消えるアルバイト達 4ページ
僕が乗った後、バスは四回停車し、人を乗せた。その度に運転手の後ろの席に座った従業員がバスを降りて、これでもかというくらいの笑顔で出迎える。とても律儀な人だ。
共通していることと言えば、みんな体型が大きいということ。歩く時に体を横にユサユサ揺らしてくる人や、両側の座席に引っ掛かりそうになりながら後ろの座席に歩いていく者もいた。
夜見温泉は、おでぶ様の楽園なのだろうか?
それとも重量級の人を雇うのが好きなのだろうか?
太ってる人を雇ってダイエットを勧めるため?
ぼったくりヨガ教室とか通わされたり、高いサプリメントとか買わされないだろうか?
まぁ、大丈夫でしょう。
夜見旅館は夜見村にあるはずだ。夜見村と言えば、朝日市を出て隣町の夕日町を越えたところにある村。農村地帯で人口の少ない村。
『はず』と言ったのは、採用通知の後にインターネットで夜見旅館を検索したら、ホームページがなかったから場所が分からなかったということ。秘境の旅館なのだろうか?
青看板が見える。夕日町と夜見村の文字。僕の予想通りバスは夜見村に向かっているようだ。
朝日市西区を越えて夕日町に入り、やがて夜見村に差し掛かる。小さい頃に家族でドライブに来た時に通った
月明かりに照らされた田んぼばかりの景色は少し飽きる。たまに見かける民家は、木の造り、トタン屋根で年代物の家が多いようだった。
やがて町が見えてきた。とは言っても小さな村なので、中心街は一軒のスーパーとガソリンスタンド、そして個人店しかなく、あとはアパートが数軒あり2階建てや平屋の住宅があるだけだった。
こんな小さな村だけど、僕にとって住むことは、全くと言っていいほど苦にならないだろう。ほぼ家で生活しているので生きるのには苦労しないのだ。ただ出前がなさそうなので、楽しみが一つ無くなるなと思うくらい。
バスは中心街を抜け、山道に入る。
こんなところに旅館なんてあるのだろうか? いや、きっとこんな所だから秘境の温泉旅館で人気があるのだろう。だからこんなにもアルバイトが必要なのだ。
僕はそんなことを考えながらバスに揺られていた。右に左に大きくカーブが続く。
そして時刻は午前3時15分を回ったところ。
向かって左手、突然旅館が目に飛び込んできた。駐車場から少々小高いところにポツンと一軒温泉旅館がある。屋根の上に『夜見旅館』と書いた看板が乗っているのでここで間違いないだろう。
バスは予想通り、左手の夜見旅館の駐車場に入った。そこを越え小高い山の上にある旅館を目指して上がって行く。ショッピングモールで言えば3階建ての屋上に旅館が建っているような感じだ。
部屋からの眺めが楽しみだ。遠くまで見えるんだろうな~。
バスは旅館の入口の前で停まる。運転席の後ろに座る旅館の女性が立ち上がって振り返り、みんなに向かって声を張って言った。
「さぁ、着きましたよ。みなさん、正面に見える入り口から中にお入りください。あとは係りの者がご案内します」
僕は立ち上がり、一番最初に外へ出た。
バスの中はエアコンが付いていたので、外との気温差がある。蒸してはいない。そして、とても空気が澄んでいて美味しい。
趣ある引き戸の旅館の入口。両側にぶら下がる提灯が更に風流を増している。僕は戸を横に動かし中に入った。玄関の奥にいる数名の従業員達。小豆色の和服姿の女性に対して男性は灰色の和服だ。
僕達を見るなり全員が笑顔になり声を出した。
「夜見旅館に、ようこそお越しくださいました」
これが営業スマイルというやつなのだろうか? 僕はあまり好きではない。楽しくもないのに何故笑うのだろう、と勘ぐってしまうからだ。時々自分が嫌になる。
何と卑しい心なのだろう? こんなに優しそうな人達が、気持ち良く迎え入れてくれているというのに……。
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