一方その頃 4
「申し訳ありませんが、クラン創設の要項を満たしていないようですね」
若い受付嬢は、書類を確認しながらそんな事をのたまった。
見た目だけで雇われた、なんの能力もない職員なのだろう。
簡単な手続きさえできないとは、後からギルドに文句の一つでも言っておくべきだろう。
俺の後ろには、クランに加入したいという冒険者の列が出来上がっているのだから。
「見ての通り、お前のつまらない冗談に付き合ってる暇はない」
「いえ、間違いありません。クランの創設にはプラチナ級パーティに所属し、かつギルドから認可を得なければなりません」
言われた瞬間、プラチナ級の冒険者章とクラン設立の許可書をカウンターに叩きつける。
「俺が誰なのか知らないのか? あの蒼穹の剣を創設した、プラチナ級の冒険者のリンドックだ。その程度の要件はとっくに満たしてる」
「そう言われましても……。」
「謝罪するなら、お前の不手際を許してやってもいい。これだけの前で恥をかかせたんだ。できるよな?」
日頃魔物を相手にしているのだから、一般人を脅迫するなど朝飯前だ。
身を固くした受付嬢は、震える手で書類の再確認に移る。
「申し訳ございません、今一度確認を行いますので」
「おいおい、それだけか? プラチナ級冒険者への謝罪がそれだけとは、ギルドも落ちたもんだな。せめて頭を地面につけるぐらいはしたらどうだ」
背中に控えている加入希望者達から微かなざわめきが聞こえてくる。
もちろん、それが狙いだ。
この俺はたとえ相手がギルドであっても怯まないリーダーであること。
そしてギルド相手であっても高圧的に出られるという、力関係を見せつける。
こうでもしなければ、数十人という冒険者を纏められるはずがない。
優れたリーダーというのは、こういう部分で部下たちに力を示すものだ。
そしてプラチナ級冒険者である俺に逆らえる受付嬢も多くはない。
新人であるならなおさら少しの圧で、こっちの意見を押し通すことができる。
窓口の向こう側にいた受付嬢が膝を地面に付けようとした、その時。
「それはちょっとやり過ぎじゃないかな」
聞き覚えのある声が邪魔に入った。
見れば窓口の向こう側から、長身の女が俺を見下していた。
見覚えはあるが、名前までは憶えていない。
「お前は……保全機構の」
「ハンニバルだ。よろしく、シルバー級のリンドック君」
受付嬢は裏手に逃げ込み、ハンニバルが代わりに窓口に立った。
ハンニバルからしたら先ほどの受付嬢を守ったつもりなのだろうが、俺からすれば丁度いい展開だ。
新人の受付嬢ではなく、ギルドの特務員に頭を下げさせる方が、俺の力を周囲に見せつけられる。
「はっ! この俺がシルバー級だと? もうボケが回ってきてるみたいだな」
「女性への言葉は気を付けた方がいい。君が思ってる以上に、君の周りは君をよく見ている。寝首をかかれることになるよ。いや、君には遅すぎた警告だったかな」
「無駄な話をしてないで、さっさと謝罪をして手続きを進めろ。こっちは待ってやってるんだぞ?」
「おや、君も記憶力が低下しているみたいだ。先ほど受付嬢が言ったじゃないか。君はクランを設立できる立場にないと」
「なら好きなだけ確認すればいい。だがもしギルド側の手違いだったなら、お前がさっきの受付嬢の代わりに、頭を地面にこすりつけて謝るんだな」
クラン設立の条件も書類も、完璧に揃っている。
先程の受付嬢が手続きをミスしなければ、もうクランは設立されていたはずだ。
遠回し過ぎて理解しにくい文句を言うのなら、俺ではなく先ほどの受付嬢に言うべきだ。
いや、コイツも頭が良いように見せかけているだけの、馬鹿という可能性もある。
恐らくは状況を理解できていないのだろう。
この俺をシルバー級と間違える程度の人間だ。
その可能性は十分にあった。
そこでもう一度、プラチナ級の冒険者章とクラン設立の許可証をカウンターにたたきつける。
もはや文句の一つも出てこないだろう。
このプライドが高そうな女が地面にへばりついて謝罪する光景が、目に浮かぶ。
俺の力を見て、仲間になる冒険者達も結束するに違いない。
やはり優れた人間の元には、相応のチャンスが巡ってくるものだ。
後はこの後、クランを立ち上げた祝賀会でも開くとしよう。
リンドックという冒険者が歴史に名前を刻む、記念すべき日だ。
いや、そのはずだった。
ハンニバルとかいう女が、四枚の書類を取り出すまでは。
「リンドック君。これは蒼穹の剣のリーダー及びメンバー全員による除名申請だ。よってギルドは君の名前を蒼穹の剣の所属欄から抹消した。わかるかい? 君はね、パーティから追放されたんだよ」
水を打ったかのような沈黙が、唐突に訪れた。
他の冒険者達の喧噪も、ギルド職員が書類をめくる音も、酒場で演奏していた楽団の音色も。
一切が、音を潜めている。
「そ、そんな馬鹿なことがあるか!」
あり得ない。
あり得る、わけがない。
俺をメンバーから抹消することは不可能だ。
なぜなら、現在リーダーの権限はオルフェアにある。
だから、こんな事は、絶対に、あり得ない。
「パーティリーダーの権限を自分が信頼するメンバーに譲渡してしまった、と。君がクランを立ち上げ、クランマスターの権限を得る事が出来れば、話は変わっただろうね。だがクランを創設するまでの間だったら、パーティリーダーの方が権限は上だ。いやぁ、残念だったね」
残念だった。それだけで済ませるつもりなのか。
俺がどれだけパーティの成功に力を注いできたか。
俺がどれだけパーティの為に時間を使ってきたか。
俺がどれだけパーティの為に努力してきたたか。
手が震え、思考がまとまらない。
まずはなにをすべきか考えろ。
ここから巻き返す方法があるはずだ。
いつだって、切り抜けてきたんだ。
「マジかよ。今度は自分が追放されたのか」
「じゃあクランの話はなしかよ。付いてきて損したぜ」
「いいや、よかったんじゃないか。遅かれ早かれ、俺達も追放されたかもしれないだろ、コイツみたいに」
うるさい黙れ。先程まで俺に媚びていた雑魚共が。
俺が誘ってやった恩義も忘れて、よくもぬけぬけと。
だが最初にする事は、この馬鹿共を論破することではない。
ギルドの手続きが本当に正式な物だったのかを確認することだ。
俺に従順だったオルフェアが、唐突に裏切るなど考えられない。
誰から偽装工作をした可能性もある。
それにサリュア、モーリス、ルカエルの三人もそうだ。
『仲間』として戦ってきた俺を、そんな簡単に追放するわけがない。
しかし、ハンニバルは俺の考えを見透かしたように、つづけた。
「まぁ、この書類を見る限り、君が最も信頼していた人物が追放の発起人のようだけれどね」
頭を殴られたかのような衝撃が、考えを滅茶苦茶にした。
だが、それでも掻き消えないがあった。
それは、明白な怒りだった。
恩義を忘れ、俺を騙し、パーティを乗っ取ったのだ。
許されるわけがない。俺が、絶対に許さない。
冒険者達から向けられる冷笑を背中に受けながら、ギルドを飛び出す。
向かう先は、俺が座るべき場所。
そして俺から奪われた場所。
クランの活動拠点とするために購入した屋敷だった。
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