第35話16:彼女を守りたい(ルーカスside)

 俺は剣を構えたまま、後ろにいるエリーゼの姿を確認した。

 先程までなんとか意識を保っていた様だが、今はスヤスヤと穏やかな表情で眠っている。恐らく何らかの薬品を嗅がされたのだろう・・・今のところ体に害は無さそうだ。

 ・・・だが、彼女が掴まれていた腕には痛々しい痣がくっきりと残っている。


 くそっ・・・!もっと早く見つけられていれば・・・!


 彼女を追いかけて執務室を飛び出した俺は、大通りへ向かい、人混みを掻き分けながらエリーゼの姿を探したが見つけることは出来なかった。

 ただ、覚えのある香水の香りに、不吉な予感がした俺はその残り香を頼りにこの場所へと辿り着いた。

 あと少し遅ければエリーゼは・・・。


 その先を一瞬でも想像してしまった俺は、怒りで血管が焼き切れそうになった。エリーゼをこんな目に遭わせた連中の首を1人残さず跳ね飛ばしてやりたい・・・そんな衝動に駆られ、剣を握る手に力が入った。

 だが・・・眠っているとはいえ、エリーゼの前で人を殺める訳にはいかない。

 その思いだけが、ギリギリの所で俺の人としての理性を保たせていた。


「お前・・・もしかして、赤い閃光か・・・!?」


 スカーレットの隣にいる男の1人が、目を見開き震える手で俺を指さしている。

 ・・・誰が言い出したかは知らんが、そんな風に呼ばれてる事は知っていた。・・・はっきり言って余計なお世話だ。

 『せっかち男爵』やら『赤い閃光』やら、なんでそんな呼び名をいちいち付けたがるのか意味がわからない。


 俺は不快な呼び名を思い出させた男に狙いを定めると、即座に地を蹴り男のふところに入り込んだ。

 男は突然目の前に現れた俺を見て、呆気あっけに取られたまま口を開いた。


「あかグフゥッッ!!!」


 懲りずにその名を口にしようとした男の顎下あごしたを剣のつかで下から殴り上げた。

 男の体が上方へと大きく跳ね飛ばされ、先にあるゴミ溜りに落下する。直後にもう1人の男が俺目掛けてナイフを3本連投してきた。避ける事も容易いが、後ろにエリーゼがいる以上、その選択肢はない。

 俺は投げられたナイフを全て剣で叩き落とし、男を睨み付ける。そんな俺を見て焦った男は懐から新たなナイフを取り出し、こちらに投げつけてきたが、俺はそのナイフを難なく剣で弾き返すと軌道を変えたナイフは男の腕に深く刺さった。


「うがあ!!」


 俺は呻き声を上げ、膝をついた男の頭上へと跳び上がり、兜割りの一撃をその頭に振り下ろした。


 ゴッッ!!!!


「がっっはぁ・・・!!」


 剣の刀身とうしんが男の頭を直撃し、男は白目を向いて倒れた。

 俺は今の一撃で刀身が曲がった剣をその場にポイッと投げ捨てる。

 この剣が今頃コイツの頭は真っ二つに割れていただろう・・・。


「くそがぁ!!」


 残りの2人が、短剣を手に俺に向かって斬りかかってくるが、足が遅すぎる。その間に俺は今回の元凶でもあるスカーレットの様子を確認する。真っ青な顔でゆっくりと後ずさりしながら逃げようとしているが、もちろん逃がす気は微塵も無い。

 ようやく俺の元へ辿り着いた男達の攻撃を瞬足しゅんそくで交わし、背後へ回り込み2人の後頭部を素手で同時に掴み取ると、目の前の壁へと勢い良く叩きつけた。


 ドガゴッッ!!


 叫び声を上げる間もなく手がダランと垂れ下がり、顔から血を流し気を失った2人を、俺はスカーレットに向けて投げつける。


「きゃああああ!!!?」


 背後から男二人分の重量を受け、スカーレットは派手に転び、男達の下敷きになる。それでもなんとか抜け出そうともがく女の元へと俺は歩み寄った。


「あ・・・あ・・・」


 なんとか上半身を抜け出し、顔を上げたスカーレットは俺の姿を見て恐怖に慄いている。

 女性を痛めつける趣味は無い・・・だが、この女はエリーゼを殺そうとした・・・。

 俺は顔の感覚が無くなるほどの怒りを滲ませ、スカーレットに手を伸ばした・・・が、新たに現れた人物の気配を察して、俺は手を止めてその人物を睨み付けるように顔を上げた。


 そこにはつい先程、会話を交わしたジルがいつもと変わらない笑顔で立っていた。


「いやあ、久々に見たなぁ。目にも止まらぬ速さで敵を次々と倒して行く姿・・・君のその真っ赤な髪と血塗られた剣が光の速さで移動する・・・まさしく赤い閃光だね。血飛沫ちしぶきが無かったのが少し物足りなかったけど」


 ・・・赤い閃光ってそういう由来だったのか・・・。まさかコイツが名付けたんじゃないだろうな。


「ジルバート様!!お助け下さいませ!!!ルーカス様が急に襲いかかってきて・・・!!」


 スカーレットは必死になってジルの足に縋り付くと、涙を流しながら助けを求めた。


「ああ、それは不運だったね・・・。彼は今ちょっと傷心中で気が立っていてね・・・」


 ジルは気の毒そうにそう言うと、スカーレットに同情の視線を送っている・・・ておい。余計なことを言うな。


「安心するといい。スカーレット嬢の事はこちらで保護しよう。ちょうど聞きたい事が色々あるから、皇室まで一緒に行きたいと思ってたんだ。」


 優しく微笑みながら淡々と話しをするジルに、スカーレットはあからさまに動揺しながら、掴んでいたジルの足から手を離した。


「あ・・・だ、大丈夫ですわ!!1人でも帰れますので・・・」


「そうか・・・一緒に来てくれないのか・・・残念だよ・・・。だけど、ここで僕が君を保護しなかったら、そこの殺人鬼みたいな男に何をされるか分からないよ?」


 ジルは俺の方をチラチラ見ながら、まるで他人事のようにそう言うと、スカーレットはビクビクしながら俺に視線を送ってきた。未だに媚びるようなその視線にイラついた俺はキツく睨み返すと、スカーレットは恐怖に顔を歪ませた。


「ひぃっ・・・ジルバート様!!ルーカス様を早く捕まえて拘束してくださいませ!!私はただの被害者ですわ!!」


 なおもまだ被害者ぶり、涙を流すスカーレットにジルも呆れた様に頭をかしげた。


「うーん・・・それはなかなか難しいなぁ・・・。スカーレット嬢・・・ルーカスはね、君の父上のせいで職を失った人達に新しい仕事の斡旋あっせんをしたり、君のせいで傷を負った令嬢達が高度な治療を受けられるように支援したりしているんだよ。だから、ルーカスに感謝する人間は数知れない。彼を助けるためなら喜んで嘘の証言をする人間も現れるだろう。君達親子みたいに、大金を積まなくともね。」


「そ・・・そんな・・・!!」


「あと、君の父上も今頃拘束されてるだろうし、あの屋敷に戻っても君の居場所はもう無いだろうね。君がキツく当たってた使用人達の仕返しでも受けに行くかい?」


「あ・・・?あ・・・ああああああ!!!!」


 スカーレットは耳障りな悲鳴とも言える叫び声を上げると、フッと事切れたかのように意識を失いその場に倒れた。


 ジルはしゃがみこみ、スカーレットが本当に意識を失っているかを確認している。


「あれぇ、もうおしまい?もっと楽しませてくれると思ってたのに・・・ガッカリだなぁ」


 心底残念そうにそう言うと、ジルは俺の方へ手を振りながら近寄ってきた。


「やあルーカス。私はてっきり君が怒り任せに死体を量産すると思ってたけど・・・あの剣はレプリカかい?」


 ジルの視線の先には、先程俺が投げ捨てた刀身の曲がった剣があった。


「ああ・・・。エリーゼが怪我をしないように、屋敷内で目につく場所に置いてある武器は全てレプリカに代えた」


「・・・え?エリーゼ嬢がいるとそんな危険なことが起きるの?」


「ああ」


 例えばエリーゼがふいに料理をしようとした時・・・食材を切れるものを探して、置かれている剣を手に取る可能性もある・・・。

 その先は恐ろしくて想像したくないが・・・とにかく彼女の目の届くところに本物の武器を置いておくのは危険だ。


 不思議そうな顔をするジルには目もくれず、俺はエリーゼの傍に歩み寄り、地面に横たわるその体をソッと抱き上げた。眠っているため力が抜けたエリーゼの体は気を抜くと俺の手からすり抜けてしまいそうだ。

 俺はエリーゼをしっかりと自分の体に引き寄せ、大事に抱き締めるように力を入れた。


「あ、そうそう。さっき言い忘れたけど、明日の結婚式、皇室の立会人は私が行かせてもらうよ」


 エリーゼを抱き抱えて歩き出した俺に向けて、ジルはそう言うとニヤッと笑った。

 結婚式を行うには、皇室の人間の立ち会いが必要になる。ジルはこう見えて第七皇子でもあるため、その資格がある。

 ・・・が、個人的にコイツは呼びたくなくて別の人間に頼んだハズだったが・・・情報が漏れたか。


「・・・好きにしろ」


 そうは言ったものの、結婚式の事など今は考える余裕はない。無事に挙げられるかも分からない・・・。


 だが、今はそんな事よりもエリーゼと話をする事の方が大事だ。

 エリーゼが俺の話を受け入れてくれるかは分からない。俺達の関係も、もう修復出来ないのだとしても・・・。


 彼女に伝えなければいけない言葉がある。


 俺はジルにこの場の後始末を頼むと、眠るエリーゼと共に俺の屋敷へと向かった。

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