第9話 幼なじみ
***
特に代わり映えのない日常を過ごしていた。家を出るときになってようやく、外の空気を生で吸うのは三日ぶりだということに気づく。
親は仕事で妹は部活。友達も部活やら塾やらでなんやかんや皆忙しいため、必然的に一人で家にいることが多くなっていた。
僕はバイトは大体週に一回か二回なので、外に出るのもそのときぐらいだ。
甲子園を見て夏休みの宿題をやって、あとはゴロゴロする――が僕のルーティンと化していた中、昨晩遥陽からメッセージが届いたのだった。
【凛くん明日暇? 部活が休みだから、よかったら買い物に付き合ってほしいんだけど……】
予定がないということをそのまま返すのに、僕のなけなしのプライドが抵抗をしたが、せめてもの意地は張ってもいいだろう。
【うーん、暇といえば暇だけど……美帆じゃなくていいの?】
【美帆ちゃんはさっき聞いたら、予定が入ってるらしくて(T_T)】
なるほど、美帆の代わりか。
【僕は別に構わないけど、他の女子の友達とかじゃなくてもいいの?】
元々美帆とのショッピングを計画していたのなら、僕のような男よりも女の子の方が楽しめるのでは、と思ったのだけれど……。
【うん! 凛くんとがいいから! それにどうせ凛くんが妄想していた九条さんとの予定も消え去って、引きこもっているんでしょ? せっかくの貴重な夏休みなんだから、私とリア充ぽいことしようよ!】
妄想って言われると、イヤらしいことを考えていたみたいで鼻につくな……。せめてシュミレーションと言ってほしい。
それに、さすがの僕も付き合ってもいない相手に対して、夜な夜なあんなことやこんなことまで考えていたわけではないからな。
【遥陽がいいなら構わないけど、どこか行きたいところあるの?】
僕の質問に対して、遥陽はいつものショッピングモールと返答してきた。僕のバイト先でもあり、三日ほど前にフードコートで僕をイジメた所である。
あそこはこの地域じゃ一番の複合施設で、一日じゃ回りきれないほどのアパレル系ショップに加え、カフェにペットショップ、ボウリングや映画館といった娯楽を満喫できる場も数多く存在している。
ここら辺に住んでいる学生が休日に集まる――ってなったら一番最初に候補に上がるたまり場だ。今までも、美帆を含めた三人で何度か行ったことがあるし、予想通りといえば予想通りだ。
遥陽とは昼前に現地で落ち合う約束をし、そのまま当日の朝を迎えることになったのである。
***
「お待たせ凛くん!」
駐輪場に自転車を置いて、そのすぐ側の入口で待っていると遥陽が小走りで駆けてきた。
「待ち合わせの時間はまだだから、そんな走らなくてもいいのに」
「久しぶりに二人で遊ぶんだから、少しでも長くいたいじゃん」
すごいこちらが照れるようなことを平然と言ってのけるな僕の幼なじみ……。不覚にも、びっくりしてつい目を逸らしてしまった。
遥陽は黒のTシャツに黒のスキニーといった、上下共にブラックコーデだ。それもあってか、その上にかぶっている白いキャップが一段と目立っている。
僕の方は、無地のTシャツとデニムを組み合わせたシンプルなものになっているけど、遥陽も似たようなものなので、まあどちらかだけ派手よりかはいいだろう。
「とりあえず暑いから早く中の涼しいところに行こうか」
「だね」
朝に見た天気予報では、今日も昨日に続いて猛暑日だと言っていた。
ここに来るまでの十分少々の間でも、着く頃には滝のような汗を流していたから、さすがにこれはと思い、駐輪場で必死にタオルで汗を拭いていた。
「んー、一気に生き返った気分!」
入口をくぐり抜けるやいなや、遥陽は両手を大きく突き上げて幸せそうな表情を浮かべる。
言うまでもなく、中はこれでもかと言うほど空調が作動しているため、扉一枚しか隔てていないというのに本当に天国と地獄のようだ。
「遥陽は行きたいお店とかあるの? お昼も近いから先にそっちでもいいけど」
「そうだねー、凛くんはもうお腹空いてる?」
「起きるの遅かったから、腹ぺこってわけでもないかな……」
「私もまだそこまでだし、先に遊んじゃいますか!」
僕の手をとった遥陽は、行先に目星をつけたのかそのままエスカレーターまで連れていき上に上がっていく。
たどり着いた先は四階、ゲームセンターの前だ。この階にはレストラン街もあり、もちろん僕がお世話になっている和食レストランも含まれている。
ここに来るのもあの日以来のため、意識しなくとも、先日の九条さんとその彼氏が寄り添っている後ろ姿が浮かんでしまう。
正直気が気ではないが、もちろん遥陽はそんなこと知る由もないから、僕個人の理由で遥陽の楽しみを奪うわけにもいかない。
「遊ぶのはいいけど、今日って服とか買うために来たんじゃないの?」
てっきり荷物持ちでもさせられると思っていたため、僕は思わず疑問を口にする。
「美帆ちゃんと一緒ならそのつもりだったけど、今日は凛くんとデートだからね! ちゃんと恋人っぽいことしないと!」
恋人じゃないんだけど……って突っ込むべきなのか。そして僕が反応に困ったような顔をしているのに気づいた遥陽がペロッと舌を出して――
「――なんてね、でも凛くんだったら、私はありよりのありだよ」
「えっ――」
「さーてまずはお腹を空かせるために、運動しますか!」
もう何なんだ一体。僕は弄ばれているのか?
遥陽が指さした先に目を向けて見ると、そこにはリズムに合わせてマットを踏む、ダンスと音ゲーをミックスしたような機体が乱立していた。
同い年ぐらいの若い子がノリノリでステップを踏んでいる様子を見て、僕は無理無理と首を振る。そもそもダンスとかそういうのは苦手なんだ。
「あれ……するの? 僕やったことないしできる気しないんだけど……」
完全な偏見だけど、こんなの陽キャ専用の遊びだと思っている。達海さんとかよく似合いそうな。
「大丈夫だって! 私もそんなに経験ないから、どうせ知り合いは誰も見てないんだし!」
そういう問題では……なんて反論通用するはずもなく、遥陽に引っ張られてきた僕は勝手がわからないままゲームに臨んだ。
――そして終わったあと、もうこれは二度としないと誓った。
「いやー、また汗かいちゃったね」
最初の一回でギブアップした僕が口に水を含んでいると、ようやく満足したのか遥陽も手をパタパタとしながら戻ってきた。
早々と撤退した僕は、ゲームに熱中する遥陽の背中を眺めていたのだけれど、ずっと運動部に所属しているだけあってか素人目に見てもかなり上手かった。
今日の服装自体がダンサーっぽいし、跳ねるためにぴょんぴょん揺れるポニーテールが目の保養にもなった……うん。
「はいこれ」
「ありがとう、凛くんにしては気が利くね」
一言余計だ。遥陽が終わるのを待っている間に、自販機で買ってきたスポーツドリンクを手渡す。
「よし、じゃあ次はあれ!」
ぷはーっと息を吐いた遥陽が次に狙いを定めたのは、クレーンゲームのゾーンだ。
またしてもフラッシュバックする記憶を何とか押し込み、あそこにしよ! と言う遥陽を見失わないようついていく。
「これが欲しいの……?」
分厚いガラス板の奥に鎮座している、首元に赤いリボンを巻いた巨大なクマのぬいぐるみに、僕は自分でも顔が引きつったのが分かった。
どう見てもアームと商品の大きさが釣り合っていない気がするんだけど……。
「やっぱやるからには簡単なのより難しいのだよ!」
「遥陽ってよくクレーンゲームするの?」
「私? うーん……何年ぶりだろう」
無理じゃん。僕だって遥陽と同じくらいのブランクがある。
「凛くん、今絶対これ無理だろ、って思ったでしょ」
顔に出てた。ぷくっと頬を膨らませた遥陽が、グイッと顔を寄せてくる。帽子のつばが僕のおでこにぶつかる。
近い……。もし遥陽が帽子をかぶっていなかったら……と想像してしまう。遥陽ってこんな可愛らしい顔してたっけ……。
「じゃあもしさ――」
少し顔を引いた遥陽の澄んだ瞳が僕を見据える。そして今度は帽子が邪魔にならないよう、身体を横にズラして僕の耳元で囁いた。
「――これが取れたら、もう九条さんのことなんか忘れて、私を凛くんの彼女にしてくれる?」
「はる……ひ……? 」
比喩ではなく、一瞬本当に心臓が跳ね上がった感覚がした。
これだけ爆音が飛び交う空間の中でも、ゼロ距離で直接言われれば、聞こえなかったふりなんてできない。
そして僕は待つ。どうせまたさっきみたいに『なーんてね』って言うんでしょ。
今のはさすがに僕も不意打ちをもらってしまったが、立て続けに何度も同じ手は喰らわない。
「――凛くん、これは冗談なんかじゃ……うんうん凛くんに対しての想いは、今まで全部本気だよ」
――僕が遥陽と出会ってもう十年になる。
そんな僕でも見たことのないような紅潮した顔を強ばらせながらも、長いまつ毛の先を震わせる遥陽は、可愛らしい表情を浮かべていた。
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