第7話 バイト前とバイト後
「どうするっスか先輩?」
「どどどど動揺なんてしてないから」
「めちゃくちゃしてるじゃないっスか」
「……とりあえずあれだ、達海さん」
「あれって?」
「店長に今日休むって連絡しておいて」
「訳の分からないことを言わないでくださいよ。こんな直前に休むなんて言ったらボロクソに怒られるッスよ」
達海さんは心底呆れたような顔で、僕の腕を引っ張ってその場から離れようとする。
人がうじゃうじゃ行き交う夏休みのショッピングモールで、僕たちと九条さんたちとの距離は直線でおよそ二、三十メートルといったところか。
向こうは景品とアームに釘付けになっているから、余程のことがない限り僕たちに気づくことはない。
「一緒にいるあの人が彼氏っスかね。後ろ姿じゃ誰だか判別できませんね……」
「僕はむしろ、達海さんが九条さんを知っていることに驚きなんだけど」
達海さんは、僕よりも早く九条さんを見つけた。数分間の間に百人単位の人々が視界に映っていくこのフロアで、狙いの人物をピンポイントで射抜くなんて、よっぽど親しい相手じゃないと難しいのではないか?
「それはほら、さっきも言いましたけど、あたしには特別な情報網があって……」
……。
何か怪しい……。達海さんは僕と目を合わせようとしない。
確かにSNSが発達した昨今で、達海さんのような陽キャが本気を出せば、大抵の知りたい情報は手に入れることができるのかもしれない。
けれども、たまたま僕と九条さんが一緒にいるところを目撃していたとしても、昨日で完全に脈なしだと判明した――という事実を知り得ることはできないはずだ。
それこそ、九条さんが昨日の出来事を誰かに話したりしない限りは――
「あっ、先輩移動するみたいっスよ。ってこっちに来るっス……!」
目当ての景品が取れたのか、はたまた失敗したのか……。九条さんとその彼氏(仮)はクレーン台から離れ、ゲームセンターを後にしようとする。
慌てた僕たちは、反射的に踵を返し従業員専用口の中に戻った。
この中だと間違っても入ってくることはない。けどその分、僕たちも九条さんの姿を追うことはできなくなる。
「いやー危なかったっス。鉢合わせでもして、あたしたちの関係が知られてしまったら大変っスからね~」
「何がだ?」
「だって先輩昨日の今日で違う女と一緒にいるんスよ。件の九条さんからすれば、『昨日振ったばかりなのにもう新しい人に手を出すなんて、所詮私に対する思いはその程度だったんだね』ってなるっスよ」
「別に僕たちの関係が知られたところで、大変なことは何もないでしょ。あと振られたわけではない」
九条さんに扮した達海さんかわざとらしく泣き真似をして見せる。全然似てないし、九条さんの方がもっと綺麗でお淑やかだ。
「先輩……それってあたしとは勘違いされてもいいってこと――」
「そんなことよりもうこんな時間じゃないか。――多分もう行ったはずだから当初の予定通りバイトに向かおう。ほら、急がないと遅刻するよ」
突然九条さんをこの目で捉えてしまったことにより、気が動転してしまっていた。冷静になって考えてみると、ここで二人の後を追ったところでただただ虚しくなるだけだ。
達海さんに声をかけた僕は、再度両開きの扉を押して今度こそバイト先を目指す。今時間を確認したら、あと三分以内にタイムカードを押さないといけない。
「――こんなに可愛い後輩が近くにいるのに、過去の女に未練タラタラ。~今さらあたしの魅力に気づいてももう遅い~」
「……どうしたの達海さん?」
耳元で呪詛のようなものを呟かれた僕は、なぜか頬を膨らませて僕を見据える達海さんに首を捻る。
傍から見ればあざとさMAXだけど、その整った顔立ちでされればけっこう破壊力が大きい……のは否定できない。
「……なんでもないッスよ」
ぷいっと鼻を鳴らした達海さんは、まるで僕のことが見えていないかのように一人でに歩き出した。
そういえば美帆もたまに、なんの前触れもなく機嫌が悪くなることがあるけど、その時とどことなく雰囲気が似ている気がする。
……女の子の考えることはよく分からん。
その後は二人に遭遇することなく、レストランへとたどり着いた。ギリギリ遅刻は回避できた。
***
正午から五時間に及ぶ労働を終えた僕は、挨拶をしてレストランの暖簾をくぐって外に出た。
達海さんは、まだ後一時間ほど残るっぽい。ここに来るまではご機嫌ななめの達海さんだったけど、制服に着替えてホールに立つや否や、人が変わったかのような笑顔をお客さんに見せていた。
僕はキッチンからその様子を少し伺っていただけなのだが、その意識の高さに一人関心していたものだ。
結局何に怒っていたのかは分からずじまいだったのだけれど……。
行きと違い、帰りは僕一人。人の賑わいにぶりに変わりはなく、一応念のため昼間のようなことがないか、気持ち視野を広げながら歩いていた。
そういえば今日の甲子園の結果はどうなったのだろう。
確か第三試合が春の選抜優勝校が出るはずだった。プロ注目の豪腕左腕を擁する王者に挑むのは、高校通算五十ホーマーのスラッガー率いる超強力打線。
下馬評では、春夏連覇が固いと言われていたが……。
ふと気になった僕は、スマホを取り出して試合速報のサイトにアクセスしようとする。
――と、その前にメッセージアプリからの通知が一時間ほど間に届いていた。
相手は美帆からだ。
【兄さんお疲れさま。部活終わったから兄さんのいるショッピングモールのフードコートに遥陽さんといるよ。よかったら兄さんも来て】
今どきの女子高生にしては、味気のない事務的な文章。
まあ僕に対してだけで、友達とやり取りするときはもっと絵文字顔文字スタンプが飛び交っていることだろう。
けど危なかった。もう少し見るのが遅かったら、そのまま帰ってあとで二人から小言を言われていたに違いない。
フードコートは目と鼻の先だ。
向かってみると、二人の方が先に僕を見つけてくれたのか、こちらに向かって手を振っている。
「お疲れ凛くん」
「お疲れさま兄さん」
「うんお疲れ二人とも。……で、これは何の集まり?」
四人がけのテーブルに美帆と遥陽が隣合って座っており、僕は美帆の前に腰を下ろす。
二人とも部活帰りと言っていた割には、まだ飲み物とかは何も買っていない様子だ。
「まあ集まりって言うほどのものではないんだけど、私の可愛い美帆ちゃんから凛くんの悲しいお話を昨日聞いてね」
「はあ……」
「せっかく励ましてあげようと思ったのに、誰かさんは既読無視してそのまま電源切っちゃうし」
予想通り、やっぱり根に持ってたな。
「……それに関してはちょっと悪かったって思ってるよ。でも昨日は本当に精神的に……ほら……」
昨日から会う人みんなにその話題を出され、僕のHPはゼロを通り越してもうマイナスに突入している。
少しは僕の気持ちも汲んでほしい。
できればもうこの話はしないでほしいのだけれど……。
「だからね兄さん。今日は美帆が遥陽さんにお願いして――」
「美帆ちゃんと一緒に、凛くんの失恋を慰める会を開きたいと思いまーす!」
「「イエーイ!」」
……帰っていいかな?
何をどう慰めるつもりなのかは検討もつかないけど、目の前で笑顔で拍手されると無性に腹が立つのはなぜだろう。
こう見た感じ、まるで僕が失恋して喜んでいるようにも見て取れる。
――そうして、時間無制限、慰める会という名の弾丸質問攻め会が始まった。
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