消えるアルバイト達 7ページ

 僕は三日月のような形をしているものを掴んでいる。ツルツルしていて手で握るとちょうど包めるくらいの大きさのもの。


 それは黒い勾玉まがたまだ。僕が小さい頃から付けている物。それを山根に見せて教えてあげる。


「これは僕のおばあちゃんからのプレゼントなんです」


「プレゼント?」


「はい。おばあちゃんが言うには仕事の成功とか恋愛成就とか魔除けにもなったりもするみたいですよ」


「へぇ、柳田君のおばあちゃんは孫に勾玉をあげるなんてセンスいいね~」


 この人、僕のおばあちゃんを馬鹿にしているのか、それとも本当にそう思っているのか。


 だから勾玉のことを知られたくなかったんだ。服から飛び出すなんて、やっぱり首元がしっかりしている服を着てくるべきだった。


 まぁいいや。あまり言いたくないけど、山根をびっくりさせたいし、とっておきの情報を教えよう。


「そうですよ。なんたって僕のおばあちゃんは、テレビによく出ている小早川厚子ですからね」


 山根の顔が驚きに変わっていく。


 やっぱりこの情報は驚くだろ? ざまあみろ。山根は驚いた様子のまま力無く聞いてくる。


「小早川厚子って、あの『厚子に聞きなさい!』の小早川厚子?」


 来たね来たね? 厚子に聞きなさいは、視聴率20%越えの番組だったからね。見たことはなくても国民ならほとんどの人が知っているでしょう。僕は鼻高々になりながら山根に言ってやる。


「そうですよ? 僕のおばあちゃん有名人ですからね。さすがに山根さんも知っていたか~」


 少し嫌みっぽい言い方したけどいいか。それより山根の顔が尊敬の眼差しに変わっているようだ。言って良かった。


とは言っても両親は僕が小学5年の時に離婚してしまい、それ以来おばあちゃんと会う機会もめっきり減った。


それにおばあちゃんもおじいちゃんと死別して今は再婚しているらしいから会う機会はもうない。


ただ大学1年の頃まではお母さんと会った時に会ったりしていたし、僕の為に物をくれたり金銭的な援助をしてくれていた。そんなおばあちゃんが好きだった。


大学2年くらいからか~。急に会う機会が減ったのは……。


そんなことを考えて黄昏ている僕に、尊敬した顔のままの山根の言葉が入ってくる。


「知っているさ~、若い頃ずっと番組を見ていたからね。でも名字が違うけど?」


せっかく感傷に浸っていたのに。まぁいいや。


「母方のおばあちゃんですからね」


「そういうことだよね。予想はしてたけど納得。あの頃は悪霊や妖怪退治をしてたよね。色んなグッズを使ってさ」


「そうですね~」


「『妖怪さん、何かようかい?』って退治するときのキメゼリフには笑ったな~」


この人はおばあちゃんのことをバカにしてるのかな?


興奮しているのか山根の矢継ぎ早に話す言葉が止まらない。


「でも悪霊とか妖怪とかって本当にいるのかね? 僕は見たことがないから分からないけど」


これは流石に腹が立つ。そのせいで今までだって色々おばあちゃんは世間から叩かれて……。


僕は少し口調を荒く「本当にいますよ! 僕見ましたから。おばあちゃんの家におばあちゃんが退治した鬼の手のミイラがあったのを」


「猿か何かのミイラじゃなくて?」


「本当ですって。大きくて赤いゴツゴツしていて、あんなのどこでも見たことがないですし」


「へぇ、ミイラなのにゴツゴツか~。それは今度私も見てみたいな~猿の手に粘土を付けて色を塗ったミイラを」


「違いますって! おばあちゃんが助けた人達からだって、ちゃんとたくさん手紙が来ていましたからね」


と、珍しく人に強く言ってしまった。表情も少し険しいことだろう。


しかし山根は「そんなもんかね。あ、そう言えば番組終わってからテレビで見ないけど、業界から干されたの? ヤラセだったって噂は本当だったの?」と心ない言葉。


 駄目だこの人は!

人の話を聞いてないのか?

探偵っていうのはこんなにデリカシーがないのか?

いや、この人が特別なだけか。


もういいや……。


 僕は一言「違いますよ!」と言い、そそくさとシーツのシワを伸ばし、洗面所の方に向かった。


 洗面所はトイレとシャワールームが一緒になった、ユニットバスってやつだ。


 僕は気を取り直して従業員が用意した掃除用具セットの中から洗剤とスポンジを使いコップを洗う。


 う~ん、そんなに汚れていないな。


 洗った後は乾いたタオルで水気を拭き、軽く乾燥させる。後で『消毒済』と書かれた袋を被せなきゃいけない。


 今度は備品セットからクシ、T字ヒゲソリ、歯磨き粉、はぶらしなどを取り出し、洗面台の上のバスケットの中にセットした。


 そして……ん? 何か視線を感じる。


 僕はそう思い目線を上げた。すると目の前の鏡越し、入口の壁から少し顔を出して覗いている目が見えた。


「うわぁぁぁっ!」


 僕は思わず声をあげてしまった。山根が見ていたことに驚いて。山根が慌てて僕に弁解する。


「あ、ごめん。驚かせてしまったようだね。僕って探偵しかやっていないからさ~、こういった仕事ってどうやるか気になってね~」


「いや、びっくりしますから」


 本当だろうか? それほど難しい仕事ではないと思うし、むしろ頭の良い山根の方が覚えるのも早いはず。何だか監視されているみたい……。


 それから何度か見られているなという感じはあったが仕事を終わらせた僕達は、時間も正午になり、また大広間で食事をすることになった。


 僕は朝のように部屋の一番奥の左手側の席に座った。


 正面の席には右の頬に大きなホクロのある男性が座り、その隣にはツインテールの髪の毛を三つ編みにし、頬っぺたに大福を2つ付けたような女性が座っている。眉毛が全くないのは仕事をしたから汗で消えたのか、最初から無いのか……。


 隣には山根が座った。食事の時くらいは離れたいというのが正直な気持ち。


 食事の用意をせっせとしている旅館スタッフ。5名の従業員で16人分の料理を出すのは大変そうだ。


 僕達の前には昼なのに豪華な食事がテーブルの上に乗っている。


丼一杯に盛られたかつ丼、味噌汁代わりのラーメン、4人の真ん中あたりに自由にとれるように餃子、エビチリ、豚の角煮、唐揚げ、蟹の足、ポテトサラダ、コロッケ、焼売、手羽先などがオードブルとなって出されている。


 まだ仕事をしている人がいるみたいで、数名は会場に来ていないようだ。女将もまだ来ていない。いや、仕事が忙しいから昼は来ないのかな?


 山根が周りを見てから、少し大きめな声で僕達の正面の人達に提案し始める。

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