消えるアルバイト達 13ページ

「はい。僕は大広間と大、中、小ホール、レストラン、大浴場、共同トイレを調べました。はい。隠し扉などがないか壁や床を入念にチェックしましたが、何もありませんでした。はい」


「そうか、残念だ」とため息混じりの山根。


 そんな、からくり屋敷みたいなわけないじゃないかと滑稽こっけいに思ってしまうのは僕だけ?


 しかし次にホクロ田は奇妙なことを言い出した。


「はい。ただ不思議なことがあって……」


「不思議なこと?」と少し前に体を乗り出す山根。ホクロが唇をきゅっと閉めて頷き、再び口を開いた。


「旅館の外に出れなくなっていました。はい」


 わずかに「え?」と言う吐息に似た声が山根とハナハナから漏れる。


出れない? 何言ってるんだ、この人は?


 すぐに山根が「外に出れないってどういうことだい?」と問うと、ホクロ田が険しい表情で静かに言った。


「念のために外も調べてみようと思ってエントランスに行ったら、鍵がかけられているのか分かりませんが、ドアが全く開かなかったんです。はい」


 少しの沈黙。隣から山根の息が聞こえてくるくらい。ハナハナからは恐怖しているのか、少し硬い表情が見える。


 数秒後、山根が自分に質問するかのように口を開いた。


「これから客を招き入れなきゃいけないって時に鍵が閉まっているなんてどういうことだ? そもそも旅館で施錠すること自体おかしい」


 山根の言うとおり旅館で鍵をかけるのはおかしいと思う。特にこれからチェックインの時間になるのにあり得ないと思う。でも鍵をかけてあるのは何故?


 よからぬイメージしか沸いてこない。


 僕達を閉じ込め、殺害しようとしている?

 でも、何故?

 殺害して何か利点があるのだろうか?

 いや、そもそも目的は殺害じゃないかもしれない。

 そうだ。人身売買だ。

 実はこの旅館の従業員はマフィアか暴力団、あるいは半ぐれ集団で、臓器売買をしているとか。

 だから、ハナハナの彼氏達は戻ってこないしどこにもいないということじゃない?

 もしかして僕達も同じようにどこかに連れていかれて臓器を売られる?


 怖い……。


 怖い。


 怖い!


 僕の頭の中は今までにないくらい、凄い勢いで考えが巡っていた。ドラマや映画の中の世界のようなことが、身近に起こっているのか。それともただの思い過ごしか。


 他の三人も無言ということを考えると、同じようなことを考えているのかもしれない。


 その静寂を割くようにホクロ田が山根に向かって発言する。


「もう一つ気になることがあります。はい」


「ん? なんだい?」


「僕が一階を調査している間、従業員が全くいなかったんです」


「フロントに?」


「フロントもそうですが、どこにも見当たりませんでした。はい」


「従業員の休憩室は調査した?」


「はい。一応ノックして声をかけたんですが誰もいないようです」


「う~ん。それはおかしい」


 再び考えこむ山根。


 どうしよう。僕の意見言ってみようかな? でもバカにされたら嫌だし。でも何か対策が出きるかもしれないし……。


 ……あれ?


 自分でも驚くくらい、このことに関して考えてしまっている。普段なら我関与せずを貫くのに、推理までしてしまっている。


 だからこそ、自分の意見を聞いてもらいたい。発言して自分を認めてもらいたい。三人に凄いと思ってもらいたい。という欲求が高まってきた。


 僕は恐る恐る発言してみる。


「も、もしかしたら……」


 弱々しい僕の声。上ずっていて少し恥ずかしい。だけど隣からは「ん?」という続きを促すような声。僕は意を決して声に出してみる。


「こ、ここの従業員がマフィアの一員とか暴力団関係者で、ぼ、僕達を監禁して臓器売買をしようとしているのではないでしょうか?」


 ……。


 ……。


 何、この沈黙?


 隣で山根が僕をじっと見ているのが分かる。否定されるの? やっぱり言わなきゃよかった。


 僅か3~4秒程度だったが僕にとっては数分くらいに思えるような停止された時間。それが山根の発言により終わる。


「それもあるかもしれないね」


「!」


 笑われると思った。小さい頃から僕の意見など誰にも取り入れてもらえなかった。だから学生の頃はクラスでも目立たない存在だった。


 いや。クラスで嫌われていたし、みんなから無視されていた。少しでも目立ったらみんなに殴られるから、空気のように静かに過ごしていた。そして登校拒否。


 ーーだから未だに引きこもりだ。


 それが山根に発言を認められた。怖い状況なのに、嬉しい気持ちも涌いてくる。


 山根が続けて言う。


「とりあえずまだ分からないことだらけだ。柳田君の意見も視野に入れつつ、今後は注意しながら調査にあたろう」


 僕は大きく頷いた。


「後で玄関も調べてみなきゃいけないな」


 さっきまであまり頭に入ってこなかった山根の言葉がよく耳に入ってくるのを感じた。この人の言うことを信じて従おう。そう思ってしまう。とても僕は単純だ。


 そんな僕の思いを知る由もない山根が続けて話す。


「最後に私の調査結果を話そう。私はここに来ている男性陣に接触してみた。どのようにしてこのバイトを知ったか。この旅館のことを知っているか聞いてみた。皆回答は同じで家にチラシが入っていたのと、この旅館はバイトで初めて知ったということ。ここまではハナハナちゃんの調査と同じだ」


 僕は思う。


 いくら秘境の旅館と言っても今の時代、SNSであっという間に広がるだろう。もし悪い評価だとしても情報の一つや二つ、インターネットで出てきてもおかしくはない。


 何故だろう?


 そして僕と同じような体型の人ばかり。こういう仕事だから細身の人とか筋肉質の人がいてもおかしくはないと思う。やっぱり、この旅館は……。


 僕の考えを断ち切るように山根が続ける。


「あと念のために聞いたのが、みんなの住んでいる地域なんだけど、共通しているのは朝日市の北区に住んでいるということ。つまり北区のみにポスティングされて可能性が高いということになるね」


 すぐに反応するハナハナ。


「そうだ! ワタスの家も北区だす」


 追従するホクロ田。


「僕も北区です。はい」


 二人とも答えたから僕も一応言っておこう。


「僕も北区に住んでいます」


「三人も同じか」と言う山根。「何故北区ばかりなんだろう」


 と考えこんでいる。


 この旅館から北区は遠く離れている。何か理由があるのか、それともただの偶然で全く意味はないのか。少し考えたのち山根が声を出した。


「もしかしたらあまり関係のないかもしれないし、柳田君の予想のように北区を根城にしているマフィアかもしれない。いずれにしても今は調査が先決だと思う。みんなには引き続き協力してほしい」


 僕も含めて、他の2人も頷いた。更に山根。


「では、夕食後の行動だけど、私と柳田君で宿泊客の調査に行きたいと思う」


 二人で行けるなら、不安は少ない。僕は頷いた。


「あとハナハナちゃんと黒田君は一階の様子を探ってほしい。従業員の様子や宿泊客が来るかどうかを見ていてほしい」


 僕と同じように頷く2人。


「ただ、あまり無理はしないでほしい。危ないと思ったら構わず調査を中断してくれ」


「はい」

「分かっただす」


「あとさっき私が頼もしい2人を見つけた」


 頼もしい2人? 誰だろう?


「夕食の時に紹介するから楽しみにしていてほしい」


 その後、三人は部屋を出て夕食までの間、ゆっくりと一人で過ごす。さっきまであんなに狭かった部屋が嘘のように広く感じる。


 今まで友達とか家に来たことがなかったけど……山根達は友達じゃないけど、さっきのようにみんなと話をするのも悪くないと初めて思ってしまった。

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