第40話 アイス

九条さんとこうして顔を合わせるのも、久しぶりな気がした。



実際にはそんなに前ではないんだけど、相談事があるからといった理由でファストフード店に行ったんだった。



彼氏ができた九条さんだったけど、その彼氏が九条さんではない他の女の人と仲睦まじくしていたとかなんとか……。



それで僕に探偵的なことをしてくれとお願いし、僕はそれを断ったのだ。



ちょうど遥陽と付き合いだしたばかりで、当時はまだ僅かに残っていた九条さんへの未練を断ち切るために、九条さんから逃げるようにして僕は姿を消した。



あれからどうなったんだろう――という、単純な興味心はある。



でもとてもじゃないが、前回の別れ方も含めて僕の方から訊ねられるような立場ではないため、今日会うのが少し怖かった。



それもあり、向こうから普通に挨拶をしてくれたことはかなり以外だった。その微笑みの向こうでは、何を思っているのだろうか。



夏休み前の僕だったらそんなこと考えもしなかっただろうに、その頃とは完全に中身の異なる緊張感が僕の中にあった。



「宿題は全部終わらせた?」



「えっ? ……うん、一応終わったよ」



「実は私まだ英語が終わってなくて……あれって最初の授業で提出だから、週末にやればいいやって思って残してるんだ」



「そうなんだ……もしかしたら同じようなことしてる人もいるかもね」



……何でこんな世間話ができているんだろう。



僕の意識しすぎで、九条さんはあの日のことを特に何とも思っていないのかな……? これからも今まで通り、友達として接していく。



そういう解釈をして問題ない……?



僕も九条さんの人となりには多少の疑問を覚えなくはないのだけど、だから素っ気ない態度をとったり無理して距離をとる――というようなことまではする必要はないって思っている。



九条さんとはこれまで通り、いちクラスメイトとして穏やかに過ごしていければそれに越したことはないから。



それにどうせ前までとは違って僕には遥陽がいるのだから、わざわざ顔色を伺って話しかけたり、二人で勉強することもなくなる。



――九条さんとのことで、あれこれ考えるのはもうこれっきりにしようと決心した。













***



「おーっ、久しぶりだな凜玖」



雅樹まさき……」



始業式が終わって体育館から教室に戻る途中、後ろから覆い被さるようにした肩に手を回してきたのは、僕のクラスメイトである今岡雅樹いまおかまさきだった。



雅樹とは中学時代からの友達で、同じバスケ部に所属していたことから、クラスでは一番仲のいい友達だ。



身長一八〇センチをゆうに越えている雅樹は、短髪で刈り上げられた頭で僕を見下ろしながら何度も肩を叩く。



「今年はあまり二人で出かけられなかったな。せっかくの野球も雨で流れるし、俺の部活とお前のバイトも微妙にズレたからなー」



僕と違い高校でもバスケを続けている雅樹は、自分たちの代になったことで、今年の夏は忙しかったのだろう。



その証拠にこんなに日焼けして――体育館の中での練習なのになぜだろうね。



僕と雅樹が仲良くなったきっかけは、野球だった。中学のバスケ部の中で、野球観戦が好きなのがたまたま僕と雅樹で、そのことで意気投合し何度か一緒に球場に行くこともあった。



実はこの夏休み中も、前々からチケットを買っていんだけど残念なことに雨で中止になってしまったのだ。



「優勝が決まるまでには一回ぐらい行きたいよな」



「そうだね……でも土日は中々厳しいよね」



「んーそうだな……。やっぱ消化試合はなあ」



プロ野球は例年九月には優勝球団が決まる。僕と雅樹が応援している球団は、なんとか首位の球団しがみついてはいたものの、かなり厳しい状況にあった。



「まあ、また空いてる日とかあったら教えてよ。チケット取れるかみてみるからさ」



「頼むわ。もしこっから追い上げでもしたら最悪仮病使うしかないな」



雅樹と談笑している間に、僕たちは教室に到着する。



こういう話をするのは新鮮な気分だった。ここ最近は、遥陽や達海さんといった女の子相手とばかり喋っていた記憶しかないから、男同士の趣味の話というのも悪くない。



何がいいかって、完全にストレスフリーの会話ができるからだ。遥陽相手だと彼女だからこその意識というか、少し考えてしまうところもあるから。




それこそ雅樹相手と野球談義をすれば、丸一日中語れる。特に今だと今年の甲子園の話題から、来月に行われるドラフトなど――語り出すとキリがないぐらいに。



美帆はいつも家でテレビをつけているせいか、 それなりに知識があるから話し相手にはなれるんだけど、遥陽もちょっとでいいから興味を持ってくれたら嬉しいな……。



僕も遥陽の好きなことを共有したいなっていう思いはあるし。










――始業式が終わったあとは、長めのホームルームで担任の先生からの話や連絡事項等で時間が過ぎ、昼前にはもう下校となった。



ほとんどの人はこれから部活があるんだけど、僕を含めた一部の帰宅部は自由時間になる。



帰ってもいいし、残って勉強したりしてもいい。



明日は夏休み明けのテストがあるから、このまま少し勉強する人も多いのかもしれない。



悲しいことに交友関係の狭い僕は、雅樹を除くと友達らしい友達はあまりいない。



休み時間にちょっと喋ったり、帰り際とかに挨拶する仲程度だ。学校の中では友達だけど、休日に外で会って遊びに行くような関係ではない――そんな人が多い。



だから今日も、遥陽は部活だってことは分かっていたからお昼は持ってきていなかった。



もし遥陽と一緒に帰ることになっていたら、近くのコンビニとかで買おうと思っていたけど、それもなくなった。



だとすれば、ここに残り続ける理由は僕になかった。ふと横の席を見やると、九条さんの姿はもうない。



きっと九条さんも、書道部が活動している教室にでも行ったんだろう。



僕は筆記用具ぐらいしか入っていない、ほぼ空っぽのカバンを背負って廊下に出た。



外に出ると、朝登校した時よりも一段と暑さが増していた。さっさと家に帰ってシャワーを浴び、冷房ガンガンの部屋でアイスが食べたい。



焼き付くような陽射しを浴びながら、せめて頭の中ぐらいは涼しいことを考えようと、アイスのパッケージを次々と頭の中に浮かべていく。



家にはまだあったっけ……。



危険防止という理由で校内では乗ってはいけなため、帰りにスーパーに寄るか否かを決めあぐねながら自転車を押していると、門を出たところでチューペットを口にくわえながらうろうろしている女の子を発見する。



今日は棒付きやカップのアイスじゃなくてこれでもいいかな……と、今日の僕のおやつが決まりかけたころ――









「――うーっス先輩。ちょっと校内案内してくださいっスよ」





ペダルに足をかけた僕の行く手を遮るようにして、チューペット少女――ではなく、バイトの後輩である達海さんが目の前で腰に手を当ててニヤリと笑みを浮かべていた。

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