第16話 動き出す者たち
夜寝る前の、何もしなくていい時間が僕は好きだ。寝支度を全て終え、あとは布団を被って電気を消すだけ。この瞬間だけは無敵になった気分がする。
時刻はもうすぐ夜の十一時になる。
ベッドに寝転がっている僕は何となくメッセージアプリを起動し、達海さんとのトーク画面を開く。閉じて今度は遥陽とのトークに切り替える。そして閉じる。
さっきから何度もこの繰り返しだ。達海さんには何か言っといた方がいいと思いながらも、何て言葉を送ればいいのかが分からない。
対して遥陽は言わずもがなだ。無敵になったのは本当に気分だけだったらしい。遥陽は僕の答えを夏休みが終わるまで待つと言ってくれた。
だからといって、期限ギリギリまで悩む必要があるのだろうか。多分次に遥陽に会うとしたら、その回答日になる。それまで僕は、ただ理由もなく先延ばしにするだけである。
それこそ本当に、めんどくさい宿題を後回しにして最後の最後に慌てて終わらせる学生みたいに。今まさに僕が遥陽に対してとっている態度は、こんな感じといっても間違いではなかった。
……美帆はもう寝たのだろうか。
僕のせいで、僕が風邪気味だと勘違いしている美帆は、さっきも体調は大丈夫かとわざわざ訪ねに来てくれた。
罪悪感しかない。一晩寝たら元に戻ると言って帰ってもらったけど、少し前までご機嫌ななめだったのが嘘のようにかなり僕の身体を気遣ってくれていた。
僕と美帆の部屋は、廊下を挟んで向かい合う形に位置している。部活で朝が早い日が多いので、美帆は比較的すぐに夢の中に落ちる。
なので、あまり部屋を出る時とかに大きい物音を立てると、あとで怒られたりすることがあるのだ。
「喉乾いたな……」
エアコンを点けっぱなしにしているせいか、どうにも喉が乾燥して潤いを求めてくる。
僕は念の為ソロりとドアを開けて、つま先で擦りながらリビングへ向かおうとしたけど、美帆の部屋から明かりが漏れていたから、普通に歩いていった。
リビングには仕事から帰宅していた父さんと母さんが、ドラマを見ながら紅茶を啜っていた。
昔はちょくちょく一緒に見たりしてたけど、今はおもしろそうなやつがあれば後で配信でいつでも見れるため、リアルタイムで何かを視聴することはほとんどなくなった。それこそスポーツぐらいだ。
二人ともかなり見入っていたため、僕は邪魔しないよう冷蔵庫に冷やしてあったスポーツドリンクのペットボトルを取ったら、すぐにリビングと廊下を繋ぐドアを閉めて戻った。
「……ん?」
途中、何か話し声が聞こえてふと首を捻ってみると、どうやら美帆が電話で誰かと話しているらしかった。こんな時間にだ。
彼氏とかだったりしないよね……。何だか妙な胸騒ぎを覚えた僕だったけど、美帆だってもう高校生で、僕主観が入ってはいるがルックスだってかなりいい。
もし誰か付き合ってる人がいたら、それはそれで悲しいな……なんてシスコン扱いされてもおかしくないような気を吐いた僕は、再びベッドに倒れ込んだ。
美帆に九条さんとの失恋を打ち明けたときは僕を慰めるためか、どうしても彼女がほしかったら自分がなってあげる的なことを言っていたから、やっぱりまだ彼氏なんていないに違いない。きっとそうだ。
美帆は僕にとっては唯一の兄妹なんだ。将来結婚するってなった時でも、例えその相手が美帆の選んだ人だとしても、僕は心に穴が空いてしばらく放心状態になることは避けらないだろう。
けど逆に美帆は、もし僕に彼女ができたら祝福してくれるのかな。その人が遥陽だったら――
「……こんなネガティブ豆腐メンタル星人の僕が、よく九条さんと夏休みどこ行って何しようとか壮大な計画を立てていたな……」
もう今晩何度目か分からない、遥陽とのやり取りが記されているトーク画面を開く。一番最後は、遥陽の『明日楽しみにしてるね!』と、僕の猫のスタンプでそのまま止まっている。
「……よし」
――しばらくその画面を眺めていた僕は、意を決して文字を打ち込み始めた。
今日の達海さんとの一件で、クヨクヨしても仕方ないと気付かされた。おかげで、自分の中での答えはある程度固まりつつあった。
僕はそれを――僕がそれを決めてしまうことに、誰よりも、そして何よりも恐れていたのだ。どっちの選択をするにしてもこの先僕たちの関係が変わってしまうことを。
『遥陽、こんな遅くにごめんね。直接会って話したいからできたら遥陽の空いている日で、一番近い日を教えてほしい。』
……こんな感じでいいだろうか。
遥陽とは、今まで数え切れないぐらいのやり取りをしてきた。そのどれをとっても比較にならないぐらい、僕は何度も文章を読み直し、書いては消し書いては消しを繰り返してようやくあとは送信するだけ、どいうところまできた。
――頑張れ僕の親指!
と、念を込めてタップ――しようとした瞬間だった。
――ポンッ。
画面の上部に、新規メッセージが来たことを告げる通知が表示された。
誰だよこんなタイミングに……。
遥陽にメッセージを送る事以上の緊急の連絡なんてないだろう。と僕はスワイプしてそれを消そうとしたのだが……。
【九条雛美】
『こんな時間にごめんなさい。実はどうしても長浜くんと二人で――』
その先は、実際に開けないと見られなかった。
それをするためには、一度遥陽とのやり取り画面を閉じる必要がある。
けどその後で、僕は再びこの画面を開いて今のメッセージを送ることができるのだろうか――
その差出人の名前を目にした時にそんなことを考えてしまうぐらい、僕の全身の血液は脈を打っていた。
僕はまだ……九条さんのことが好きなんだ……。
***
「ンアアアァァァ~~~ッッッッッ!!!!」
一度マイクを口元から離し、炭酸で喉を刺激する。
「何なんスかあの人は!!! あたしがここまで迫って堕ちないなんて、本当に童貞なんスか!!!!!
…………ハァハァ 」
そして力尽きたようにソファ突っ伏したところ、ポケットに入れていたスマホが震えていることに気づいた。
「はいもしもし……あぁこれっスか。やけカラオケっスよ。いや気にしなくていいッス、こっちの事情なんで」
「――えっ? いやたまたまじゃないっスか。はいはい分かってますっスよ。じゃあお休みなさいっス、ひーちゃん」
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