第34話15:見覚えのある後ろ姿
執務室から飛び出した私は、屋敷の外へ出るために正門がある場所へと向かった。ちょうど馬車が慌ただしく出発しようとしていたので、馬車が正門を出るのと同時に私も走って外へ出た。
屋敷を出て少し歩いた先は大通りに繋がっていて、行き交う人々が一気に増えた。まるでお祭りの様な賑わいを見せるその光景に私は圧倒された。
さっきは馬車に乗って通りすぎただけだったから、そんなに気にしなかったけど人の多さに酔いそうになる。
目を回しかけている私の横をお洒落なドレスを着た令嬢達が通り過ぎたかと思えば、クスクスと嘲笑うように私の姿を見ていた。
それもそのはず、せっかく買って貰ったドレスは木の枝に引っかかり、大きなスリットが入った様に破れてしまい、他にもあちこち布が破けたり糸がほつれたりしている。
リボンで
あちこちで聴こえてくる笑い声が、まるで全て自分に向けられている様にも感じ、いたたまれない気持ちになった私は、
大きな建物の影になり、太陽の光が当たらないその場所は薄暗く不気味で、傷心の私を一層心細くさせた。
だけど人気の多い大通りを歩くよりは全然マシ・・・。私は真っ直ぐに続く道に沿って歩き続けた。
勢いに任せて飛び出してしまったけど、村に帰る方法なんて分からない・・・。
お金も持ってきて無いから馬車にも乗れないし、宿屋に泊まることも出来ない。
結局、この首都で頼れる人はルーカスとユーリしかいない。
・・・だけど今はあの二人と顔を合わせたくない。
これ以上、こんな私の惨めな姿を晒したくはない・・・。
なんてお似合いな2人だろうか・・・。
なんで私が一番ルーカスに近い存在なんて勝手に自惚れていたんだろう・・・?
2人は一体いつ頃から付き合っていたのだろうか・・・?
私がルーカスを好きだと知っていたユーリが気を遣って私に内緒にしていた・・・?・・・いや、まさか・・・あのユーリに限ってそれは無いはずだけど・・・。
もしかしたら私はずっと前から2人の邪魔をしていたのかな・・・?
私さえ居なければ、2人は6年前に結婚して、今頃幸せな家庭を築いていたのかもしれない。
私の瞳からはポロポロと涙が零れ始め、頬をつたって落ちた水滴が地面を濡らした。
「うっ・・・くっ・・・」
込み上げてくる
それにしても、先程から人と全くすれ違わない・・・。この先は何処へ繋がっているんだろうか・・・?
「・・・!?」
ふいに背後に誰かがいる様な気がして、とっさに後ろを振り返ったがそこには誰もいなかった。
いつの間にかだいぶ先まで歩いてしまったらしく、人の声も聞こえなくなっていた。
ただ真っ直ぐに伸びた道が怪しげな雰囲気を
「きゃっ!!?」
突然後ろから誰かに腕を掴まれたかと思うと、口元を被せるように布をあてられた。
鼻をツンと突く様な刺激臭と共に、激しい目眩に襲われてガクッと膝の力が抜けた。
もはや自分の力では立つことも出来ず、掴まれた腕で無理やり立たされる形になった。
痛っ・・・・!
強く掴まれた腕が
「フフッ・・・またお会いしましたわね・・・それにしても随分とまあ無様な姿ですこと!」
聞き覚えのある
掴まれた腕をグイッと引っ張られ、引きずられる様に悪役令嬢の目の前に突き出される。
ようやく確認出来たその顔は、令嬢としての
その両隣には顔を隠す様に
悪役令嬢はどこから取り出したのか、華やかな扇子で口元を隠し、クイッと顔を上げて見下ろすように視線を私に向けた。
「あなたみたいな人がルーカス様の婚約者だなんて未だに信じられませんわ。可哀想なルーカス様・・・きっとなにか深い事情があるのでしょうね・・・・あなた、勘違いなさらない方が良くってよ?」
薄っぺらい悲劇のヒロインの様に瞳に涙を滲ませたかと思うと、急に射抜くような鋭い視線で睨みつけられた。
悔しいけど、彼女の言う通りだった・・・。
私とルーカスの婚約も、全て惚れ薬によるものだったのだから・・・。
でもその効果が切れた今、その婚約者ごっこももうおしまいね・・・。
私は無理やり顔に力を入れて笑みを作り、
「ええ・・・彼の・・・婚約者は・・・ユーリ・・・よ・・・」
ユーリの事を知っているかは分からないけど、きっとユーリ程の美人なら納得して諦めてくれるんじゃないか・・・
と思ったのだけど、何故か悪役令嬢は「ヒッ」と渇いた悲鳴あげ、真っ青になって凍りついている。
「ユーリ・・・?あのユーリが・・・婚約者ですって・・・!!!?」
悪役令嬢は親指を噛み締めながら、涙目になりカタカタカタと肩を震わせて戦慄している。
・・・ユーリ・・・あなた一体彼女に何をしたの・・・?
程なくして、ピタリと肩の震えが止まり、フフっと笑うとフルフルと首を振って顔をあげた。
「いいえ、そんなハズはありませんわ・・・ルーカス様の婚約者はあなたですわ」
いや、なんでよ。
さっきあなたが勘違いするなって言ってたじゃん・・・。
そんなにユーリと関わりたくないの・・・?
完全に復活した悪役令嬢は扇子を閉じると、ビシッと私に扇子の先を突き付けた。そしてニヤリッと下品な笑みを大きく浮かべて息を吸い込んだ。
「だから邪魔なあなたにはここで消えてもらいますわ!!!」
その声を合図に、私の腕を掴んでいた手に力がこもり、顔を上げると短剣の切っ先が、今にも私目掛けて振り下ろされようとしていた。
思わず息を飲み、死という単語が頭を過ぎった。
私はここで死ぬのだろうか・・・。
むしろ死んでしまえば、こんな辛い気持ちから解放されるのかもしれない・・・。
・・・だけど・・・どうせここで死ぬのなら・・・せめてルーカスに一度だけでも・・・私の気持ちを伝えれば良かった・・・。
伝えるチャンスはいくらでもあったのに・・・。
意地になって・・・言い訳を並べて・・・私は何も伝えようとしなかった。
全部・・・私の自業自得だ・・・。
ああ・・・伝えたかったな・・・。
惚れ薬の効果だったとしても、ルーカスはあんなにも私の事を好きだと言ってくれたのに・・・。
私も好きって伝えれば良かった・・・。
そしたらきっと・・・ルーカスは満面の笑みを見せてくれたはずなのに・・・。
あんな悲しみに満ちた顔じゃなくて、最後にルーカスが幸せそうに笑う顔が見たかった・・・。
ギリッと短剣を握る男の手に力が入り、その手が振り下ろされる。
・・・会いたい・・・ルーカスに・・・伝えたい。
まだ、死にたくない・・・!!!
「・・・ルーカス!!!!!」
力を込めて動かそうとした体は全く動かなかったけれど、
その瞬間、突風が吹き抜けた気がして目を開けると、目の前をなにか赤い光が過ぎったように見えた。
その時だった。
キイィィィン!!
「ぐあぁっ!!?」
耳障りな金属音と、悲痛な叫びが同時に発せられ、私の腕を掴んでいた手の力が抜け、解放された私はよろけるように後ろへ倒れそうになる。・・・が、地面に着く前に体を優しく抱き止められた。
その手の感触には覚えがある・・・。肩にかかるその息遣いにも・・・。
今日、幾度となくそんな風に愛しく私に触れてくれた・・・私が愛してやまない・・・彼だ・・・。
私は顔を上げ、泣きそうな程心配そうに私の顔を覗き込んでいる彼に笑いかけた。
「ルーカス・・・」
その名前を呼んだ瞬間、感極まって再び涙が溢れた。
「大丈夫か?エリーゼ・・・すまない・・・遅くなった・・・」
悔しそうに顔を歪めるルーカスの額からは汗が流れ落ち、息遣いも少し荒い。もしかしたら今まで私を探し回ってくれていたのかもしれない。
「大丈夫だよ」と伝えたいけど、すっかり気持ちが緩んだ私の意識は朦朧とし始めていた。
それを察してか、ルーカスは私を抱き抱えて少し移動すると、床にソッと寝かせてくれた。
「エリーゼ、大丈夫だ。俺が守るから・・・。安心して眠るといい。」
ルーカスはそう言いながら、私の頭を撫で、優しく微笑みかけてくれた。
そして一呼吸して立ち上がると、私に背を向け手に持っている剣を構えた。
その瞬間、向かい側にいる令嬢の顔が、まるでこの世の終わりを見るかのように恐怖で歪み、両隣で刃物を手に構える男達もビクッと反応した。
その様子から、ルーカスが物凄い形相で相手を睨んでいる事が分かる。
後ろから見ても、ルーカスがなにかおぞましいオーラみたいなものを体に
ただ・・・なぜか、剣を構えるその後ろ姿に既視感を覚えた。
私は彼が騎士だった頃の姿を見たことが無い。もちろん、剣を手に構える姿も今回が初めてのはず・・・だけど・・・。
その姿を前にも見た気がする・・・いや・・・確かに見覚えがある。
私はその後ろ姿を知っている。
ルーカスと退治する男の姿がボヤけて獣のような姿に形を変える。
剣を構えるルーカスは、何故か背がグッと低くなったかと思うと、ナイフを握りしめてその獣と真正面から向き合っている。
その姿は、目の前の驚異から私を守ろうとしているようだった。
薄れゆく意識の中・・・だけどはっきりと思い出した。
あの時、ルーカスが私を守ってくれていた事を。
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