消えるアルバイト達 18ページ
山根達が入ってから5分ほどが経過した。山根達にも従業員達にも動きはない。
中で何か見つけたのだろうか?
それとも従業員に捕まってしまっているのだろうか?
ここからでは状況が分からない。
不意にお腹が『ぐるるるぅ~』と鳴ってしまった。こんな時でもお腹は鳴るんだな~とふと我に返った。
それから2~3分ほど経っただろうか、休憩室の扉が開く。
無音に近い音で開いたドアの奥から、山根の姿が見えた。後ろからちょんまげと角刈りも付いてきているようだ。表情からは先程の堅さはなさそうだ。僕は山根にすぐ質問する。
「どうでしたか? 何か見つかりましたか?」
その問い掛けに不思議そうな表情を見せる山根。予想だにしない返事が返ってくる。
「どうでしたって、何が?」
「えっ?」
驚いた。わずか数分前まで、
山根達の姿を見たハナハナが、僕達の所まで来た。僕は気にせず山根に質問をぶつける。
「えっと……休憩室は調査で入ったんですよね? 何か見つかりましたかってことですが?」
「柳田君。休憩室に入ったのは従業員の方に挨拶をするためだよ。何か勘違いしているんじゃないのかい?」
ハナハナから「えっ?」と言う驚きの声が出る。
怖い。
先程まどの山根とはまるで別人のようだ。
後ろから付いてくる角刈りは「さぁ、飯にしようぜ~」と陽気にスキップしているし、ちょんまげは「さすが松田羅木財閥の娘だよな~夜見旅館サイコーごっつぁんです」と言って二人が共に食堂の方に向かっていく。
山根も「こんな所で立ってないで、大広間に行くよ」と僕達を促してきた。
そんな様子を見ていたハナハナが突然声を荒げた。
「山根さん、どうしちゃったんだすか! 冗談だすか!? ここの旅館が怪しいからワタスの彼氏のこと調べてくれるって言ったじゃないだすか!」
山根はハナハナを見ると、2~3回瞬きをし、その後じっとハナハナの顔を見る。明らかに初めて聞きましたっていう表情。そして首をひねりながらハナハナに答えた。
「ここの旅館が怪しい? 何言ってるんだよハナハナちゃん。ここの旅館はあの
「え。嘘だすよね……」
顔面蒼白で今にも膝から崩れ落ちそうなハナハナ。そんな彼女を尻目に山根達は大広間の食堂へと向かった。
僕はハナハナと二人ロビーに取り残された状態。
茫然としているハナハナが僕の方を見て言う。
「おかしくないだすか? あんなに親身になってくれていた山根さんがこんなに無関心になるなんて」
僕はただ頷く。
「しかも松田羅木財閥て何なんだすか! そんなの知らないって言ってたの山根さんだすよ!」
僕は3~4回頭を縦に軽く振った。
「絶対中で何かあったんだすよ!」
そう言いながらフロントに入り、休憩室に近付くハナハナ。そのまま中に入っていきそうな勢いだ。
いや、駄目だ。何かがおかしい。やめさせないと。頭ではそう言ってるけど、ハナハナのあまりの剣幕に体が動かない。
ハナハナがドアに手を掛けた瞬間だった、山根達が向かった大広間の方から綺麗な透き通った声が聞こえてきた。
「あら、あなたは柳田さん?」
女将だ。
その声に反応するハナハナ。慌ててドアから手を離し、フロントから出た。
良かった。
ちょうど歩いてきた女将が僕達の前に立ち、ハナハナも僕の横に来て立っている。
「こんな所で
僕の口から咄嗟に言い訳が出る。
「いえ、あの……みんなと食事をするのが苦手で」
「ふふっ。早く共同生活に馴れて下さいね。でもせっかくの食事が冷めてしまいますわ。柳田様も花山様も、どうぞ大広間の方へいらしてください」
僕達はエスコートする女将に促されるまま大広間まで歩き、いつもの奥の席に座る。
向かい側にはすでにすでに座っていたホクロ田が、ムシャムシャと料理を食べている。右隣は山根。食べ始めたばかりなので皿の上はまだ大半の料理が残っている。
この人達は本当に調査のことを忘れてしまったのだろうか?
それとも何か訳があって演じているのだろうか?
どちらにしても僕一人では何も出来ないし、これ以上関わるのも嫌だ。
……でも、どうしよう。
いや、きっと山根達も休憩室に何も異常が無かったから、照れ隠しに忘れたフリをしているんだろう。
うん、大丈夫。窓の鍵が掛かっていたのも落下防止とかそんな理由だろうし、玄関の鍵が掛かっていたのは客がいないからでしょう。
そうと分かれば、今日と明日を無難に過ごして、明日はお金を貰って帰るだけ。何も心配ないじゃないか。
斜め向かいの席に座るハナハナは山根とはホクロ田を冷ややかな視線で見ていたがお構いなしに食事をする山根達。
特に話すこともなく昼食が終わった。
昼からはとても暇だった。朝寝すぎたせいか眠気もこないし、テレビもつまらない。報道番組は興味がないし、恋愛物のドラマの再放送を途中から見ても訳が分からない。
僕は諦めて布団の上で横になることにした。
山根達は居たら居たで面倒だけど、居なかったら寂しいもんだね。
結局その後は寝たような寝てないような状況のまま夕方まで過ごすことになった。食べてすぐ横になったら牛になるとはよく言ったものだ。
この二日間、食べてばかりだったので体がとても重たくなっている。今体重計に乗ったら余裕で百十キロオーバーだろう。立ち上がるのも億劫だ。
スマホの液晶画面を見るけど、電波は無い状態。時刻は17時50分になっていた。夕食までもう少しだな~などと考えているときだった。突然インターホンがなった。
山根?
そう思いながらドアの方に歩く。本当に体が重たい。アルバイトが終わったら少しダイエットしなきゃなと考えながら、僕はドアを開けた。
そこに立っていたのは山根ではなく、ハナハナだった。
「柳田さん。ちょっとお話してもいいだすか?」
何で僕の部屋に来たの? 何か用?
そう思いながらも僕は「はい、どうぞ」と部屋の中にハナハナを招き入れた。
「失礼すます」と言いながら入り畳の上に座るハナハナ。僕は正面の布団の上に座る。
部屋の中に女性と二人。正直、顔はゴリラ系であまり好みではない。だけどおしとやかだし丁寧な印象を与えるハナハナ。
何故だか少しドキドキしてしまう。
ハナハナと見つめあい、不思議な感覚だ。むず痒いと言うか、変な想像をしてしまう。
そんな空気が漂う中、ハナハナは急に僕の右手を両手で握りしめてきた。
えっ!? 嘘でしょ? ちょっと心の準備がまだ……。
僕は心臓が飛び出すような感覚におそわれた。
ハナハナは僕のことを好きとか? 初めてだからどうしたらいいのか分からないし、何をすれば?
あ、そうか。キスか! こういう時はキスをすればいいんだ。ドラマでやってた。でもキスなんでどうすれば……。いいや、漫画の真似で。
僕は目を閉じ、少し口に力を入れ、唇をすぼめた。顔に力が入る。
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