第36話16.5:優しい嘘つき
気付くと、私は見覚えのある部屋の中に立っていた。
私の目の前には6人の子供達がテーブルを囲って座っている。子供達の目の前には工作用の粘土。そのテーブルの真ん中には真っ赤な林檎が置かれている。
ここは私も同じ村に住む幼い子供達が集まり、勉強を教わっていた部屋だ。
子供達の中には幼い姿をした私もいる。そしてその隣にはルーカスが座っている。
思い出した・・・この日は確か、粘土で林檎の形を作る授業をしていたんだ。
私は2人のすぐ側まで近寄ってみるが、なんの反応もない。どうやら私の姿は誰にも見えていないようだ。
「出来た!!」
幼い私はそう叫び、満足そうに自分が作った作品を眺めている。
私はその作品を見て、思わずギョッとした。
作っていたのは林檎・・・のはず・・・。だけどそこにはグチャグチャのドロドロになった粘土の塊しかない。どう見ても何も出来上がっていない。あえて言うなら、毒林檎が腐ってドロドロになった様だ・・・。粘土でこのおぞましさを演出するのはある意味才能だと思う。我ながら・・・。
だけどおかしい・・・あの時は確かに完璧なリンゴを作ったと思ってたんだけど・・・。
・・・
「・・・ああ、出来たな」
隣のルーカスは表情一つ変えず、私の見るに堪えない作品を見つめている。
・・・いや、出来てないよね?
さすがにこれは無いよって言ってあげて・・・!
そういうルーカスの作った作品を見てみると、まるでお手本のように美しい林檎を作り上げていた。
いや、上手すぎじゃない?・・・あれ?ルーカスってこんなに手先が器用だったっけ・・・?
私の記憶では、工作はルーカスも苦手だったはず・・・。
だってこの日のルーカスの作品は、もっと酷い出来だったのだから・・・。
やっぱりこれは何の意味も無い、ただの夢か・・・。そう思った時だった。ルーカスが突然自分の作品を両手でグチャッと押し潰したのだ。
「え・・・!?」
思わず声を出してしまったが、やはり私の声は誰にも聞こえていない。
ルーカスが粘土から手を離すと、あんなに完成度の高かった林檎は、今ので原型を留めないほどペチャンコになってしまっていた。
「俺も出来た」
そう言うと、ルーカスはペチャンコになった自分の作品を見て満足そうに頷いた。
・・・いや、出来てないよ・・・?
さっきまでは確かに出来てたけど、明らかに自分で潰したよね・・・?
なんで?本当は器用なくせに、なんでわざとそんな不器用なふりをするの・・・?
改めてルーカスの様子を見てみると、どうやら私の作品と自分の作品を見比べているようだった。
・・・もしかして、ルーカスは私の下手な作品が目立たない様に、自分の作品をあえて下手に見せようとしていたの?
ルーカスの行動の真意に気付き、思わず感動する私だったが、この後幼い私がとんでもない事を言い出すのを思い出して青ざめた。
「うわぁ・・・ルーカス何それ?あなたってすごい不器用なのね・・・」
・・・いやいやいや!!お前が言うなよ!!いや、私なんだけども!!どう見てもそっちの方が酷いから!!!
自分の理不尽な発言に、全力でツッコミを入れながらも恥ずかしさがこみ上げる。
私が自分の発言に悶々とする中、ルーカスはフッと笑った。
「・・・ああ、すごい不器用なんだ」
穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、優しい瞳を幼い私に向けている。
・・・嘘つき。
彼は本当に嘘つきだ。
だけど私の胸はジーンと熱くなり、なんだかくすぐったかった。
彼の優しい嘘は、私が傷つかない様にするためだと分かったから。
「そっかぁ・・・あ!!手が滑ったあああ!!」
グチャグチャ!!!
幼い私はそう叫ぶと、既にグチャグチャだった作品を更にグッチャグッチャにこねくり廻し出した。
・・・そう・・・この時の私もルーカスと同じ考えだった。
ルーカスの下手な作品を目立たせないため、自分の作品を下手に見せようとしていたのだ。
そんな必要無かったのに!!もう既に芸術的に下手くそだったよ!!
「ああ、俺も手が勝手に・・・」
私の行動を見たルーカスも、自分の作品をさらにグチャグチャと押し潰していく。
唐突に自分の作品を壊し始めた2人を、周りの子供達は引き気味に見ている。
その後も、同じようなやり取りを繰り返した結果、2人の作品は粘土の破片が散らばった、もはやゴミとしか言えない作品が出来上がった。
それを見た先生は、ピクピクと片目を
「・・・これは何だい・・・?林檎を爆発させたとでも言うのかい?その想像力だけは褒めてあげよう」
明らかに不快さに顔を歪ませる先生をなんとかしようと、幼い私はビシッと手を挙げて反論した。
「先生!芸術は爆発だ!て言ってませんでしたか!?」
「・・・いや、良い言葉だと思うけど、僕は言ってない」
呆れた口調で返す先生に、今度はルーカスが表情を変えずに話し出した。
「先生、俺達はこの林檎の未来の姿を作りました。人の口の中に入れられ、
「うん・・・僕は君のことが嫌いだな」
「先生、相手するだけ無駄だから」
最後は呆れたユーリが宥め、その場は収まった。
そういえば、こんなやりとりを日常茶飯でやっていたっけ・・・。
この時の私は、ルーカス達が何を言ってるのかよく分かっていなかった。
今思えば、ルーカスは私が傷つかない様に、いつも気を利かせてくれていたのかもしれない。
幼い私は自分とルーカスの作品を見比べるように見つめている。
まるでお揃いみたいな2人の作品に、幼い私は満足そうに目を細めた。
ルーカスはそんな私の姿に気付くと、とても愛おしそうに私を見つめていた。
私はそんな2人の姿を、懐かしく思いながらしばらく見つめていた。
これは遠い昔の記憶だ。
あの頃の2人は、お互いが傷つかない様に色んな嘘をついていた。
2人は優しい嘘つきだった。
それはきっと今でも・・・
その時、突然その光景がグニャリと歪み、全く違う場面へと切り替わった。
平らだった道が斜面になり、平衡感覚を失ってフラッとよろけたが、なんとかバランスを取って耐えた。
見上げれば青空が広がり、周辺には手入れがされてないような木々が生い茂っている。
やはり見覚えのあるその光景に、左手の傷がズキッと痛んだ。
その時、「グルルルルッ」と獣が唸る様な音がした。
行ってはいけない気がする・・・だけど・・・行かないと・・・。
私は緊張しながら、慎重に音が聞こえた方向へと進んでいく。
その先で見たのは・・・。
左手から血を流して倒れている私、少し離れた場所でうつ伏せになり体を起こそうとしているルーカス、そして2人に向けて唸り声を上げて構えている狼。
再び左手の傷がズキンッと強く痛み、右手でその手を強く握った。
これは・・・間違いない。
私が小指を失った、あの日の記憶だ。
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