消えるアルバイト達 16ページ

 真ん丸とした輪郭にギョロっとした大きな目。頬っぺたに大きなホクロがあるのは……。


 ホクロ田だ。


 両手を下に降ろし防御を解除する山根。


「黒田君、勝手に何してるんだよ? 大丈夫だったのかい?」と心配そうな口調で聞く。


 そんな心配や苛立ちを募らせている山根に対し、あまり気にしていない様子でホクロ田は答える。


「はい、従業員の方と色々と話してました。みんな良い人達でしたよ~。はい」


 弾んだ口調。嬉しそう。


 その表情をまじまじと見ている文句のありそうな表情の山根。


 気を取り直し「それなら良かったんだが」と言い、更に「じゃ、柳田君の部屋に行こう。黒田君には色々聞きたいことがあるし」と言い歩き始める。


 しかしホクロ田。「いや、何も話すことはないですよ。はい。従業員の方達はみんな優しい人ばかりだったし。山根さん、何か勘違いしているんじゃないですか? はい」と言う。


 ホクロ田の明るい口調からすると本当に何事もなかったのか、それとも他に何かあるのか……表情からは読み取れない。


 更にホクロ田は手に持っていた袋を胸の位置まで上げ山根に言う。


「そんなことより見てください! プリン貰っちゃいましたよ~。みんなで食べてください」


 本当に何もなかった……の?


 完全に肩透かしを食らった。僕は今までの恐怖と緊張感を返してほしい気持ちで一杯になった。


 山根の後ろでは「何だよ~」と言うちょんまげと「やっぱりね~。そんなこったろうと思ったもんね~」と笑い飛ばす角田。


 僕の横ではハナハナが声にならない声を出していた。


 プリンをみんなに配り始める黒田。それを受け取りながら、山根が真剣な口調で黒田に投げ掛ける。


「せめて中で何があったか教えてくれ。何か気になることはなかったのか? それとも従業員に……」


『脅されているのか?』と言っているように僕には聞こえた。


 しかし肝心のホクロ田はプリンを配りながら笑って答える。


「普通にテーブルとか椅子とかあって、みんな休んでるだけですって~はい」


 僕にまでプリンが届いた。ホクロ田は笑っている。


「はい、柳田君も食べてね~はい。じゃあ俺は部屋に戻ってプリン食べて寝ま~す!」


 そう言ったホクロ田はスキップしながらエレベーターの方に行き、部屋に戻って行った。


 やっぱり何かがおかしい。


 山根はホクロ田と一緒にエレベーターに乗ろうとしていたちょんまげと角刈りを引き留めていた。


 二人はホクロ田とあまり話していないから気付かないかもしれないけど、ホクロ田の行動や言動は最初とは違う。


 例え従業員がまともな人間だったとしても、中での状況や出来事を話すくらいはするとは思う。兄の失踪事件もあることだし。


 それがないのはおかしい。


 山根は僕の部屋で会議を行うことを提案した。ちょんまげ達はダルそうにしていたが、何とか山根が説得し僕の部屋に移動した。


 五人も体の大きな人が部屋にいると、とても狭く感じる。息苦しさを感じる。そして体臭というか、少々汗臭さが鼻を突いてくる。


 布団の上の足下辺り、少し畳にはみ出るような形で山根が座る。


 その横、布団の真ん中から枕付近にちょんまげ、枕と畳半々に座っているのが角刈り。その向かい側にハナハナと山根の向かいに僕がいる。


 何故僕の布団が占領されているのだろう? 少々気になるところだが、山根の発言により会議が始まった。


「今みんなに集まってもらったのは、明らかに黒田君の様子がおかしいってこと」


 これに反論するのが角刈りだ。


「でも、従業員は良い人達って言ってたっすよね~。何も問題ないんじゃないっすか~?」


「いやそれが大ありだよ。少し話したと思うけど、黒田君がここに来た理由は兄の失踪事件を確かめるためだ。だから従業員が良い人だったとしても、話し合いに参加しないなんてありえない」


 この数分の間に何があったのだろう?


 僕と同じような疑問を持ったのか、ちょんまげが山根にまげを擦りながら質問する。


「でもこんな短時間にそれほど心境が変わるとか、どういうことでしょう? ごっつぁんです」


「心境の変化と言うより、強制的じゃないのかな。黒田君は従業員に脅されているのかもしれない」


 僕も同じ事を考えていた。ハナハナもある程度同じ事を考えていたのか、あまり動揺は感じられない。


 ちょんまげと角刈りは考えていなかったのだろう「え?」「何で?」と意外そうな声。山根が続ける。


「急に自分は無関係と言わんばかりの言動だ。休憩室に入って、何か重要な証拠などを見てしまって、命を助ける代わりに誰にも言わないことを約束させられた。これなら辻褄が合う」


 無言の空間。しかし頭の中がうるさいくらいに色々な考えが叫んでいた。


 もしそうだとしたらホクロ田は何を見たのだろう?

 まさか死体ではないだろうか?

 でも本当にそんなものを見たのだろうか?

 見たとしても、僕達にはこっそり教えるのが普通ではないだろうか?

 そもそも重要なものを見たのなら、ホクロ田が殺されなかった理由は?


 僕だけではなく他の四人も色々考えているようだ。数秒経過しただろうか。山根からハナハナに質問をする。


「そう言えば黒田君は何で休憩室に入ったんだい?」


「あ、黒田君とワタスはトイレの陰から従業員休憩室を監視していたんだす。ちょうどトイレはホールから入って男女で左右に分かれていてドアの前が1メートルほど壁になっているから目立たなくていいなって黒田君がいったんだす」


「そうだね。確かにあそこなら監視にはちょうどいい」


「それで従業員が中から一人出てきたんだす。黒田君がその隙に中を確認してくるって言ったんだす」


「確認するだけ?」


「と最初は言ったんだすが、続けてもし中に誰もいないようだったら中を確認してくるから、もしさっきの従業員が戻ってきたら、大きな声で喋って時間稼いでほしいって言ったんだす」


「それで中にいなかったから入ったって訳か」


「そうなんだす。ただ行く前に黒田君が、5分経っても戻らなかったら、山根さんを呼んできてほしいって言ったんだす」


「そうか、それで私の所に飛んで来たんだね?」


「はい、そうだす」


 僕は違和感を感じていた。


 ハナハナが言うには、ホクロ田は中に誰もいなければ中に入るって言って、それで中に入っていった。


 でも、僕達が駆けつけた時、中から出てきたホクロ田は従業員と仲良く話してきたと言っていた。ご丁寧にプリンまで貰って。


 そしてホクロ田が入った後、5分でハナハナが二階に来てすぐに僕達を連れて一階に行った。フロントに行くとホクロ田がすぐにロビーに出てきた。


 時間にして多く見積もっても10分。たぶんもっと短い時間だろう。


 それだけの時間で、この旅館への疑いが晴れるのだろうか?


 そしてその短時間で従業員達が良い人なんて180度考えを変えることができるのだろうか?


 山根の方を見てると、しきりに首を捻ってあれこれと考えているようだ。数秒後、考えがまとまったのか、山根が口を開いた。


「とりあえず、従業員の休憩室に何かがあることは間違いないと思う。だけど今日そこに行くのは危険だろう。調査するのは明日の昼食時。従業員が私達の昼食の用意で忙しい時にしよう」


 山根の意見に頷く面々。その後、四人は各自の部屋に戻っていった。


 明日、とうとう従業員の休憩室を調査することになった。入ってはいけないところに入るようで怖い。


 いや、このアルバイトが終わったら僕だって従業員だ。勝手に言っているだけだけど……。


 仮に今アルバイトだとしても僕達は従業員。入って駄目なはずはない。大きな顔して中に入ればいいんだ。


 それから疲れも溜まっていたせいか、横になって考えていた僕は眠りについてしまった。

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