消えるアルバイト達 21ページ

 中は予想外にもアルバイトの人が半分ほどいた。やはり帰るのが楽しみなのだろう、いつもより集まるのが早いようだ。


 僕はいつも座っていた部屋の奥、前の方の席へと移動する。


 横目でみんなの姿を見ると、最初来た時よりも一回り体が大きくなっている気がする。それだけここの料理が美味しくて一杯食べたということだ。


 すでに山根とハナハナ、ホクロ田が席に座っていた。話している様子はないけど、少し嬉しそうに見える。


 僕が席に着いた後、残りのアルバイト達も続々と集まってきた。それと共に数名の従業員達が、お菓子がたくさん乗った大きな皿やコップ、たくさんの種類のジュースを運んできてテーブルに乗せる。


 リンゴ、オレンジ、メロンソーダ、はちみつレモン、カルピス、コーラなどのペットボトルが各テーブルに一セットずつ配置された。


 そして従業員が僕達に何がいいか、聞いて回る。


 僕は男性従業員にメロンソーダをお願いした。鮮やかな緑色の液体がコップの中で増えていく。


「ありがとうございます」とお礼を言うと男性従業員は隣の山根の方に行き、順番に聞いて回っていた。


 今後、僕達が客として来ることを見越してのことだろう、とてもサービスが行き届いている。


 みんなのコップに飲み物が注がれた頃、ちょうど女将が部屋に入ってきてみんなの前で一礼して話をする。


「さて皆様、今日までお疲れ様でした。私共もとても助かりました。それではささやかではありますが、お礼を兼ねてお菓子やジュースをご用意しましたので、どうぞお召し上がりくださいませ」


 周りから喜びの声が聞こえてくる。「お疲れ様~」とか「ありがとうございました」や、中には「松田羅木芽音まつだらぎめね女将様ばんざ~い」など宴会モードだ。


 僕はそこまで羽目を外す気にはなれないので、静かにお菓子とジュースを口に運んだ。


 隣では山根がムシャクシャとお菓子を食べ、向かい側ではホクロ田とハナハナが片手にジュース、片手にお菓子を持ち、食べ飲みしている。


 少し離れたところでちょんまげと角刈りもいるようだ。


 今日は従業員達が空いたコップにジュースを注ぎに回っている。


 やはり今後僕達に客になって欲しいと見える。この旅館が閑古鳥なので当然だけど。


 僕の周りにいる三人は皿に乗ったお菓子にどんどん手が伸び、皿の上にはお菓子が無くなってきていた。


 もうそろそろ終わりかなと思った時であった。僕の後ろからフワリと花のような甘い良い香りが漂ってきた。それと共に後ろから僕を見ているような気配が。


 この匂いは……。


 僕は後ろを振り返る。すると笑顔で立っている女将の姿が。


 よく見ると山根の後ろにも他のアルバイト達の後ろにも全員の後ろに男性従業員や女性従業員が立っている。


 えっ……と、何? どうしたの? 怖いんだけど……。


 女将の方に目をやると、僕を凝視する女将と目が合ってしまった。


 気まずいとは違う緊張感。


 笑顔だけど、どことなく冷たい目。


 この会場の異様な光景に、全身に寒気が走った。


 暖かいのに鳥肌が立っているのを感じる。


 そんな僕に女将が話しかけてきた。


「柳田さん。あなたには特別なものを感じていました。あなたが欲しい」


「え? と……それはどういう意味で?」


「他の皆さんは私のことを松田羅木財閥の令嬢と思っているのに、あなたは違う……」


「え?」


 何? どういうこと? 意味が分からない。怖いんだけど。令嬢とか他のみんなとか、何言ってるの?


「私の言いなりにもならない。つまり私の……」


「え?」


「私の……」


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


「術が効いてないってこと!!」


「え? 術?」


 そう言った時であった、女将の顔がみるみると変わり始める。


 口と鼻が前に飛び出し、顔は白い毛むくじゃらに変わっていく。映画やドラマで見られるCGのような様変わり。


「う、うわぁ!」


 僕は現実離れした恐怖に、たまらず叫んでしまった。その異様な光景に、僕は腰が抜け後ろに仰け反った反動で椅子から落ちてしまった。テーブルに背中を打ち付けるが、痛みが無いくらい動揺している。


 何とかもがいて立とうとするが、腰が抜けてなかなか立ち上がれない。


 それと同時に大広間の明かりが暗くなっていき、周りをロウソクのような光だけが残った。


 数十本もの光が部屋の中を映し出す。


 女将の華奢だった体は、だんだん大きくなり、浴衣が破れたかと思うと、中から獣のような白い毛に包まれた体があらわになる。


 顔は狐の化物、白虎のよう。手の爪は伸び、鋭い刃のよう。頭からは牛のような角が生え、口から肉食動物のような牙と前歯はネズミのような長い歯が生えている。


 大きな体から、コウモリのような羽が生え、更に白く長い尾が数本、大きなくじらのような尾や猿のような尾まで生えている。


 化け物!!

妖怪!?


殺される!

やばい!

逃げないと!


 僕は床に手を付け片膝を立てて何とか立ち上がろうとする。すぐに頭の上からおぞましい声が聞こえてきた。


「オ前ハ霊力ガ強イ、ワラワノ妖力ヲ上ゲル為ニ、オ前の肝ヲ喰ワセロォ!!」


 咆哮のような、おぞましい声。体の底から響いてくる声は先ほどまでの綺麗な女将とはまるで別物。


 やばい!

 やばい!

 やばい!

 やばい!


 このままだったら食べれれてしまう!


「や、山根さん!」


 咄嗟に出た言葉。誰かに助けてほしい一心で出た言葉。僕は山根の方を見た。


「あ、あ……」


 声を失った。隣にいたはずの山根。首から上が無くなっているのだ。そして首からは赤い液体の噴射。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 山根の後ろには大きな赤い体で胸元に毛が生え、顔まで真っ赤な大きな人が立っている。頭に二本の角。


鬼っ!?


そして手には……山根の首から上だけの……血の気の無い顔が握られていた。


首からしたたる赤い液体。


鉄分の臭いのような、独特の臭いが僕の鼻の中に入ってくる。たまらずその場で吐いてしまった。


逃げなきゃ!


 そう思った矢先、今まで恐怖で気付かなかったが周りのアルバイト達の逃げ惑う声が耳に届いてきた。


絶叫。悲鳴。命乞いする者もいる。


 アルバイト達の回りにはたくさんの化け物がいた。


 鎌を持った老婆の化け物。

 頭に皿を乗せた緑色の化け物。

 山伏のような姿の化け物。

 上半身が獣、下半身が人間の姿をした化け物。

 そして鬼。


 化け物が人を倒し、食い付き、噛みちぎるといったような恐ろしい光景が目の前に広がっている。


 絶叫。

 パニック。

 嗚咽。

 鳴き声。


 床に倒れているものも数名いる。


 逃げなきゃ!

 殺される!


 そう思った時だった。ふと自分の目の前に白い物体が現れた。


え? 何?


 それは大きな口を開け、僕の方へと顔を近づけてくる女将だった化け物。片膝を立てて立ち上がろうとしている僕の心臓付近を目掛け、牙をむき出しにして襲いかかってくる。


「わぁぁあ! 助けて! ちょんまげ! 角刈り!」


 返事はない。


 助けて! 死にたくない! 嫌だ! あぁぁぁぁあ!


 白い狐の化物の口が、心臓を目掛けて噛みついてくる。


 食べられる。


終わった。


 狐の化け物の口が、僕の胸元に接触した。

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