第38話18:惚れ薬の真相

 ルーカスの言葉の意味が理解出来ず、しばらく沈黙が続いた。


 ・・・私、いま告白したよね・・・?

 で?惚れ薬の効果が切れてなかったですって?

 惚れ薬を飲んだのはルーカスの方でしょ・・・?

 それがなんで私に惚れ薬の効果が残ってるみたいな言い方するの?


 抱きしめられていたルーカスの手から解放され、私はジッとルーカスの顔を見るが、なにやら複雑そうな表情をしている。


 ・・・まさか・・・?


「・・・ルーカス・・・もしかして・・・私に惚れ薬を飲ませたの?」


「・・・いや?なぜそんな事をする必要がある?俺は最初からエリーゼの事が好きなのに・・・」


 ええ、惚れ薬を飲んで私を好きになってるもんね・・・。そんな必要ないわね。


 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・ん?

 いやいや、今のルーカスの話おかしくない?

 ルーカスが最初から私の事好きなら、やっぱり惚れ薬を飲むんじゃなくて飲ませる側のはずでしょ?


 ・・・・・・って・・・あれ・・・?

 最初から私の事が・・・好き・・・?


「ルーカス、ユーリの事が好きだったんじゃないの?」


 私の問いかけに、ルーカスは目が点になり固まった。


「・・・・・・は?違う!俺が好きなのはエリーゼ!君だ!!」


 再び放たれたルーカスの告白に、ドキッと心臓が高鳴った。

 ま・・・待って待って・・・ちょっと落ち着こうか・・・。


「えっと・・・だって村を出る時にユーリに手紙を送ったんでしょ?」


「なっ・・・!?」


 ルーカスは信じられない様な表情を浮かべると、私にグイッと顔を近づけ、無実を訴えるかのように切迫した様子で口を開いた。


「なんでそんな事になってるんだ!?俺が手紙を渡したかった相手はエリーゼだ!俺が村を出て首都へ行ったのも、全部エリーゼのためだったんだ・・・。エリーゼが首都で暮らしたいと言っていたから・・・」


 え・・・?あ・・・。

 確かに、ルーカスの前で言ったことがある。

 私が首都で暮らしたいって言ってたら、ユーリに首都の貴族と結婚しないといけないって言われて・・・。


 深く考えずに言ったあの言葉を、ルーカスはずっと覚えてたんだ・・・。


「いつか貴族としての地位を確立したら、エリーゼを迎えに行く・・・そう手紙に書き綴っていた。それをエリーゼの家のポストに入れた・・・。それが何故無くなってしまったのかは分からない・・・。だが、大事な事は直接本人に伝えるべきだったんだ・・・」


 ・・・ってことは・・・ルーカスはあの日、本当は私を迎えに来てくれてたの・・・?

 私が待っていると思って・・・?


 だけど私は何も知らなかった。だからあんな態度を取って・・・。

 ルーカスもあの時に私が小指を失った事を知ってショックを受けて・・・本当に、私達はお互いを守るどころか、傷付け合っていたのね・・・。


「俺はいつもやり方を間違えてしまうんだ・・・今回の事に関してもだ・・・。もう知っていると思うが、あの惚れ薬は俺が用意して送った物だ・・・。ユーリが手に入れたという惚れ薬を使って・・・」


「うん・・・」


 それは知ってる・・・けど、ルーカスが最初から私を好きだったとしたら、惚れ薬を飲む意味は無い。

 私の推理は最初から間違ってたってこと?


 なんだか、だんだん自分の事が信じられなくなってきたわ・・・。


「それで偶然を装ってエリーゼの前で飲んだんだ」


 ・・・・・・。


「いや待って。なんでそこで飲むの?」


「え・・・?だから、エリーゼに好きになって欲しくて・・・」


 いや、だから・・・それでなんで飲むの?好きになって欲しいなら普通は飲ませる・・・ん?


「ルーカス・・・あなた惚れ薬の使い方って知ってる?」


「ああ。ユーリから教えて貰ったからな。惚れ薬を飲んで3秒目を合わせた相手が飲んだ奴の事を好きになるんだろ?」


 んん・・・?何その使い方・・・。


「もしかして知らなかったのか・・・?ユーリはエリーゼも惚れ薬の使い方は知ってると言ってたんだが・・・」


 いや、知ってるけど・・・私の中で惚れ薬は、飲んだ人が最初に目を合わせた相手を好きになるって・・・。


 ・・・・・・。

 ・・・あ・・・ああ・・・あああああああああ!!!

 ユーリの奴!!!やりやがったわね!!!!

 私の知ってる使い方と逆の方法をルーカスに教えたって事!?

 なんで今まで気付かなかったの!!?


「でも安心してくれ・・・個人差はあるらしいが、もうすぐこの惚れ薬の効果は切れるはずなんだ」


 ・・・えっと・・・つまり・・・?


 ルーカスは今、私が惚れ薬の効果でルーカスの事を好きになってると思ってるってこと?だからさっきの私の告白は、惚れ薬によるものと思って私の本心だと信じていない・・・私がルーカスの告白を信じなかった様に・・・。


 というか・・・そもそも、惚れ薬は本物だったのかも怪しい。


「ねえ、ルーカスは惚れ薬を飲んで何か変わった事は無かったの?」


「・・・?いや、俺の方は特に何も変わった事はない。変わったのはエリーゼの方だろ・・・?」


 ・・・そう・・・そういうこと・・・。

 つまり・・・惚れ薬はってことね。


「はあぁぁぁ・・・」


 私は大きく溜め息をついて頭を抱えた。

 

 そうね・・・確かに好きな相手に3秒も見つめられたら顔も赤くなるわよ。それを見たルーカスが、惚れ薬の効果で私がルーカスを好きになったと勘違いしたわけね・・・。


 ユーリ・・・上手いこと考えたわね・・・!

 何の効果も無い偽物にここまで振り回されるなんて!!


「本当にすまない・・・エリーゼに嫌われても仕方がないと思ってる。だけど俺は・・・ずっとエリーゼの事が好きだったんだ・・・初めて会ったその日から・・・その気持ちに嘘偽りは無い。それだけはどうか信じて欲しい」


 ルーカスは目線を落とし、何度目か分からない謝罪の言葉を口にした。


 惚れ薬は偽物だった・・・。つまり、ルーカスが私に言ってくれた言葉や、私への態度は惚れ薬によるものじゃなくて、ルーカス自身の言葉だった・・・ってこと?


 「好きだ」と言ってくれた告白も・・・胃がもたれそうな甘い言葉も・・・愛しそうに見つめてくるあの熱い視線も・・・。


 その事に気付くと同時に、じわりじわりと私の心をくすぐるように実感が沸いてきて、ぶわっと体の温度が急上昇した。脳内も沸騰しそうだ。だって・・・


 つつつつつつまり・・・私達はとっくに最初から両想いだったってこと・・・!!!?


 私はチラッとルーカスに視線を送る。・・・が、今日のお昼まではあんなに自信満々に愛を伝えてくれていたルーカスだったけど、今は自信のかけらも無く諦めにも似た境地のよう。


 まあ・・・そうよね。よく考えたらそうなるよね・・・。

 惚れ薬を使って相手の気持ちを自分に向けさせようとするなんて・・・そしてそれを本当に実行してしまうなんて・・・。


 そりゃぁ、私に嫌われたって思うでしょうね・・・。

 だって・・・使う・・・?普通使わないでしょ・・・?


「ふっ・・・ふふ・・・!」


「・・・エリーゼ・・・?」


 突然吹き出した私を見て、ルーカスは困惑した様子で目をパチパチさせている。


 いや、だって・・・もうおかしすぎるでしょ・・・。


 王子様の様に完璧だと思ってた好きな人が、まさか惚れ薬なんかに頼るなんて・・・ズルすぎるでしょ・・・?

 そんな物語なんて読んだことないわ。

 全然ロマンチックなんかじゃないし・・・。


 なんて・・・なんてかっこ悪いのよ!私の王子様は!


 ・・・だめだ、もう笑いが止まらない・・・。

 だって・・・それってつまり、そういう事でしょ・・・?


 嬉しさと可笑しさで耐えきれなくなった私は、お腹を抱えて思いっきり笑いだした。


「あっははははは!!まさか本当に惚れ薬を使っちゃうなんて・・・ルーカス、あなた本当に私の事が大好きなのね!」


「あ・・・ああ!俺はエリーゼの事が大好きなんだ・・・!」


 ルーカスは笑い続ける私に、なおも真剣な顔で告白した。

 信じるわよ・・・。だってこんなの信じるしかないじゃない。


 だったら私も伝えないとね・・・。

 今度こそ・・・ちゃんと伝わるように。


「私も・・・ルーカスの事が好きよ。惚れ薬を使うよりも、もうずっと前から、ルーカスの事が大好きだった・・・。だから、私達に惚れ薬なんて必要無かったの・・・。というか、最初から惚れ薬なんて存在しなかったみたいだけどね」


「・・・え?どういう事だ・・・?惚れ薬が・・・存在しなかった・・・?まさか・・・」


 どうやらルーカスも気付いた様で、ハッとすると、私を見つめる瞳が見開いていく。

 先程までの絶望的な表情は消え失せ、少しずつ期待するような眼差しに変わっていく。


「じゃ・・・じゃあ・・・エリーゼは本当に俺の事が好きなのか?惚れ薬の効果とかじゃなくて・・・?」


「ええ、私もずっと前から・・・ううん。多分私も出会った時から・・・ルーカスの事がずっと好きだったの」


 あんなにも言えなかった言葉が、今は何の取っ掛りもなく口にすることが出来た。

 でもまだやっぱり恥ずかしさもあって、私は少し照れる様に笑って見せた。


「エリーゼ・・・!!」 


 ルーカスは再び私を思い切り引き寄せて抱きしめた。


「俺も・・・好きだ・・・エリーゼ・・・」

 

 あんなにも信じられなかったその言葉も、今は素直に信じることが出来る。


 ああ・・・幸せだな・・・。


 彼に抱きしめられる心地良さを・・・好きだと真っ直ぐ伝えてくれる彼の言葉を・・・。

 

 素直に信じて喜べることが、ただ嬉しくて、涙が出た。


 ねえ・・・きっとルーカスも、私と同じよね・・・?

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