第8話 ――見た


「それでは凛くん選手に質問です! ズバリ好きになったきっかけは何ですか!」



拳を握りしめた遥陽が、マイク代わりにその手を僕に向けてくる。何だこの茶番は。



「……特にこれといったきっかけはないかな。毎日話しているうちに徐々に気になりだしたって感じで……」



九条さんに対しては、一目見て惚れたとか、運命の相手だと感じたとかそういうのではない。



九条さんという名の網にかかった僕が、ゆっくり手繰り寄せられていくように、僕の心も九条さんの元へ引き寄せられるようになったのだ。



「なるほど……ストーカーの性に目覚めたと言うわけですね!」



「なぜそうなる」



「ズバリ! 振られた理由はなんだと考えていますか!」



「だから振られてない。そこに行き着く前に終わったんだ」



「告白のセリフがあまりにもキモすぎたから……っと」



「僕は生まれてこの方、誰にも告白したことはないんですが」



さっきからこんな感じだ。インタビュアーもどきの遥陽の質問に僕は律儀に答えてやっているというのに、歪んだ解釈ばかりされている。絶対現代文のテスト赤点だろ。



空想で物事を書くと言われているどこぞの週刊誌も、遥陽の記事を読めばドン引きするだろう。



その隣で遥陽に同意するかのごとく、腕を組みながらうんうんと頷く美帆。君の兄さん変態ストーカー呼ばわりされているんだよ……。



少しは怒って僕の味方してほしいな……なんて。美帆がそんなことしてくれるわけないか。それどころか、時々目を瞑って僕の顔さえまともに見てくれようとしない。



美帆は普段から家でも大人しいのだが、今はそれに加えて空調が直撃しているのかってぐらい、全身に冷気を纏っている。



比べて遥陽の方は、最初から一貫してハイテンションだ。元々昔から喜怒哀楽といった感情の起伏が大きいやつなんだけど、今日はあれだな。サンタさんに新しいおもちゃをもらった子供みたいなはしゃぎようである。



僕と美帆が出会って間もない頃は、遥陽もいれた三人で遊んだりすることもあり、僕らの仲を取り持ってお互い早い段階で自然に接し合えることができるようになったのは、遥陽のおかげでもあった。



ショートヘアの美帆とは対照的に、遥陽は伸びた髪を後ろで束ねたポニーテールが特徴的だ。



二人は背丈に加え、どことなく雰囲気も似ているのでこうして並んでいると本当に姉妹なんじゃないかと思ってしまう。



身体つきはまあ……遥陽の方が一つ上ということでさっきの達海さんと引けを取らないぐらい、強調されるところは強調されている。



「……遥陽さん、兄さんが美帆と遥陽さんの胸を見比べた後に、美帆の方を見てため息をついたんですが」



「た、ため息までついてないよ!」



急に何を言い出すんだうちの妹は。さっきまで瞑想してたじゃないか!



「ふーん、きっと凛くんは九条さんと二人でいる時も、ずっとそんな目で舐め回すような眼差しを向けていたんだね。そりゃあ身体目当てだって思われても仕方ないかなー」



「うんうん」



どさくさに紛れて話を悪い方に盛るんじゃない。事実改編もここまでくると、夏休みが終わる頃には僕の失恋エピソードがとんでもない超大作になっていそうだ。



「まあでも、凛くん好きな人ができたんならちゃんと前もって言ってくれないと困るな」



「何でいちいちそんなこと遥陽に言わなくちゃ駄目なんだ」



「何でって、その子がちゃんとした子なのか、私と美帆ちゃんで見極めなくちゃいけないからに決まってるからよ」



「うんうん」



「過保護な母親か」



そんな母親、漫画やアニメの世界でしか見た事ないぞ。



「で、僕が言ったとして、もしその子が二人から不合格が出た場合どうなるんだ?」



「そんなの……ねえ?」



「そうですねぇ」



二人して口元に手を当てて意味深な笑みを浮かべている。……これ以上聞かない方がいいのかもしれない。女の闇を垣間見た気がする。



「とにかく、もう終わったことを何回も掘り下げられるのは勘弁してほしい。こんなこと自分で言うのもおかしいけど、僕が女の子と出かけたりするようなことは、しばらくはないから」



「凛くんがそこまで言うなら……今日のところはこのぐらいで解放してあげようか」



「そうですね。これに懲りたらもう女の子に手は出さないこと。そういうのは、兄さんのことをよく知っている美帆か遥陽さんにしとくんだよ」



「うんうん」



これ僕を慰める会じゃなかったっけ……? 何で説教で締めているんだ……。てか幼なじみはともかく、妹に手を出す方がよっぽどヤバいやつだろ。





――結局僕たちは、何も飲み食いせず一時間以上フードコートの座席で、僕からすれば謎の集会を開いて解散することになった。



時刻はもう六時を回っている。そういえば、達海はもうあがったのかな……?



――と、フードコートから出る時に、奥の方にある僕のバイト先を見やったとこで、ふとずっと疑問に感じていたことを思い出した。



僕はテニスラケットを背負って前を歩く、美帆と遥陽を呼び止める。



「遥陽って僕と九条さんのこと美帆から聞いたんだよね? そこから二人ってこの事誰かに話した?」



「美帆がそんな話できるの、遥陽さんしかいないけど……」



「私は誰にも言ってないよ?」



二人ともきょとんとした素の表情で、揃って首を傾げている。



「……ないならいいんだ。大したことないから気にしないで」



疑っている訳ではないけど、さすがに嘘を言っているようには見えない。そうなると、ますます達海さんの情報源が謎に包まれるな。



どうせ今考えたところで答えなんて出ないのだから、次会った時に忘れずに聞けばいい話なのだけれど……。












***







「………………えっ……?」







***













帰り道は三人とも自転車のため、特に会話をすることなく帰路に着いた。



「じゃあまたね、凛くん美帆ちゃん」



「うん、また」



「お疲れさまです 」



先に遥陽がマンションの駐輪場に消えていき、僕たちは遥陽を見送ったあと、すぐ向かいの自分たちの敷地に自転車を押して停めた。



「今日は母さんが七時頃に帰ってくるらしいから、晩ご飯はもうちょっと我慢しなきゃだね」



「そうだな……こんなことなら何か食べときばよかった」



バイトをこなして、その後に女性陣二人の相手をしたのだからもうエネルギーゼロだ。



「次からはお菓子とジュース必須だね」



「今日みたいな話題はなしだからな」



「それは兄さん次第です」



お腹をさする僕を見て微笑む美帆。悪魔の微笑みかな?



家の中に入った僕たちは手洗いを済ませ、美帆は先にシャワーを浴びるとのことで、僕はリビングでテレビをつける。



ちょうど今日の甲子園のハイライトが流れていた。



バイト終わりに結果を見ようとして忘れていた、僕が注目していた試合の映像が流れている。



結果は僕を含めた大方の予想を覆し、春夏連覇を狙った王者のエースが滅多打ちにあい、三回途中でノックアウト。



十二対四というスコアで、早くも優勝候補が姿を消すこととなった。



いやはやこれだから甲子園はおもしろい。これは甲子園に限ったことではないが、当たり前だと思っていることでも、予想だにしないことが起きることがあるものなのだ。



そういう意味では、九条さんがさっさと別れて――なんてことも……。



そんな自分勝手な妄想だけを膨らませつつ、僕は明日の試合カードを確認するべく、意識をテレビへと戻した。



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