消えるアルバイト達 17ページ

 ーー2日目


 遠くの方から音が聞こえてくる。包丁で何かを切って料理しているような、それよりも少し重みのあるような木を叩いている音……。


 う~ん、何だ?


 僕の目の前にある白い布。フカフカして柔らかい肌触り。爽やかな清々しい香り。これは……布団?


 布団の上で寝転がっている僕は昨日のままの服装だ。


 慌てて携帯電話の液晶を確認すると、8時5分になっている。


「ヤバい! あのまま寝ちゃった!」


 シャワーも浴びず着替えもしなかったせいで寝た気がしない。


 慌てて飛び起きようする僕の耳にインターホンの音が届いた。それと共に聞いたことのある声が廊下から聞こえてくる。


「柳田君。柳田君! 大丈夫かい!?」


 声の感じから山根だと言うことが分かる。


 立ち上がってドアの方に行こうとするが、寝ぼけているのか足がもつれてうまく歩けない。


「はい。は~い」


 と這うように歩きながら何とか声を出し、山根にアピールする。思ったより力ない声が出てしまった。


「大丈夫そうだな。良かった」と安堵の声が聞こえてきたのは、僕がドアのすぐ前に来た時。


 何とか立ち上がり、鍵を開けてドアを開ける。廊下には眉を下げ、心配そうな表情の山根が立っていた。こんな僕の為に……。


「大丈夫かい? 朝食にも来ないから、てっきり倒れているか何かされたかと思ったよ」


「何とか大丈夫です」


「寝坊かい? 馴れないことしたから疲れたんでしょう?」


「いや~まぁ」


 確かに昨日は色々あった。初めてのアルバイトに馴れない人付き合い。ホクロ田のことで頭を使った。


「みんな食べ終わっちゃたよ。柳田君も早く食べなきゃ片付けられちゃうよ」


「は、はい。今行きます」


「あと今日の私達の担当は、5階の507号室から512号室だってさ」


「はい」


「9時50分になったら迎えにくるからね」


「はい」


 まだ頭の働かない僕は軽い返事で山根の対応をした。


 ドアを閉めていなくなった山根。


 少し頭が冴えてきた僕は思った。言い方に雑味が混ざっていたけど、山根なりに心配して来てくれたんだよね。まだ会って2日目なのに、こんなことしてくれる人はいないよね。あとでお礼言っておこう。


 朝食は山根の言うように僕一人だった。ただその方が気分的に楽だというのも事実。僕一人のためにご飯のおかわり等の面倒を見てくれる従業員に、少し申し訳ない気持ちになった。


 山根に対してもそうだけど、他人のことを気にするとか……。いつもならこんな気持ちにならないよね。


 僕は自分が成長していることに気が付いた。


 ーー9時50分


 予定通り部屋に山根が来た。その前に話があるとのことで部屋の中に入ってくる。何だろ?


 僕達は布団の上に座った。


いきなり抱きつかれないだろうな? 少し変な気持ちになってしまう。


「柳田君」


 真剣な眼差し。大丈夫だよね? 男好きじゃないよね?


「あ、はい」


「仕事中だったら壁に耳あり障子に何とかって言うから、今言っておこうと思う」


 告白じゃないよね? 大丈夫だよね?


「ぁはい、何でしょう?」


 力無い返事。


「私は君が食事に行っている間に玄関や非常口や窓なんかを確かめてみたんだ。そしたら黒田君が言っていた通り、全て鍵がかけられた状態だった」


「えっ、朝のチェックアウトの時間なのに玄関まで?」


「そう、窓は強化ガラスになっていて割れないし、鍵が固定されて動かない。つまり私達はこの旅館に閉じ込められていることになる」


 閉じ込められている? 本当にホクロ田が言っていたことが間違いないってこと?


「えっと……。ん~と、それって僕達が外に出る必要がないからアルバイトをしている期間だけ……ですか?」


 かなり動揺してしまった。我ながらバカな質問をしてしまったと思う。


これからの時間は宿泊客がチェックアウトするのに、ドアに鍵をかける理由が見当たらない。怖いのにプラスして気味の悪さも出てきた。


「いや、それはないだろ。柳田君が自分で言った通り、朝はチェックアウトで客が出入りする。まぁ客はいないようだけど。それだけじゃなく業者や色んな人も来るだろう。いや、ある意味柳田君の言っていることは合っているかもしれない。私達が外に出ることはないと言うか、ここの旅館の人は私達を外に出す気がないのかもしれない」


 怖くて体が固まってしまう。本当にそうなのであれば誰かに助けてほしい。


 どうにか……あ。助けと言えば。


「山根さん、警察に電話するって言うのはどうですか?」


「警察か。まず第一に僕達の携帯電話は電波が無く繋がらない。もし旅館の電話を使えるとして、この状況で警察が動くことはまずないだろうね」


「ですよね」


「ただ私の職業柄会ったことのある刑事の中で、一人だけ頼れそうな刑事がいる」


「ほんとですか!?」


「うん、北警察署に明石刑事ってのがいるんだけど……、でもな~まだまだ若い刑事だから自由に動けないかもしれないんだよな~」


「明石刑事ですか?」


「そう、明石刑事。ただ彼に相談したら、もしかしたら何とかしてくれるかもしれない。とても親身になって話を聞いてくれるんだ。昼食に休憩室に潜入した時に、電話もチェックしてみよう」


「はい。お願いします」


「ただ、おかしなことにフロントには無かったんだよな。普通はフロントにも電話くらいあるだろ?」


 そんな所まで見ていたのか、と少し感心してしまった。山根のことを今まで低く見ていたけど、意外と出来る探偵なのかもしれない。


 僕は「確かに……」とだけ答えた。


 それから僕達は五階に移動し、ベッドメイクを行った。昨日の夜に確認した通り、どの部屋も人がいた気配が感じ取れない。


 僕は山根と共に綺麗な状態のシーツと布団カバー、従業員にピローケースと呼ばれていた枕カバーを交換した。


 やっていて、無意味じゃないの? と思えたけど山根も仕事は仕事として割りきっているのだろう、真面目に働いていた。


 3階から5階までの54部屋を、8組で行うベッドメイク。たった6部屋しか行わないので一時間半ほどで終わってしまった。


 昼まではまだ30分ある。再び部屋に戻った僕達。仕事が終わったら集まるように指示をしていたこともあり、ほどなくハナハナ、ちょんまげと角刈りが部屋にやって来た。


 そこにホクロ田の姿はない。


 各自座ったのを見計らい、山根が計画を口にする。


「これから昼になったら昼食を取る前に、私と柴田君、角田君の三人で従業員休憩室に潜入する。柳田君はフロントで待機し、ハナハナちゃんは大広間の入口付近で従業員の動向を見ていてほしい」


 各自頷き、ハナハナが質問する。


「具体的にワタスは何をすればいいんだすか?」


「ハナハナちゃんは従業員が大広間からロビーに出てきそうだったら柳田君に合図を送ってくれ。その合図で、柳田君は休憩室をノックすること。これで私達は外の状況を知ることが出来る」


「分かっただす」と言って僕の方に合図を送るハナハナ。両手の人差し指の第一関節同士と親指同士をくっ付けて合図を送ってきた。


 ハートマーク? 何いきなり求愛のポーズ?


「柳田君、合図はこれにするだすね」


「あ、はい」


 これが合図らしい。山根が更に説明をする。


「もし従業員がロビーに出てきそうだったら合図を送った後に何かの理由を付けて従業員をひき止めておいてくれ」


「了解だす」


「まず私が中の様子を確認する。誰もいなければ中に入って調査をしよう。その後で柴田君と角田君が続けて入ってきてほしい。何かあった時のために私を援護してくれ」


「ごっつぁんです」

「了解っす~」


 2人も目がギラギラしている。闘争本能むき出しといった状態だ。


「中でやることは、どこかに繋がる隠し扉などがないかと、前回までのアルバイト情報がないか。後は電話機があるかどうかも調べたい」


 真剣に頷いている面々。とうとう大きく動き出すようだ。


 何もなければいいけど……と願わずにいられない。


 30分という時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は正午を迎えていた。


 大広間を確認する山根。


 中からアルバイト達の話し声や食器を置いたりする音などが聞こえてくる。それと共にお腹をくすぐる美味しそうな匂い。芳ばしい匂いや香辛料のような匂い。甘い匂いが混ざってロビーまで漂ってきている。


「うん大丈夫。従業員は集まっているし、女将もいるようだ。調査するなら今しかない!」


 山根を先頭に従業員休憩室前に移動する。フロント内に山根、ちょんまげ、角刈りの順番に並ぶ。


 休憩室から大広間は、角になっていて一目で見ることが出来ない。


 山根が休憩室のドアをノックした。


 三回。


 返事はない。


 もう一度、三回。


 どうやら中に誰もいないようだ。ちょんまげと角刈りに目線を送り、ドアに手を掛ける山根。ゆっくりと手前に引き、中を確認してから入った。ちょんまげ、角刈りと続いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る