまでしてくれる理由が全く分からなかった。



達海さんにとっては僕なんて、たかがバイトの先輩。僕にとって達海さんは、ただのバイトの後輩。



美帆という不思議な共通の縁があるけど、それを知ったのだってつい最近だ。



美帆のためならともかく、僕と遥陽に恩を売ったところで、それが後々何倍にもなって返ってくることなんてないことぐらい、理解しているはず。



僕だったら絶対にそんな面倒くさいことには首を突っ込んだりしない。傍観者を決め込む。



達海さんのことだから、『面白半分で――』って言われても不思議ではない。



でも、見た目や普段の態度がチャラチャラしてても、達海さんが深い所で物事を考える子だってのはさすがの僕もそれとなく察している。




「――先輩」



「……ん?」



「テニスコートがよく見える所に案内してほしいっス。そこで話の続きをするっス」



「別にいいけど……」



僕の質問を無視した……というわけではなさそうだ。ここも二人きりで、誰かに盗み聞きされるようなこともないからいいと思うんだけど……。



達海さんは僕ではなく、遠い所を見据えながらそう言った。



僕たちの目の前に広がるグラウンドのさらに奥に、テニスコートはある。



「じゃあついてきて」



「っス」



僕が先導し、達海さんが一歩遅れて僕の後をなぞる。ここは僕の高校で、達海さんは部外者。当たり前のことなのに、なぜか奇妙な距離間を感じてしまった。

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