消えるアルバイト達 15ページ

 下から押し上げるような重圧。上から引き上げられている感覚だろうか。僕はあまりエレベーターが好きではない。


 閉鎖的空間というのと、箱が吊り下げられて上下していると言う状況が怖いのだ。


 幾重にも落下防止措置がなされていると聞いたことがあるけど、いつになっても馴れないものだ。


 ーー五階


 例によって到着を知らせる音が響きドアが開く。先に出るのは山根。その後ろ姿を見ながら僕も廊下に出た。


 昼に来た時と寸分違わぬ情景。赤いカーペットは血の色のように見えるのは僕だけだろうか?


 山根は歩きだし、501号室の部屋の前に止まる。僕も一緒に歩き、少し後ろで待機する。


 山根は土のような色のドアを眺め、ドアに耳を付けた。


 ……。


 ……。


 嫌な間だ。


 二階の廊下を出た時、昼はバイトの人達の騒ぐ声が聞こえていたが、仕事で疲れたのか食べて眠くなって横になっているのか、とても静かだった。それと同じようにこの階も静寂。


 耳を離す山根。ボソッと呟く。


「インターホンを押してみよう」


「えっ、それは!」


 と言っているうちに山根はインターホンを押してしまった。


 ドア越しに聞こえるチャイムの音。


 出てきたら何て言うんだよ?

 出てこないで。

 いや、出てこないと困る。

 でも、出てきて怒られたらどうしよう?


 そんな考えが頭を巡る。


 数秒経過した。ドアは依然としてピクリとも動かない。山根が僕の方を見て言った。


「やはり中には誰もいないようだ。隣もやってみよう」


 いや、もう止めよう。とは言えず、山根の後を付いていく。怖いけど、その様子を見守ることにする。


『ピンポーン』と中から聞こえてくる耳馴染みある音も、今はただの恐怖の音でしかない。昔、学校の同級生が『ピンポンダッシュしたさ~』とか言ってスリルを楽しんでいたようだが、その心境が分からない。


 しかし数秒経ってもドアが開くことはなかった。


「やっぱり、いないか」


 山根は隣の部屋、その隣の部屋と順番にインターホンを押して回った。しかしどこからも人が出てくることはなかった。


 一部屋や二部屋くらいなら空いていてもおかしくないとは思うけど、流石の僕でも五階のフロアー全てが空室なのは違和感でしかなかった。


 次に山根は「四階に行こう」と言い、同じようにエレベーターに乗り、同じように四階の全ての部屋のインターホンを鳴らして回った。


 しかし結果は全て同じ。誰も出てこない。


 その後、三階も調べたけど丸々空室であった。


 全ての部屋を調べた後、山根が自分自身に言い聞かせるように僕に言う。


「やはりこの旅館は何かおかしい。とりあえず、後でみんなと話し合おう」


 僕は頷き、山根と一緒に部屋に戻る。


 エレベーター内は無言だった。その代わり頭の中は色々な考えがうるさく出てきていた。


 何故この旅館に宿泊客がいないのか。

 単に今日は予約がないだけなのか。

 やっぱりこの旅館は人殺しをするためだけの旅館なのか。

 それなら何故一般客がいない?

 一般客をいれた方が殺害はたくさんできるはず。

 それともインターネットに載ってないくらいだから、ただ人気がないだけだろうか。


 出来れば最後の考えの方がいいと思っていた。


 二階に到着する。僕達が廊下に出ると、エレベーターは一階へと降りていった。山根と二人、僕の部屋へと向かう。


 すっかり会議室化してしまったな。など考えている時だった。エレベーターの方から到着したブザー音が聞こえてきた。山根と二人で後ろを振り返った。すぐに声が聞こえてくる。


「あ、山根さん! 大変だす! 黒田さんが!」


 それは血相を変えて出てきたハナハナであった。心臓がドクンと大きく脈打つのが分かった。一階を調べていた二人であったが、ホクロ田に何かあったのだろうか?


 もしかして殺された?


頭の中を嫌なイメージが浮かぶ。山根が心配そうに質問する。


「どうした、ハナハナちゃん?」


 ハナハナは小走りでこちらに向かいながら慌てた様子で説明をし始めた。


「黒田君が、従業員の後を追って従業員休憩室に入っていっただす! でもしばらくしても出てこないんだす!」


 これには流石の山根も「ちょっと待って!

 そこまでしろと言ってないぞ!? 」と焦りと怒りが混じっている様子。


 ハナハナも「やめとこうって言ったのに言うこと聞かなかっただす」と言って慌てている様子。


 山根はこれからの行動を考えているようだ。僕も大変なことになってしまったと、今後の展開が不安でいても経ってもいられない状況。


 考え終わったのか、山根が僕達に言う。


「従業員休憩室の中がどんな状況か分からないけど、柴田君と角田君を呼ぼう!」


 山根の言葉は少なかったけど、この意味は中で最悪な状況になっていたら殴り込みに行こうという意思の表れだということが分かった。


 山根はすぐに210号室に向かい、インターホンを押した。僕達も後ろで見ている。


 先程までの上の階とは違い、すぐにドアが開く。そしてちょんまげの柴田が顔を出した。


「あ、山根さん。ごっつぁんです。どしたんですか? ごっつぁんです」


「あ~急にすまない。困ったことに黒田君が従業員の部屋に入ってしまったらしい。最悪の事態を考えて、角田も呼んで一緒に来てくれないか?」


 その問いかけに驚く表情を見せつつも状況を飲み込んだ様子のちょんまげ。その奥から「僕もいますよ~ん」と能天気な角田の声も聞こえてきた。


「それなら話が早い! 一緒に来てくれ」と言う山根。足早にエレベーターの方へと向かう。


 僕は、本当に殺人事件が起きていたらどうしよう、と不安で不安でしょうがなかった。


 テレビや映画や動画サイトで殺害される話を見たことがあるけど、実際にされたらと思うと息が止まりそうなくらい緊張してきた。


 ドアが開き、山根、柴田、角田、ハナハナが入る。


 突然けたたましくブザーが鳴った。エレベーターの重量オーバーだ。


 超重量のちょんまげ達と大柄の山根、そしてふくよかを通り越してその二人にもひけを取らないハナハナが乗ると、さすがのエレベーターの苦しいようだ。


「ワタス後から行くだす」と言い、ハナハナは廊下に戻った。


 ドアが閉まり、三人を乗せたエレベーターが降りていく。


 ドアの小窓から見えていた山根達の顔も緊張した様子だった。それが更に僕の緊張を増加させてしまった。


 ハナハナが下りのボタンを押し、エレベーターが戻るのを待つ。


 ーー無言。……だが気まずさはない。


 エレベーターが来なければいいのにと思ってしまうのは不謹慎だろうか。ほどなくしてエレベーターが到着した。


 先程の三人のようにエレベーターに二人で乗った。ゆっくり下に動き出す空間。


 下に着いた時に、みんなで『ドッキリでぇ~す!』なんて言ってくれたらいいと思ったが、開いたドアの前で山根達が待っていることはなく、代わりにエレベーターの奥にあるフロントで三人が立ち、中の様子を伺っているのが見えた。


 フロントに従業員の姿はない。


 山根が僕達の方を見て、手で『こっちに来い』と言うジェスチャーをした。それに引かれるように近付く僕達。


 人が五人ほどすっぽりと入るフロントのスペースの奥には扉が見える。そこが従業員の休憩室のようだ。茶色の重厚感のあるドア。


 この中にホクロ田がいるのか?

 何で勝手に入ったんだ?


 緊張の中に少し腹立たしい気持ちが芽生えてくる。


 横に回り込みフロント内に入る山根。その近くで臨戦態勢のちょんまげと角刈り。僕とハナハナはそれより五歩ほど下がった所で見守っている。


 聞き耳を立てる山根。ちょんまげ達の方を見てドアを指差し『行くぞ』の合図を送る。


 頷くちょんまげと角田。山根が普段より力強くドアをノックした。ロビーに乾いた音が、三回響く。


 ……。


 ……。


 静寂。返事はない。


 もう一度同じようにノックする山根。


 叩く度に心臓がえぐられるような緊張感が走る。


 頼む。何も起きていないで。僕は自然と両手を組んで祈っていた。


 そしてドアが開いた。


 山根はフロントから体が出るくらい下がり、両手を胸元まであげ構えを取る。


 ドアの奥から顔が出てきた。





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