第33話3.8:君を迎えに来た(ルーカスside)
「ああ・・・ルーカスおかえり・・・なんとか終わったよぉ・・・」
俺の気配に気付いたダンはゆっくりと顔を上げた。
魂でも抜き取られたかのように生気を失ったその顔は、俺の姿を見てうっすらと笑みを浮かべた。
「じゃぁ・・・今日こそ僕は帰るから・・・」
ダンは椅子から立ち上がると、フラフラと体を振り子の様に揺らしながら俺の横を通り過ぎ、執務室を出ようとしている。
「待て。話がある」
俺の言葉に、ダンはその場でピタリと一時停止すると、そのまま俺の顔を見ること無く言葉だけを発した。
「・・・それ・・・今じゃないと駄目・・・?」
「ああ・・・最優先事項が発生した」
「・・・うへええええええぇぇ・・・?」
俺の言葉を聞いたダンは溶けるように床に流れ落ち、床と同化するかの
そしてピクピクと肩を痙攣させながら少しだけ顔を上げた。
「何・・・?なんかトラブルでもあったの・・・?」
「エリーゼに惚れ薬を使った」
長い沈黙の後、ダンは飛び起きてパチパチと瞬きしながら俺に顔を向けた。
「・・・・・・・・・は?まじ?惚れ薬を?」
どうやら今ので目は覚めたらしいな。あと24時間くらい余裕で働いてくれるだろう。
「ああ、惚れ薬のおかげでエリーゼは俺の事を好きになってくれた。」
惚れ薬の存在をコイツが信じるかは分からないが、事実なのだから仕方がない。
だが、ダンは惚れ薬に関しては何も疑問に思っていない様で、代わりに少し意味深に眉をひそめ、ブツブツと何かを呟き始めた。
「・・・・・・そうか・・・まあ、別に使わなくても・・・いや、いっか、結果オーライか・・・。おめでとうルーカス。・・・じゃあ俺は帰るから!」
「おい待て。最優先事項があると言っただろうが」
帰ろうとするダンを
「俺は今からいくつか行かなければならない所がある。お前への指示はここに書いてあるから任せたぞ」
俺は事前に準備しておいた、ダンへの指示書を机の中から取り出し手渡した。
ダンは、恐る恐るそれに目を移すと、目を白黒させながら食い入るように見始めた。
「・・・・・・え、ルーカス結婚すんの?・・・え・・・?しかも・・・え?え?これ・・・明後日・・・?」
「そうだ、明後日エリーゼと結婚する」
出来ることなら明日にでもしてしまいたいが、エリーゼが着るウエディングドレスの準備を考えると、明日ではさすがに間に合わない。・・・かと言って、さすがに適当な物で済ませる訳にはいかない。
ダンには結婚式の会場となる教会と、神父の手配、皇室への
あと、数日先まで見越した、事業に関する仕事もな・・・。
俺が書き記した指示書を手に、白目を向き始めたダンは、「ぬあ~~~~!!!」と頭を掻きむしりながら叫び、気を持ち直すように頭を押さえながら口を開いた。
「えっと・・・結婚式に関してなんだけど・・・もちろんエリーゼ嬢の承諾は得てるんだよね・・・?」
「ああ、何も問題ない」
承諾も得てないし問題は山積みだが、疑り深いコイツの前では少しも迷いを見せる訳にはいかない。
ダンはやはり疑り深い目でしばらく俺を見つめた後、観念したかのようにため息をついた。
「・・・はぁっ・・・分かったよ・・・。エリーゼ嬢と結婚するのはルーカスの念願だったもんな・・・。こっちの準備は任せろ」
「ああ、頼んだぞ。無事に結婚式が終わったら長期休暇をやろう」
長期休暇という言葉にダンの瞳がキラキラと輝き出した。
「よし、じゃあ僕は早速教会に行ってくるよ!!開いてるかなんて分からないし、多分閉まってるだろうけどなんとか侵入してくるよ!!」
活力を取り戻したダンは意気揚々に執務室を飛び出し、意気揚々に階段を飛び降り屋敷の外へと駆け出して行った。
・・・あいつ、全然元気じゃないか・・・。休暇前に結婚式の後始末も追加でお願いするとしよう。
それから俺もすぐに屋敷を出ると、エリーゼが着る予定のウエディングドレスと結婚指輪の準備をするため、令嬢の間で人気の衣料品店へと向かった。
明日、婚約者と一緒に店に来ることを伝え、軽く打ち合わせをして算段を立てた。
ウエディングドレスのことは照れ屋な彼女には言わないで、作るために必要な採寸をしてほしいと伝えた。少し不思議そうな顔をされたが、店主は何も聞かずに承諾してくれた。
次に俺は首都でも
首都で暮らす事になるエリーゼが寂しい思いをしない様に、俺達の思い出が詰まったあの大樹と大きな石を確保するため・・・。
これはかなり前から予定していた事で、運送経路も確保済みだ。そもそも俺があの森を買った理由は、エリーゼと結婚するこの時のためと言っても過言ではない。
あの大樹を大黒柱とした家を建て、そこでエリーゼと俺達の家族と一緒に暮らす・・・2人で過ごしたあの日々の思い出と共に・・・なんともエリーゼが好きそうなロマンチックな展開ではないか。
近くを流れている運河を利用すれば、人手は多くかかるが一晩もあれば首都まで持ち運ぶ事は可能だ。
これも事前に打ち合わせは済んでおり、最終確認を済ませた後、慌ただしく出発して行く大量の人員達を見送った。
再び屋敷に戻ると、執務室で丁寧に積み上げられている書類に目を通した。
ダンに今日一日分の俺の仕事を任せていたが、ダンは俺の筆跡を完全にコピーし、俺が書いたとしか思えない書類はその内容までも完璧に仕上げられていた。
昔は俺の『影』として裏で動いていたが、今思えば補佐として表で動いてくれる方がその能力を発揮出来る。
たまにこうして仕事を任せてエリーゼとの時間を増やす事にするか。
俺は机に座り、エリーゼの両親へ向けた結婚式への招待状を書いた。
『影』にそれを届ける指示を出し、俺は執務室の明かりを消して部屋を出た。
懐中時計を懐から取り出し、時間を確認すると間もなく日付が変わろうとしていた。
屋敷の扉を開け外へ出ると、雲ひとつ無い夜空の中で、存在を主張する様に輝きを放つ満月に照らされた。
屋敷の使用人達も皆寝ている中、静まり返った空間で「ホー、ホー」と
だが、まだ俺には行かなければならない場所がある。
再び、あの薬を手に入れるために・・・。
俺はユーリの屋敷に着くと、正面の閉ざされた門をよじ登って屋敷内へと侵入した。2階のユーリの部屋がある場所を特定し、その近くに生えている木を軽快に登ってバルコニーへと飛び降りた。
当然、部屋へ入るためのガラス張りの扉は施錠され、内側のカーテンは閉められていて中の様子は分からない。
俺は執拗にノックを繰り返し、そろそろ割って入ってしまおうかと思った時、カーテンが勢いよく開かれた。そこには寝巻き姿で物凄く不機嫌な顔をしたユーリが睨みを利かせながら立っていた。
ユーリは扉を開けると、貴婦人とは思えない態度で舌打ちし、ドスの利いた口調で俺に話しかけてきた。
「・・・何?夜這でもしにきたわけ?人の旦那を帰さないくせに?」
「違うに決まってるだろ。お前の旦那には俺とエリーゼが結婚するための準備に動いてもらっている。しばらくは帰らない」
「・・・え。アンタ達結婚すんの?・・・てことは・・・惚れ薬を飲んだの?」
「ああ、飲んだ。エリーゼは・・・俺の事が好きらしい。」
後半は思わず照れて熱くなった顔を手で覆い隠した。
先程まであからさまに不機嫌そうだったユーリは、ニヤりと笑みを浮かべ始め、面白がるように俺を見ている。
「ふふっ・・・上手くいったみたいね。で、何しに来たのよ?」
ユーリは長い髪をかきあげると、近くに置いてあった椅子に腰掛け、足を組んだ。
スカート状の寝巻きがめくり上がり、その太ももが露わになるが、その足には全く興味はない。
「惚れ薬の効果時間を聞きに来た」
「・・・ん・・・ああ。薬の効果時間・・・?んー・・・そうねぇ・・・だいたい10時間くらいってとこかしら?そこは個人差があるから断言はできないわよ」
10時間か・・・くそっ・・・!思ったよりも短いな・・・。
という事はエリーゼが朝、目を覚めた頃には俺の事はもう・・・。
俺はエリーゼに嫌われる事を想像して、
「惚れ薬はまだあるのか?明後日の結婚式まではなんとかエリーゼの気持ちを繋ぎ止めなければいけない」
「え、結婚式って明後日やるの?
そうね・・・・・・・・・・・ある・・・わよ」
なんだ今のやけに長い間は・・・。
ユーリはゆっくりと立ち上がると、部屋の扉の前でピタリと足を止めて振り返った。
「ちょっと待ってて。作ってくるから」
そう言い残し、火を灯したランプを手に持って部屋の外へと消えて行った。
・・・今、作ってくるって言わなかったか・・・?寝ぼけているのか・・・?
まあ、俺としてはあの惚れ薬さえ手に入ればそれでいいのだが・・・。
ユーリの言動に引っ掛かりを感じながらも、俺の頭の中はエリーゼとの結婚を無事に成立させる事で一杯だ。
そのためには、なるべく多くの惚れ薬が必要になるが・・・。
だから俺は戻ってきたユーリが惚れ薬を2個しか持っていなかった事に軽く絶望した。
ユーリの家から戻った俺は、出先から戻ってきたダンの報告を聞く途中で、運ばれてきた木材と石を屋敷の保管庫へと移動させた。
それを見て「えええええ!!!?」と叫び、何故か泡を吹いて倒れたダンを放置して、コールを呼び出し再びエリーゼの元へと駆け出した。
俺の懐に惚れ薬を2本
1本は今日、エリーゼと会う前に・・・2本目は出来れば結婚式当日まで取っておきたい・・・。
そのためにも、エリーゼには今日中に首都へ来てもらわなければいけない。
そんな事を考えていると、いつの間にかあの大樹と石があった森へとやって来ていた。
俺はエリーゼの家に行く前に、それがあった場所へ向かった。
堂々とそびえ立っていた大樹は大きな切り株となり、石があった場所はそこだけ不自然に草が生えておらず、土が露出している。
予め決めていた事ではあったが、実際にこうしてこの場所から無くなってしまうのは、なんとも寂しい気持ちになる・・・。
エリーゼは・・・なんと思うだろうか・・・。
その時、人の気配を感じて即座に木の影に隠れた。
そこに現れたのは俺の愛してやまないエリーゼだった。
「え・・・?なんで!!?」
大樹の切られた痕を見たエリーゼは声をあげ、切り株の表面を手でなぞっている。
今にも泣きそうになっているエリーゼを見て、息が詰まりそうになった。
大丈夫だエリーゼ・・・俺達の思い出は、ちゃんと残っているから・・・。
早く伝えなければ・・・早く・・・。
俺は懐から惚れ薬を取り出し、その蓋を開けた。
俺のやり方は間違えてる。そんなの最初から分かっている。
だけど、こんな物に
その願いと共に、瓶の中身を一気に飲み干した。
「エリーゼ・・・やはりここにいたのか」
俺はさりげなく声をかけながらエリーゼの前へ現れた。
エリーゼは、何故俺がここにいるのか分からないようで、不思議そうに俺をみつめている。
俺はその視線を逃さないように目を合わせる。
1・・・2・・・3・・・
ちょうど3秒のカウントを終えた時、エリーゼの顔は一瞬で真っ赤になった。
その姿を見て、泣きそうな程に込み上げてくる愛しさに震えながら、俺は6年前に伝えるはずだったセリフをエリーゼに告げた。
「君を迎えに来たよ。エリーゼ、俺と結婚しよう」
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