消えるアルバイト達 14ページ
ーー午後6時。夕食。
例によって大広間の入って一番奥に座る僕達4人。僕の右隣に山根。正面にホクロ田とその隣がハナハナ。しかし昼と違うのが山根の右側に一際体の大きな、僕がちょんまげと命名した男性。その正面に同じく巨体の角刈りが座っている。
テーブルの上には毎度ながら大量の料理。今夜は鳥の半身揚げがメインのようだ。クリームシチューやハンバーガーなども美味しそうだ。
どれも美味しそうであり、とても良い香りだ。半身揚げの芳ばしい香り。クリームシチューの優しい香り。とてもお腹を刺激する。
5~6名の従業員達はあくせくと料理を運んでいる。
全員座った所で女将が前に出てみんなに言った。
「みなさん、今日はお疲れ様でした。たくさん召し上がって、また明日も頑張ってくださいね。おかわりもたくさんご用意しております。それではどうぞ召し上がってください」
一斉に食事が始まり、会場がざわめきはじめた。スプーンでシチューをすくう音。咀嚼音を立てて食べる音。ここに来ているバイト達は、本当に食べることが好きなようだ。
僕も負けじと次々と食べ物を口に運んだ。ジューシーな鶏肉。それを包み込む香ばしく油で揚げた皮。
シチューの優しい甘さが、何度も何度も口の中に広がった。
毒でも入ってないだろうか? という考えも少し浮かんだけど、それなら最初に食べたまんじゅうを食べた時点で死んでいるし、お腹が減っているので食べないわけにもいかない。
女将の方を見ると、とても嬉しそうな笑顔を見せている。
大丈夫。
女将は最初、みんなが食べるているのを見ていたようだが、気が付けば大広間にいなくなっていた。
時間が流れ、嵐のようなおかわりラッシュも落ち着き、従業員達の動きも少なくなっていた。
そのタイミングを見ていたのか、山根が僕と前の2人に話し始める。
「食べたままでいいから聞いてほしい。遅くなったけど紹介しよう。僕の隣にいるのが柴田君だ」
僕は山根の隣の柴田という男を見た。髪の毛を頭の上でちょんまげのように結っている男。昼食の時に僕がちょんまげと名付けた男だ。
ちょんまげは姿勢を改め、「ごっつぁんです。柴田です」と言い、食器に付きそうなくらい頭を下げた。
ごっつぁんです!? 僕達を笑わそうとしてるの?
前の2人は頭を下げるだけで、特にツッコミもなく、山根は話を続ける。
「それから向かいにいるのは角田君だ」
角刈りの見た目が怖そうな男性。つり目で細く凛とした表情から、冗談も通じないほど危険なニオイがしているのが分かる。この人は僕が角刈りと名付けた男だ。もちろん2人とも非公認。
角田は山根から目線を僕に移す。
怖い……。
そして正面を見ながらこう言った。
「角刈りの角田で~す。覚えやすいっしょ?」
か、角刈りユルっ!
山根が従業員が近くにいないか確認しているのだろう、周りを確認してから話を続ける。
「彼らにはここでの今までの経緯をある程度話してある。二人はインターネットで調べてもらったら分かると思うけど正真正銘の元力士だ」
すぐに頭を手でかき、照れながら話す角田。
「まぁ、ぶっちゃけオラは序ノ口だったから、まだまだだったんだけど、コイツはオラより上だから~」
と言い正面のちょんまげを指差した。そこで負けじとちょんまげ、「いやいやいやいや序二段だし、団栗の背比べだろ。しかもお前よりやる気も無かったし、ラッキーなだけだって。ごっつぁんですぅ」と言い大笑い。角刈りも大笑い。
見た目と違い、2人ともユルいし。
山根が話に入り僕達に説明する。周りに従業員がいないことを確認してから。
「この2人には私達の用心棒をしてもらう。見ての通り彼等の力は強力だ。そして私もこう見えて高校時代はボクシングをやっていたんだ」
ハナハナから「え、すご~い!」と声があがる。ホクロ田も興味津々だ。山根は更に声の調子を上げて続ける。
「こう見えて高校時代はインターハイで県大会3位だったからね。何かあった時は三人で対応したいと思っている。もちろん君達も少しは戦力になってもらうよ」
これ以上に頼もしい助っ人はいない。お相撲さんなら桁外れの力があり、序ノ口とか序二段とかよく分からないけど、一般の人以上に強いことは間違いない。
それに山根。太っているように見えたが、最初に引き締まって見えたのはそういうことだったのか。
山根がみんなに言う。
「ここは電話が使えないようだから何かあったら、この六人の誰かに言うこと。そして聞いてないものにすぐに伝えること」
周りから見ると、仲良くなった者通しが楽しく話し合っているように見えるだろう。
この頃には会場にいるアルバイトが席を立つものも増えてきた。それに合わせて片付け始める従業員。
僕達も込み入った話を避け、身の上話をするようになっていた。
ちょんまげと角刈りの二人は同じ高校で相撲部に入っていて、卒業後は同じ相撲部屋に入門し、同じ頃に相撲会を引退したそうだ。
ハナハナはスーパーでレジのバイトをしていて、ホクロ田は施設警備を行っていて、今回無理を言って休みをもらってきたよう。
山根はボクシングの自慢をしていた。今でも月1回ボクシングジムに通っているそうだ。
僕は特に誇れるものはなかった。
小学校高学年の頃に学校でいじめにあったことをきっかけに学校にあまりいかなくなり、未だに友達はいない。
勉強だけは、おばあちゃんがお金を払ってくれたおかげで家庭教師が来てくれ、ある程度はできるようになった。中学、高校は出席日数がギリギリだったけど、おばあちゃんのおかげで何とか大学にも入学できた。
大学卒業しても就職もせず、親の
そんな時、山根が僕のおばあちゃんのことをみんなに言ってくれた。 ホクロ田がすぐに反応する。
「え? 柳田君のおばあちゃんが小早川厚子!? はい。小さな頃、よく見てたな~『厚子に聞きなさい!』を。はい」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです!」
「柳田君のおばあちゃんてことは、小早川厚子って朝日市に住んでるの?」
「いえ、母方のおばあちゃんで東京なんですけど、たまに母が実家に帰る時とか僕の家に来てくれた時とかに会っていました」
とは言ったものの、今はどこに住んでいるかは知らない。たぶん東京だとは思うけど、親が離婚しているし、最近はテレビで見かけないので正確なことは分からないのだ。
それからしばらくその話で持ちきりになっていた。
こんなに話の中心になったこともないし、話が楽しいとは思わなかった。初めこそはどちらかというと嫌いだった山根にも好意すら浮かぶようになっていた。
それから夕食はお開きになり、時刻は19時半になっていた。僕は山根と一緒にエレベーターに乗っていた。
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