消えるアルバイト達 11ページ
旅館じゃない……。
怖い。山根の言葉が頭に残る。
旅館じゃないなら何だと言うんだ? やはりここは従業員が殺人を犯す、イカれた施設なのだろうか? それともただの山根の勘違いか。
打ち合わせも終わり、僕達ほそれぞれの任務につくことになった。 僕の仕事は旅館に客がいるかどうかを調べること。
ここは三階。
二階は僕達アルバイトが借りているので実質この階から上に宿泊客がいることになる。
両側に8部屋ずつあり。廊下も合わせて1フロアの16部屋の広さと考えると、ちょうどバスケットコートと同じくらいかそれより少し広いくらいだろう。なかなか大きい建物だ。
しかし廊下だけだと妙に狭く感じる。静まり返ったフロア。赤いカーペット。一番奥に非常階段の扉があり、光と言えばその緑の案内板と天井からのオレンジ色の照明が五つ点いているだけで、廊下はそれほど明るくはない。
光に当たり壁はオレンジ色だが、本来は白なんだろう。黒ずみなどの汚れなどは全く見当たらない。
僕はエレベーターを上がった所、すぐ横の『301』の部屋の前に立った。
焦げ茶色の落ち着いた色のドア。普段ならこんなにじっくりと見ることもないだろうが、穴が空くくらい注意深く見る。
この中に宿泊客はいるのかな? ゆっくりドアに近づいて耳を付けてみた。
……。
……。
耳を付けているときに誰か出て来たらどうしようと思ったけど案外大丈夫そうだ。……と言うか誰もいないようだ。
ノックでもしてみようか? いや、そこまでする必要もないか。
それから僕は次々とドア越しに聞き耳を立てた。しかし、人の声どころか気配すら感じ取れなかった。
時折遠くの方から
人の気も知らずに……。
僕は少々腹立たしくなったが、302号室、303号室と順番に部屋のドアに耳を付けて中の様子を伺った。
どうやら時間が早いせいか、誰もいないようだ。最後の316号室を確認した僕は、再びエレベーターに乗り4階に向かった。
ーー4階
外観的には先程のフロアと変わりないが、今度は先程まで聞こえていたバイト達の声は聞こえてこない。
僕は流れ作業のように先程と同じ行動を繰り返した。最初は中に従業員がいて、いきなり出てきて刺されでもしたらどうしようと、少し怖い気持ちもあったけど、すでに何も感じない。
淡々と部屋の確認をするが、音もなく人の気配すら全く感じ取れなかった。
「よし、次の階に行こう」
ーー5階
エレベーターの到着音も聞き慣れたものだ。廊下に出ても他のフロアと同じ光景だけど、何となく寂しさを感じるのはバイト達から離れたからだろうか。
人の気配は感じ取れない。ドアの下にわずかな隙間があるので、中に人がいるなら普通は僅かながらでも生活音が聞こえても良さそうだが、それもない。
僕は『501』、『502』、『503』と次々と確認していく。
いないね~。こんなに静かに過ごすなんて流石に無理だよね。テレビを見たり電話をしたり、話とかするでしょう。
これでもし中に誰かいるとしたら、それは死体くらいだよね。
死体……。
急に体が嫌な想像をしてしまった。実は何の変哲もないこのドアの奥に、死体が山積みになっているとか……。
「いや、それはないよね。だって臭くないし、アルバイトの人達がベッドメイクしてるんだから」
気を取り直して、次の部屋に差し掛かろうとした時だった。『501』号室の方から音が聞こえてきた。
ポーン。
チャイムのような音。エレベーターの到着音だ。
誰か来た!
山根やホクロ田かと一瞬考えるが、他の場所を調査しているので違うだろう。
とすると……。エレベーターの戸が開いた音がし、人の姿が見える。
血の気が引いてきた。全身の血液という血液が、一気に足に溜まっていく感じ。
この一連の失踪事件の主犯格かもしれない女将がここに来るとは……。もしかして僕が部屋の探りをいれているということを知り、殺しに……。
エレベーターを出てきた女将が、こちらを向いた。
「あら、あなたはアルバイトの……」
思っていたのとは違い、優しそうな表情。穏やかな口調。
女将は小股で歩きながらゆっくりと近づいてきた。
そうだよね。こんな人の良さそうな綺麗な人が、人殺しをするわけがない。……たぶん。
数メートル先に来たとき、また話しかけてくる。
「こんなところで、どうなさったんです?」
やばい。
言い訳を考えてなかった。僕の口から咄嗟に出てきた言葉はこうだった。
「すみません。先程ベッドメイクをしていた時に、落とし物をしたようで」
女将は少し目を大きくし、心配そうに言う。
「それは大変ね! お部屋に落としたの?」
「あ。は、はい。今、廊下を探していましたが無いようなのでお部屋かもしれません」
「まぁ、それは大変。お客様が来たら大事になってしまうところ」
「すみません」
「いいの。大丈夫。ちょうど私もお部屋に用事があって鍵を持ってきたの。一緒に入りましょう」
「はい」
自分でも不思議なくらいに嘘が次々と出た。でも一緒に部屋に入ってしまうことになった。大丈夫だろうか?
そんなことを考えながら女将がドアの前に立つ。僕は後ろから女将を見ている。
女将さん。何か良い匂い。甘い花のような匂い。女性って感じ。少しドキドキしてしまう。そしてスラッとしていて、モデルさんみたい。
女将は輪になった針金のような金属にぷらぷらと垂れ下がっていた数本の鍵をジャラジャラ言わせながら、504号室の鍵を手に取り鍵穴に差し込んだ。
マスターキーって一本の鍵かと思ったけど、部屋の数だけ鍵を持っているんだな~。
鍵が開いた音が廊下に響く。それと同時に女将の華奢な手がドアノブに……。そしてドアを開け、僕を促した。
「さぁ、中へどうぞ」
あまり背中を見せたくはないけど、しょうがない。いや、大丈夫。女将は悪人じゃない。僕は自分に言い聞かせながら部屋の中に入り、奥にあるベッドと床の隙間を確認する。
当然ながら何も見当たらない。大丈夫と思いつつも、女将が僕を殺そうと後ろで睨んでいるかもしれないと考えてしまう。
僕は後ろに神経を集中されながら、落とし物を探すふりをする。
「う~ん、ないですね~」
「それは困りましたね~」
綺麗な声が後ろから聞こえる。声の調子からすると、殺意はなさそうだ。
僕は立ち上がり、思いきって振り返ってみる。そこには優しそうな笑顔の女将がいた。
やっぱり悪い人なわけないよな。それにしても、綺麗な人だな~。恋愛に疎い僕でも、ちょっと意識してしまう。
「ちょっとシャワールームの方を探してみます」
そう言って僕は女将の横を通り、入口付近にあるシャワールームに入る。やっぱり女将さん凄く良い匂い。
こんな綺麗な女性と部屋に二人きり。男だったら誰だってドキドキしてしまうだろう。性欲より食欲の方が上の僕でも少しドキドキしてしまうくらいだから、他の男の人からするとこの状況はとても羨ましいと思う。
女将はベットの横にあるテーブルの上に何か置いているようだ。
僕はシャワールームを少し調べたふりをし、後ろを振り返り女将に言う。
「あ、ありました!」
すぐに優しそうな声が。
「あら、見つかって良かったわね~」
「はい。ありがとうございました」
シャワールームを出た僕は、女将に頭を下げそそくさと部屋を出る。
びっくりした~。いきなり一緒になるなんて。でも特に何もされなかったな。やっぱり山根の勘違いでは?
エレベーターに乗り、自分の部屋に戻った。
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