第32話 3.5:愛を証明したい(ルーカスside)

「ねえ・・・私の事・・・好き・・・?」


 エリーゼは息を切らしながら俺に切実に問いかけてくる。

 何故か全身ずぶ濡れになっているこのタイミングで、そんな質問をしてくるのかは分からないが・・・いずれにしろ、俺の答えは当然決まっている。


「ああ、俺はエリーゼが好きだ」


 俺が迷いなくそう答えると、エリーゼはグッと口を引き締め、俺に背を向けて先程と同じ様にバタバタと駆け出して行った。

 再びその姿を現した時、水桶には溢れんばかりの水が溜められ、バタバタとこちらへ走ってくるその勢いのまま俺の顔面目掛けて中の水が放たれた。

 為す術なく顔面に直撃した冷水の衝撃で、顔はビリビリと痺れ体の熱は急降下していく。


「ハァッハァッ・・・こ・・・これでも・・・!?」


 エリーゼは肩で息をしながら片膝をつくと、空になった水桶で体を支えながら勝ち誇った様な笑みを俺に向けている。


 ・・・・・・さっきから一体なんの作業なんだこれは・・・?

 もしや、エリーゼには水責めの趣味でもあるのか?

 だとしたら・・・俺は今、エリーゼに対する愛を試されているということか・・・。


 俺は片手で顔の水を拭うと、真剣な面持ちでエリーゼを見据えた。


「ああ・・・俺の気持ちは変わらない」


「・・・!!」


 エリーゼは泣きそうな表情を見せたかと思うと、悔しそうにギリッと歯をかみ締めて立ち上がり、再び水桶を持って駆け出して行った。


 それから俺は幾度となく顔面から冷水を浴びせられてはエリーゼへの変わらぬ愛を証明した。

 そんなやり取りを繰り返した末、エリーゼは俺の口に直接水を流し込み始めた。 


「ルーカス!!お願い!!元のルーカスに戻って!」


 俺の口の端から水が次々と溢れ出るのも構わず、エリーゼはひたすら水を注ぎ込んでいく。俺は溺れそうな程大量の水を飲み込みながらも、エリーゼの懇願する声を聞いていた。


 だが、その訴えには応えられない・・・。俺はもう、エリーゼを前に何も言えなくなる様な腑抜けた男には戻りたくない。

 こんな水責めなど、いくらでも耐えてみせる。


 俺は水を一頻りひとしき飲み終えると、エリーゼの両肩をガシッと掴み、顔を引き寄せた。


「はぁっはぁっ・・・エリーゼ・・・はぁっ・・・俺と結婚してくれ」

 

 エリーゼは涙目になりながら、困ったように俺を見つめている。真正面からエリーゼと向き合い、その姿を目の当たりにして俺は気付いた。

 俺に勢いよく水を浴びせていたせいで、エリーゼの着ている服もびしょびしょに濡れている。


「エリーゼ・・・こんなになるまで濡れてしまっていたのか・・・早く脱いだ方がいい」


「ぬ・・・濡れ・・・!!?脱ぐ!?濡れてないもん!!脱がないもん!!」


 熟したリンゴの様に真っ赤になって恥ずかしがるエリーゼは、声が裏返る程動揺し、両肩を抱えてフルフルと首を振っている。

 後ずさりし始めた彼女を逃がさないように、俺は一気に距離を詰めた。


 先程はよこしまな気持ちのまま迫って驚かせてしまったが、さすがにこれだけ冷水をかけられたらそんな気持ちも洗い流された。

 今はただ、エリーゼが風邪を引いてしまう事の方が問題だ。

 両親が不在な今、夜中に熱でも出してしまったら誰もエリーゼを看病してやれない。


「エリーゼ・・・ああ、こんなに滴る程に濡れてるじゃないか・・・早く何とかした方がいい。自分で出来ないなら、俺に任せてくれ・・・」


 俺はエリーゼの服を脱がせようと、エリーゼの胸元のボタンに手を伸ばした。


「な・・・何をする気よ!!?このド変態!!けだものおおおおおおおおお!!!」


 手の先がボタンに触れた瞬間、俺はエリーゼにとてつもない力で突き飛ばされて壁に激突した。立ち上がる間もなく引き摺られる様に家の外に放り出されると、勢いよく扉が閉ざされた。

 追い討ちをかけるようにガチャりと鍵がかけられる音がして、俺はエリーゼの家から閉め出された事を理解した。


 いつの間にかオレンジ色に染まった空の下で、虚しく吹いた風が水で湿った体をぎり、全身を寒気が襲った。

 濡れたエリーゼの事も心配だが、今の俺にはやらなければいけない事が山積みだ。

 俺は濡れた髪をかきあげながら起き上がり、村の人達に不思議そうに見られながら母親の住む実家へと向かった。


 実家に着いた俺は素早く着替えを済ませ、母親と軽く会話を交わした後に首都へ向けて出発した。

 近々、良い知らせを届けるから、2日程予定をあけておいてほしいと伝える事も忘れなかった。


 屋敷へ戻った俺は早速エリーゼとの結婚に向けて準備をするため執務室へと向かった。・・・と言っても、ある程度の算段はこの一週間で既に整えている。

 エリーゼの承諾は得られていないが、いつでも結婚出来るように動いておくべきだろう。


 俺が執務室の扉を開けると、そこには俺の代わりに今日分の仕事を片付けたであろうダンが、燃え尽きた様に机に伏せていた。

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