消えるアルバイト達 3ページ
8月5日の午後。携帯電話の着信音が鳴った。メールの着信を知らせる音だ。僕は内容を確認する。
『柳田裕也様。この度は夜見旅館のアルバイトにご応募していただき、ありがとうございます。採用が決まりましたので、日にち等の詳細を記載してお送り致します』
あぁ、アルバイト受かったのか。
『8月13日(金)午前2時に家の前にバスでお迎えに参ります。持ち物は、お着替え(動きやすい服装)、印鑑、免許証または身分を証明するもの、その他各自必需品です。浴衣や洗面用具は旅館で取り揃えております。それでは、よろしくお願いいたします。夜見旅館支配人、
2時って早すぎ! でも、本当に旅行に行くみたいだな~。
少し楽しみでもあり面倒な気もしてきたけど、まだ仕事の日までは一週間もある。着替えだけだから、特に買うものもない。
僕はいつものように堕落した生活を送ることにする。
そして――。日にちは過ぎ去り8月13日、アルバイト当日になった。
午前1時半。昨夜早く布団で横になったのに、なかなか眠れず少し寝不足。イベントの前の日は寝れないタイプってやつ。なので布団の中でゴロゴロしている。
ちょっと行くのが面倒になってきたな~。行くのを止めようか……。
なんて考えも浮かぶが、旅館の豪華な料理が気になる僕。温泉につかったり、ふかふかな布団で眠れる贅沢を考え、何とか布団から出ることができた。
歯磨きをし、顔を洗って服を着る。
動きやすい格好って書いてあったけど、これでいいかな?
僕はチノパンを履いて、Tシャツを着た。かなり大きめのズボンなので、まだ余裕があり足元は動きやすい。
首回りのゴムが緩くなっていて胸元が少し見えるけど気にしない。着替えるのが面倒だし。
昨日バッグに荷物を詰め込んだので、後は外に出るだけだった。
時刻は午前1時55分になっていた。
「時間、早っ!」
僕はテーブルの側に置いてあった黒いボストンバッグを持ち居間のドアを開ける。
廊下がありその奥が玄関。居間からは少し離れているのに、玄関から雑巾のような、むせかえる臭いが漂ってくる。
「臭っ!」
いつもながらに思うけど、宅配に来ているお兄さん、臭いって思っているだろうな~。
そんな事を考えながら廊下を歩き、玄関で靴を履く。ボロボロであり、前まで白かったはずの汚れた靴。
「よし、行こう」
僕は自身に気合いを入れて外に出た。
暗い。こんな時間に外に出たことなんてないよ。夜なのに暑いね~。
戸締りをしっかりし、アパート前の駐車場に止まっている車を避けて、車道付近まで出た。
ここのアパートは住宅街の中にある。なので車通りは少ない。程なくして、右手側の交差点をライトを点けた白いマイクロバスが左折してくる。
きっとこのバスに違いない。
僕の前まで来たバス。フロントの窓に“夜見旅館従業員用”と書かれた紙が貼ってあるのが見える。案の定、僕の前でスピードを緩めて停まって見せた。
ドアが開き、中からスラっとした身長の女性が出てきた。目は細く目尻が上がっているが、とても上品さが漂う女性。そしてぽてっとした柔らかそうな唇が開く。
「おはようございます。柳田裕也様ですね?」
「あ、はい。そうです」
「お迎えにあがりました。こちらから中へどうぞ」
女性は更に目を細めて笑顔を見せながら、バスの方へ手を向けエスコートする。誘導されるまま中に入ると、すでに10名ほどの男性や女性が座っていた。
体の大きな人ばかりだ。
僕と同じように料理目的か、楽して稼ぎたいだけなのだろう。
僕は一番前の左側の席、窓のすぐ側の席に座った。ギュッと苦しそうな椅子の音が出る。
そしてバスが走りだした。
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