第39話19:明日、結婚したい(ルーカスside)

―――――俺がどれだけ深い闇に捕らわれ、抜け出せなくなっていたとしても・・・闇を照らし、手を差し伸べ、助けてくれるのは・・・エリーゼ・・・君なんだ・・・。


 

 俺はエリーゼの体を抱きしめながら、この奇跡の様な出来事を未だに信じられずにいた。


 長い間、呪いの様にずっと縛り付けられていた、エリーゼに対する罪悪感から解き放たれた事も・・・エリーゼが俺を好きだと言ってくれた事も・・・。


 俺の腕の中にいるエリーゼをもっと実感したくて、より強く抱きしめた。

 この手に・・・体に・・・彼女の温もりが伝わる・・・。

 異常な速さで高鳴る鼓動も・・・。

 

 ずっと恋焦がれてきた・・・。

 それがついに報われた・・・。

 ありがとう、エリーゼ・・・俺を好きになってくれて・・・。


「あ・・・」


「!?どうした!?」


 腕の中からエリーゼの声が聞こえ、抱きしめていた手を離し、彼女の肩を掴んで顔を覗き込んだ。

 強く抱きしめすぎて痛かったのかもしれないと心配になった。・・・が、様子を見る限り、痛がっていた訳では無い様だ。


 エリーゼは慌てる俺を見て、クスクスッといたずらっぽく笑うと、自分の左手を俺の目の前にかざした。


「ねえルーカス。この傷はね、私がルーカスを守った証なの。だから、これを見てルーカスが傷付く必要なんて無いんだからね」


 エリーゼはキラキラと瞳を光らせながら、誇らしげに自分の左手の傷を見つめている。


 それにつられて、俺もジッとその傷を見つめた。

 こんなに間近で見るのは、小指を失ったと知った日以来だ。


 あんなにも見ることが辛かったその傷を、今は穏やかな気持ちで見る事が出来ている。


 エリーゼはまた俺の心を救ってくれた・・・。

 本当に、彼女には敵わないな・・・。


「そうだな。この傷も、エリーゼの体の一部として愛せるよ。」


 俺はそう言うと、エリーゼの左手を取り、その傷にソッと触れるようにキスを落とした。


 顔を上げると、目の前のエリーゼは真っ赤に顔を染め、目をまん丸くして固まっていた。


 ああ・・・可愛いな・・・本当に・・・。


 俺は動く気配のないエリーゼの顔にそっと近づき、その唇に自分の唇を重ねた。

 唇が触れた瞬間、ビクッとエリーゼの体が跳ねるのが分かった。ゆっくりと唇を離し、エリーゼの顔が分かるくらいに顔を離した。


 エリーゼは、顔から湯気が出る程の熱を発し、恥ずかしそうにしていたかと思うと、それを隠そうとするように少し拗ねた様にムスッとして、何か言いたげな顔で俺を見つめている。


 もう一度キスしたらさすがに怒るだろうか・・・。

 仕方ない。残念だが・・・今日はこれくらいにしとくか。


 俺が名残惜しそうにエリーゼから離れようとした、その時だった。


 突然ガシッと顔を掴まれたかと思うと、ギュッと固く目を閉じたエリーゼが目前に迫り、俺の唇に突撃する様に唇を重ねてきた。


 ゴチンッ!!


 ・・・と唇越しに思い切り歯が当たり、エリーゼは俺から顔を離し、両手で口元を押さえて痛そうにもだえている。

 恥ずかしさからか、痛みからかは分からないが、エリーゼの瞳には涙が滲んでいた。


 当然、突撃された俺の唇もジンジンと痛む。だがその痛みすら、これが夢ではないという事を証明し、嬉しく思え感動していた。


 ああ・・・もう・・・その不器用な所も可愛くてたまらない・・・恥ずかしがる姿も愛しくてたまらない・・・。

 もっとエリーゼに近付きたい・・・体も・・・心も・・・。


 俺は再びエリーゼを抱き寄せ、額をコツンと合わせた。

 そして視線を落とし、彼女の唇の状態を確認する。出血はしていないが、ぶつかった上唇が少し赤くなっていた。


 俺はその唇を消毒する様に、ペロッと舌先で舐めた。

 先程触れた時も思ったが、その唇は驚くほど柔らかく、ほんのりと甘い。もっと味わいたい・・・。


 エリーゼはピシッと石化するかの様に固まっていたが、直ぐに何か言おうとして口を開いた。それを狙って、今度はその唇を奪う様に口付けた。

 

 先程の触れるだけのキスとは違い、深く、その先を探り味わう様に舌を這わせていく。

 行き場を失っていたエリーゼの手が、俺の胸元の服を掴んだ。しっかりと掴んで離そうとしないその手は、僅かに震えていた。

 貪るような口付けをする俺に、必死に応えようとしてくれるその姿に、堪らない気持ちになる。

 時々、エリーゼの口から漏れる色っぽい吐息が、更に俺の欲情を掻き立てる。


 今すぐエリーゼの全てを奪ってしまいたい・・・。このまま・・・。


 長年耐え続けた、俺の擦り切れた理性が限界を迎えようとしていた。


 バァン!!!


「ちょっと失礼するわよー」


「!!!?ひぁい!!!」


 突然、扉が勢いよく開き、驚きの声を上げたエリーゼに俺は思い切り突き飛ばされた。

 完全に油断していたせいで受身をとる事も出来ず壁に激突し、強打した頭がズキズキと痛む。


 ズカズカと部屋に入ってきたユーリを許すまじと、俺は怒りの形相でギロッと睨んだ。


「・・・おい・・・ノックをしろ・・・」


「あら、いつもうちの旦那にノックはいらないって言ってたのは誰だったかしら?」


「あー・・・。ルーカス・・・申し訳ない・・・」


 全く悪びれる様子のないユーリの後ろから、様子を伺うように恐る恐るダンが入ってきた。


「え・・・?もしかして、ユーリの旦那さんってダンさんだったの!?」


 驚くエリーゼに、ダンは引き攣った笑いを浮かべている。


「はっはははは・・・。先程は申し訳ありません。色々ビックリして言う機会を失ってしまって・・・はは・・」


 なんだ、エリーゼはこの2人の関係を知らなかったのか。

 さっき3人で何の話をしていたかは気になるが・・・。

 で、こいつらは一体なんでこの部屋に入ってきたんだ。


 俺は起き上がり、エリーゼの傍へ歩み寄った。エリーゼは突き飛ばした事を気にしてか、申し訳なさそうに俺の顔を見ている。

 安心させるために笑顔を向けると、エリーゼもホッとした様に笑った。


 俺達が恋人のように見つめ合う姿を見て、ユーリは呆れるように深いため息をついた。


「はぁ・・・あんた達やっっっとくっついたのね。てっきりこのままじーさんばーさんになるかと思ってたわよ。ほんと、私に感謝してほしいわね」


 ・・・これは感謝するべきなのか・・・?

 確かに、結果的にはエリーゼと両想いになれた訳だが・・・

 物凄い遠回りをさせられた気がしなくもない。


「ユーリ・・・あんたねぇ・・・惚れ薬なんて、最初から存在しなかったんでしょ?」


「あら、当たり前じゃないの。やっと気付いたの?」


 しれっと言うユーリを、エリーゼは悔しそうに睨んでいる。

 その姿は肉食動物に小動物が噛み付こうとしている様に見える。

 可愛い。エリーゼが可愛い。


 それはさておき、確かに俺も最初は惚れ薬の存在など信じてなかった・・・が・・・。

 完全に冷静さを失っていたな・・・。

 悔しいが、最初からユーリの手のひらで踊らされてたという訳か・・・。


「どうせルーカスから手紙をもらったっていうのも嘘なんでしょ?」


「・・・なんだと・・・?」


 ユーリが俺から手紙をもらっただと・・・?

 そもそも、ユーリがなんで手紙の事を知っていたんだ・・・?


 疑問に思う俺の頭の中に、ある仮説が浮かんできた。


「ユーリ・・・どういうことだ・・・?まさか・・・」


「あら?なんのことかしら?」


 ユーリを問い詰めようと歩み寄る俺の前に、素早くダンが割り込んできた。


「ル、ルーカス!まさか人様の手紙を盗むなんて、そ、そんな事をユーリがするハズなななないじゃないか!」


「ダン・・・お前・・・何か知ってるな・・・?」


 さっきエリーゼが手紙の事を口にした時、コイツが1番顔色を変えていたのを俺は見逃さなかった。

 俺は何も言ってないのに「盗む」と墓穴を掘る様な発言も聞き逃していない。


「へ!!?いいいいや、僕は何も・・・」

 

 あからさまに動揺するダンを見て、俺の中の仮説が確信へと変わっていく。

 俺とエリーゼの関係を歪ませた張本人が・・・こんなに近くにいたとはな・・・。


「待ってルーカス。いくらユーリでも、さすがにそんな事するはず無いわ」


 フツフツと湧き上がる怒りは、エリーゼの言葉で少し落ち着きを取り戻す。

 だが、ここでどうにか白黒はっきりさせておかないと、俺の気が収まらない。

 人様の大事な手紙を盗んだ奴を、このまま野放しにしておく訳にはいかない。


 俺は積年の恨みを込め、ユーリを睨みつけようとした時、エリーゼがなだめるように口を開いた。


「きっとユーリは悪くないわ。だってルーカスが言ってたじゃない。手紙が届かない事はよくあることだって」


「「「・・・・・・・・・」」」


 エリーゼの言葉に、俺達は口をつぐみ、黙り込んだ。


 長い沈黙の後、俺は真顔で口を開いた。


「・・・・・・・・・そうだな。よくあることだな」


「ええ・・・よくあるわね」


「ああ、エリーゼ嬢の言う通り・・・よくあることだ」


「そうなのね・・・やっぱり大事な事は面と向かって伝えないとダメね!」


 エリーゼはうんうんと納得するように頷いている。


 そうだな・・・手紙のことはもういいだろう。

 結果的に、こうしてエリーゼと両想いになることが出来たのだから・・・。

 今はこの幸せを素直に噛み締めるとしよう。


「あら、エリーゼ、手袋はもういいのかしら?」


 ユーリは手袋をしていないエリーゼの左手を不思議そうに見ている。


「ええ。もう私には必要ないから・・・。あの日の出来事は、私とルーカスが守りあった武勇伝として、子供達にも伝えていくわ」


「ああ、そうだな・・・」


 俺達の子供達、さらにその孫達にも・・・。


 ・・・・・・なん・・・だと・・・!?


「エリーゼ・・・それはつまり・・・俺と・・・」


「ええ・・・ルーカス・・・結婚・・・しましょう!」


「エリーゼ!!!」


 恥じらいながら上目遣いで結婚を承諾したエリーゼを、俺は思い切り抱き締めた。


 俺は夢でも見てるのだろうか・・・。いや、もう夢でもなんでもいい!!


「そうと決まればエリーゼ!すぐに結婚しよう!!いや、明日だ・・・明日、結婚式を挙げよう!!」


 意気揚々に息巻く俺に、エリーゼは照れながらも、幸せそうに笑った。


「あはは!ルーカス・・・もうそんなに急ぐ必要は無いわ。惚れ薬の事があったから、急いで結婚しようとしたんでしょ?私は逃げないから・・・2人でゆっくり今後の事を話し合いましょ」


 ああ、そうだな・・・・・・と言いたいところだが、残念ながらそういう訳にはいかない。


「いや、エリーゼ・・・明日、結婚式をあげよう」


「もー・・・だから、急ぐ必要はないんだってば。ほんと、せっかちなんだから!」


「いえ・・・エリーゼ嬢・・・大変言いづらいのですが・・・。明日、必ず結婚式を挙げないといけません」


「え?」


 声のトーンが下がりきったダンの言葉に、エリーゼは笑顔を一転させキョトンとしている。


 ああ・・・もう一個、エリーゼに謝らないといけない事があったな・・・。


 ダンはそのままの声のトーンで話を続けた。


「もう結婚式のために必要な手続きは全て済ませています。エリーゼ嬢の代わりにエリーゼ嬢の母上に同意のサインもいただき、皇室も承認しました。教会も神父ももう全て手配済みです」


「・・・は?」


「ですから・・・明日、結婚式を挙げないといけないのです。もう、やり直しなど出来ません。つまり・・・明日が、おふたりが結婚出来る最初で最後のチャンスなのです・・・」


「・・・・・・」


 エリーゼはそのまま硬直し、動かなくなった。


 すまない。エリーゼ・・・

 俺は君の事になると、いつもやり方を間違えてしまう・・・。

 どうか・・・許してもらえるだろうか・・・?

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