第7話

 眼前で魔物が霧散し、魔石が転がり落ちる。 

 気付けば足元には、小さな魔石が積み重なっていた。

 つまりは、それだの魔物がこの第17迷宮に潜んでいたということになる。

 

「聞いてた通り、冒険者の数も少なくなってるのかもしれないな」


 黒狼の牙を鞘に戻し、魔石の回収を急ぐ。

 ハンニバルから聞いたのは職人や商人が街を去っているという話だが、一概に冒険者と無関係な話とは言えない。

 その逆で、職人や商人や街からいなくなれば冒険者に回ってくる商品や武具の数や質が低下することになる。

 難易度の高い迷宮に挑むには、高品質の薬や武具が必要だ。つまり、街の活気があるほど冒険者も仕事がしやすくなる。

 

 そして冒険者が多ければ迷宮内の魔物の数は一定数に保たれ、ここまで一気に魔物が集まる事もあり得ない。

 つまり、今のウィンドミルの状況はこの魔石の山から容易に想像が出来た。

 圧倒的に冒険者の数が足りていないのだろう。

 とは言え、俺にとってこの状況はなにも悪い事ばかりではない。


「魔石を集める分には、都合がいいが……。」


 アンドニスに示さなければならないのは、俺の実力と稼ぎだ。

 手を組む事でどれだけの利益にありつけるかを示して納得させなければならない。

 これからの事を考えれば、彼女の様な協力者はいる事に越したことはないのだ。

 そのためにも出来るだけ迷宮内で魔石をかき集め、あわよくば遺物も手に入れたいところだ。


「ひとりでの探索じゃあ、みつかる物もみつからないだろうけどな」


 そんな事をぼやきながら、重くなってきた革袋を肩にかける。

 もう少し魔石が集まったら、一度地上に戻った方がいいだろう。

 魔物を倒しても、魔石が回収できなければ意味はないのだから。

 


「なにかの罠、って訳じゃなさそうだな。誰がこんな事を……。」


 革袋がいっぱいになったら地上に戻るべきだ。

 そう考えていたはずなのだが、なぜか俺は迷宮の内部を進み続けていた。

 その理由は、等間隔で地面に落ちている魔石にあった。


 こんな童話を何処かで見た覚えがある。

 地面に散らばる魔石は、まるで何処かに誘い込もうとしているようでもある。

 ただ魔石が落ちているということは、誰かがこの道にいた魔物を討伐したということだ。

 この階層の地図を完成させ、下層に通じる道を探すのなら、有り難いことこの上ない。

 

 一度地上に戻る前に、軽くこの階層の地図を完成させておくべきだろう。

 後から戻ってきたときに、魔物が復活してしまっている可能性もある。

 すぐさまポーチから地図を取り出し、羽ペンを握る。


「まずは、登り口付近を埋める所から始めるか。この調子なら、明日にでも最下層に――」


 一歩踏み出した瞬間、ガラスの砕ける音が迷宮内部に響き渡った。

 足元の違和感を覚えてそっと後ずされば、そこには砕け散った魔石の破片が散らばっていた。

 ゆっくりと破片を拾い上げると、うっすらと霜がかっているようにも見える。

 別の魔石を拾い上げても、氷の様な冷たさが手を伝わってきた。

 それに本来であれば軽く体重を掛けただけで、こんな砕け方をするほど魔石は脆くはない。


「なにが起こってるんだ……?」


 魔石の続く先に視線を向ける。

 冒険者であれば魔石を回収しない理由がわからない。

 戦利品を持ち帰らないなら、そもそも最下層に向かう意味もないのだ。

 この異変を見過ごして探索を続ければ、いずれ危険を招くかもしれない。

 

 できる限り足音を消しながら魔石の痕跡を追い、迷宮を駆け抜ける。

 すると予想通り、魔石は下層へ向かう通路の前で途絶えていた。

 走り書きで地図に地形を書き込み、慎重に下層へと足を踏み入れる。


 するとそこは、予想に漏れず巨大な空間だった。

 中心部分では一人の冒険者が、複数の魔物を相手に戦っている。

 恐らくだが、上層の魔石はその冒険者の仕業なのだろう。


「だが、確かあれは……。」


 深いローブを身に纏う姿には覚えがあった。

 アンドニスと激しい言い争いをしていた、例の冒険者だ。

 冒険者は次から次へと湧いて出てくる小型の魔物『コボルト:Lv19』を、瞬く間に殲滅する。

 身の丈ほどの二本の槍を自在に操り、相手に近づく事さえ許さない。

 その武器の扱いには、ある種の洗練された美しささえ感じられた。

   

 だが、相手が悪かった。

 コボルトに仲間の損耗を気にする慈悲と知能は備わっていない。

 ただ目の前の冒険者を殺すために、次々と襲い掛かるだけだ。

 確かに冒険者の実力は非常に高い。

 しかしその体力も無尽蔵ではない。


 津波のように押し寄せるコボルト達の勢いに、冒険者が一歩下がる。

 だが次の瞬間、冒険者は片手での攻撃を捨ててローブを振り払う選択を取った。

 その下から出てきたのは、驚くべきことにまだ幼さの残る少女の素顔だった。


「邪魔だぁぁあああああああッ!」


 少女の裂帛の叫びと共に、空気さえ軋む冷気が荒れ狂う。

 周囲にいたコボルト達の動きが、瞬時に止まる。

 いや、止まるなどという生易しいものではない。

 全てが凍り付き、息絶えていた。


 それがあの冒険者の加護の力なのだろう。

 冷気を操るとなれば、上層での戦闘痕も納得がいく。


 だが、その能力を持ってしても勝利には手が届いていない。

 絶大な破壊をもたらしたがしかし、冒険者は膝を突き肩での呼吸を繰り返していた。 

 一方のコボルト達は凍り付いた仲間をお構いなしに叩き潰し、再び冒険者を取り囲む。

 そして闇の向こう側から、重い足音共にひときわ大きな個体が姿を現した。


 この迷宮の主である、『コボルト・ロード:Lv36』だ。

 その名の通りコボルト達を支配する種族で、非常に狡猾な事でも知られている。

 今も冒険者が抵抗する力を失ったとみて、姿を見せたのだろう。

 実際、追い詰められているのは冒険者の方だ。

 コボルト・ロードは反撃してこない冒険者を見下ろして、下卑た笑いを浮かべている。 

 だが人間も魔物も相手を確実に仕留められると確信した瞬間が、最も無防備になる。


 物陰から飛び出し、薄暗闇を駆ける。

 足音を殺している余裕はない。

 だからだろう。

 冒険者と数匹のコボルトが視線をこちらに向ける。

 刹那、冒険者と視線が交わる。

 そこで冒険者の瞳の色が、左右で違うことに気付く。

 片方は深海を思わせる色だが、もう片方は凍て付くような白銀だった。

 

 薄暗い迷宮の中でも鮮烈に記憶に残るその瞳の輝きから視線をそらし、コボルト・ロードの背中に狙いを定める。

 腰だめに構えた黒狼の牙が鈍く輝き、得物を求め始める。 

 そこでようやくコボルト・ロードも異変に気付いたのだろう。

 しかしその異変が一体何なのか、確認する暇はなかったはずだ。


 黒狼の牙が哀れな得物を引き裂くのには、たった一瞬あれば事足りるのだから。

 

 ◆


 周囲一帯を薙ぎ払った一撃によって、例外なくコボルト達は魔石に姿を変えた。

 もちろんのこと、コボルト・ロードもその例外ではない。

 残ったのは山のように積み上げられた魔石の数々と、沈黙を貫く女冒険者だけだった。 

 後からしゃしゃり出てきた冒険者が得物を横取りすれば警戒して当然だ。

 剣を腰の鞘に戻し、一定の距離を保って冒険者に声をかける。


「無事か?」


「それ以上、近寄らないで。何処かへ行って」


 その声は、やはりアンドニスの店で聞いた声と同じだった。

 安心すると同時に、なぜこんな優秀な冒険者が一人で迷宮に挑戦しているのかという疑問も浮かんでくる。

 だが親しくもない相手の事情を探るのは、褒められたことではない。

 まさか何処かへ行けと面と向かって言われるとは思っていなかったが。

 とは言え、この魔石の山を前に無言で立ち去る訳にはいかない。


「危害を加える気はない。魔石の分配はどうするか決めたいだけだ」


「全部貴方が持っていけばいい。私には、必要ないから」


「本当にいいのか? この半分はそっちが倒した魔物の分だろ」


「構わない。私には、必要のない物だから」


「まぁ、アンタがそういうなら有り難く貰ってくよ」


 残っていた革袋をありったけ取り出し、大きな魔石から順番に回収していく。

 俺が迷宮に入った目的は、内部で人助けをする為ではない。

 迷宮を踏破して実力を証明しつつ、どれだけ稼げるかをアンドニスに証明するためだ。

 魔石の全てを譲ってくれるというのなら、俺にも遠慮する理由はない。


 そして、ついに自分の手で手に入れる事が出来た。

 コボルト・ロードの寝床らしき場所に、遺物らしき指輪が保管されていたのだ。

 これが遺物なのか呪具なのか、はたまたただの装飾なのかは鑑定しなければわからない。

 しかし戦利品を自分の手で持ち帰るという高揚感に、思わず足取りも軽くなる。


 だが、ひとつだけ問題があった。

 それは先ほどの女冒険者と、中層で再び鉢合わせてしまった事だ。

 向こうは負傷しているのか、歩みが非常にゆっくりで追い付いてしまったのだ。

 目を負傷していたのか、眼帯を付けた彼女は青い瞳で俺を見て、すぐさま目をそらした。


「魔石は渡すと言ったはずよ。それともお礼を言ってほしいの?」


「お互いに地上を目指してるんだから、鉢合わせることだってあるだろ。それに魔物と出くわすより冒険者と出くわす方がよっぽどいい」


 間抜けな話だが、魔石が重すぎて機敏に動ける自信がなかった。

 だが俺のそんな冗談を聞いて、女冒険者は呆然とした様子で俺を睨みつけた。


「貴方、私が誰か知らないの?」


「生憎とな。有名人なのか」


「不幸になりたくないのなら、それ以上私に近寄らないで。何処かへ行って」


 俺の疑問に答えることはせず、女冒険者は言い捨てて迷宮の暗闇に消えていく。

 彼女にも触れて欲しくないことの一つや二つあるのだろう。

 その事情を察することのできない俺にも非があるかもしれない。

 しかしながら、どうしたものかと頭をひねる。


「いや、だから、地上に戻りたいだけなんだけどな」


 ◆


「換金を頼む。それと袋は二つに分けてくれ」


 革袋を置くと、カウンターが微かに軋む音が聞こえてきた。

 魔石は普通の石と重さが殆ど変わらないため、これだけの量にもなれば重量も尋常ではない。

 だが魔物との戦いでレベルが19まで上がっているため、重さを感じることは殆どなかった。

 それどころか、自分の報酬に変わると分かっていれば、どんな荷物でも足取りは軽い。

 一方で大量の魔石を前にして、受付嬢の表情は硬い物だった。


「こんなに沢山、ですか? 少し換金に時間を頂くことになるかもしれませんが……。」


「自分でも驚いてるよ。ただ第17迷宮には他の冒険者がほとんどいなかったからな」


 だからこそ、これだけの魔石を一日で集められたといえる。

 本来であれば他の冒険者と競合してしまい、ここまでは集められない。

 アンドニスへの実力と稼ぎの証明もこれで十分だろう。

 加えて迷宮内部で拾った指輪の鑑定もしてもらわなければ。

 呪具か遺物か。どちらに転んだとしても、俺にとっては大きな収穫になる。

 そんな事を考えていると、受付嬢は眉をひそめて言った。


「迷宮内で他の冒険者と会いませんでしたか? 女性の冒険者です。二本の槍を携えた」


「あぁ、見たな。向こう側は俺を嫌ってるみたいだったが」


「これは個人的な意見であって、ギルドの見解とは異なりますので、強くは言えません。ですがあの冒険者……レウリアとは関わるのはお勧めしません」


「当てて見せようか。それはあの冒険者が一人で活動してる理由と関係があるんだろ」 


 受付嬢がこれから話す内容は、容易に想像がつく。

 高い戦闘技術に加えて、強力な加護を有する冒険者を周りが放っておく訳がない。

 それでもひとりで活動しているということは、周りが彼女を恐れているか、彼女が周りと距離を取っているかの二択だ。

 そしてその予想は、案の定的中していた。


「彼女は仲間の冒険者15人を惨殺し、唯一生き残った冒険者なんですよ」


「15人って……流石に誇張されてないか?」


「殺した、というのは彼女の口から語られた証言です。それに彼女の能力に巻き込まれて被害を受ける冒険者が続出しています」


「なら、その冒険者殺しがなぜ野放しになってるんだ? ギルドの処分が下るはずだろ」


 高い武力を有することになる冒険者は、冒険者ギルドから幾重もの制約を受けることになる。

 たとえ殺めたのがひとりだったとしても、殆どの場合は加害者側の冒険者の首が飛ばされることになる。

 15人もの命を奪ったとなれば、処刑されていて当然と言える。

 だが彼女は迷宮の最下層で魔物と戦いを繰り広げていた。

 ただ俺の問いは大勢が抱くものだったのだろう。受付嬢は淀みなくその理由を語り始めた。

 

「詳しい事情は公表されていません。しかしギルド上層部は、彼女の行動は正当な防衛処置だったと結論付けました」


 いったい何が迷宮内で起こり、どうして仲間の冒険者を殺すに至ったのか。

 気になるところではあるが、今さら俺が気にした所で何かが変わる訳でもない。

 俺が気にかけるべきは、あの鋭い一対の槍が俺に向けられるかどうかという点だ。


「道理で迷宮の中で他の冒険者と合わないわけだ」


「彼女の一件以来、このウィンドミルから冒険者の数も減っています。それほどまでに恐れられているんですよ、彼女は。今では彼女を銀の死神と呼ぶ冒険者さえいますから」


 迷宮内で他の冒険者に死をもたらす存在。

 つまり魔物と同類に見られて、当の本人はどう感じているのか。

 そんなつまらないことを考えながら、報酬を受け取る。


 この街で活動していくのなら、頭の片隅にでも置いておくべきだろう。

 相手側の様子からすれば、俺と顔を合わせる事さえ億劫そうだった。

 これから関わり合いになる事など、万に一つもないはずだ。

 そう、考えていた。まさかその考えが、すぐに覆されるとは、思ってもみなかったが。

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