第22話14:この状況を説明してほしい(ダンside)

 エリーゼ嬢がとんでもない誤解をし始めたと思ったら、何故か怪奇現象のごとく次々と色んな物が落ち始めて、最後に半裸の女性がこんにちは。

 何これ。不思議なからくりスイッチでも誰か押したの?


 ・・・あ、ちなみに最後に出てきた女性、僕の妻です。


 いやあ、僕の妻が僕の仕える主人の寝室から半裸で出てくるなんて、不思議な事もあるもんだなぁ・・・ってなるか!!誰かこの状況を説明してくれ!!


 半裸の僕の妻ことユーリは夫の僕に目もくれず、傲慢な態度で玉座に座ったまま、ルーカスに軽蔑の眼差しを送っている。


「ルーカス、まずは私に謝りなさいよ。『影』なんか使って私を拉致監禁なんて・・・あんまりじゃない?せっかくあなたに協力してあげたってのに・・・」


 ・・・え、なにそれ。そんな事件起きてたの?


 あ・・・さっきの顔面に引っ掻き傷をつけられてた奴・・・あいつユーリを攫う時にあの傷を付けられたって訳か。

 無理もない、ユーリの爪は有事の際に備えて、いつでも反撃出来るように常に研ぎ澄まされている。

 おかげで僕の背中は傷だらけだが・・・。


 ・・・コホンっ・・・今はそんなこと考えてる場合じゃなかったな。

 

「何あんたニヤニヤしてんのよ。気持ち悪っ・・・ていうか、なんか老けた?白髪増えたんじゃない?」


 ようやく僕を見てくれたユーリが、なかなか棘のある言葉で僕を叩いてくるが問題ない。いつもの事だ。


 ちなみに僕はMではないよ。


「やはりお前の計画にのった俺が間違っていたな・・・」


 ルーカスは自分の椅子に腰掛け、頭を抱えて苦悩し始めた。

 そんな姿を見るのはあの時以来だ。

 エリーゼ嬢にプロポーズを拒絶され、絶望の淵に立たされたあの時・・・。


「あら?全部私のせいにするわけ?」


 ユーリは鋭く氷のように冷たい視線をルーカスに送っている。


「・・・・・・いや・・・俺のせいだ・・・」


「分かってんじゃない」


 ユーリは鼻で笑い、「よくできました」と言わんばかりに満面の笑みを見せた。

 その姿はまるで躾が成功したペットを褒めているように見える。


「それより、アンタこんな所で呑気にしててもいいの?エリーゼ行っちゃったわよ?」


「ああ・・・だが・・・。これ以上エリーゼに嫌われるのは・・・耐えられない・・・」


 手で顔を覆い、まるで死を目前に脅える様なルーカスの姿なんて、誰も想像出来ないだろう・・・。

 ルーカスにとっては、エリーゼ嬢に嫌われる事は死よりも恐ろしい事のようだ。


 ユーリはそんなルーカスを呆れた様に見つめ、ため息をついて足を組み直した。


「さっき街を歩いてた時、あの公女が人殺しそうな目で馬車に乗ってるのを見たんだけど・・・大丈夫?今日彼女と会ったんでしょ?なんかこの部屋、あの女の香水臭いし・・・」


 うん・・・多分僕が持ってるこのルーカスの上着が発生源だね。

 もうさっさと捨てとくべきだったな。

 臭いし、なんか色々落ちてくるし・・・。


「私の時みたいに、エリーゼに手を出すつもりじゃないの?」


 ・・・確かに・・・。

 ユーリは以前、ルーカスと話をしている所を公女に見られて、公女の手の者に誘拐されかけた事がある。

 ・・・まあ、その時、僕が彼女を助けた事がきっかけで今こうして夫婦でいられるのだけど・・・。


「ああ・・・だがエリーゼに危害が加えられる事は無い。そんな事するなら俺の『影』が対応する」


 ・・・・・・


「お前、さっき『影』の任務解いてたよな?」


「・・・」


 ガッッ!!バッ!ダッッ!!


 一瞬沈黙したかと思ったルーカスだったが、僕が瞬きをする間に謎の効果音と突風を発して姿が消えていた。

 執務室の壁に掛けてあったはずのルーカスの愛剣も無くなっている。


「相変わらず早いわね」


 ユーリはそう呟くと、開けっ放しになっている窓を眺めていた。

 二人きりになった僕達も、夫婦として色々と話し合わなければならないだろう。


「ユーリ・・・一体どういう事か、説明してくれるか?」


「あら、私の方も説明してほしいわ。ねえ、何これ?」


 先に質問した僕を受け流して、ユーリは椅子から立ち上がり、床に落ちている白い布を指で摘んだ。


「・・・うわ・・・なにこれ・・・良く見て芋虫ってとこかしら・・・?」


 ユーリが見つめる先には、白い布地にグシャグシャと緑色の刺繍糸が雑に縫い付けられている。

 ルーカスが言うには、エリーゼ嬢が刺繍した物らしいが、刺繍と呼ぶには酷すぎる。


「いや、それは蝶らしいぞ・・・ルーカス曰く、どっちも結果的に蝶だから同じだそうだ」


「・・・相変わらず、エリーゼ中心に世界が回ってる男ね。こんなゴミを大量に作らせてまで、エリーゼに会う口実を作りたかったのかしら」


「それ、ルーカスとエリーゼ嬢の前で絶対言うなよ・・・」


 たしかに、せっかくの良質の布地にぐちゃぐちゃに刺繍糸で縫い付けられてしまったら、もう掃除くらいにしか使い道はない。

 だがルーカスはそれらを全て、オーダーメイドした木箱に納めて大事に取っている。


 ルーカスのエリーゼ嬢への愛情と執着は異常だ。

 エリーゼ嬢がルーカスの事を好きじゃなかったらと思うとゾッとする。

 騎士時代から、彼には大切にしている女性がいる、というのは有名な話だった。


 戦地で命を落としかけた僕を救ってくれたルーカスへの大恩を返すべく、一時期はルーカスの『影』として暗躍していたが、僕はその事をすぐに後悔することになる。

 これと言って任務がない時には、定期的にエリーゼ嬢の安否確認をさせられた。

 往復3時間は軽くかかると言うのに・・・。


 「彼女の前に姿を見せるな」「5秒以上見つめるな」「彼女に近付く男は迷わず消せ」というルールを課せられ、エリーゼ嬢のストーカーみたいな事をさせられていた。

 なので、彼女と対面するのは今日が初めてだが、彼女の事はよく知っている。


「ねえ、あーんして」


 脳内が回想モードになっている時、いつの間にか僕の目の前に来ていたユーリが、少し顔を赤らめながら僕にそう言った。


 なんだか似たような事を最近見たような気もするけど、僕はそんな彼女に抗えず、妖術でもかかったかのように自然と口が開かれた。


 そして僕の口の中に彼女はポイっと何かを放り投げた。

 僕の口の中には小さい固形物の塊の様なものが・・・


「・・・・・・んぶうう!!しょっぺええええああああ!!」


 絶叫と共に口の中がパニック状態な僕は、部屋に置かれていたティーポットの蓋を開けて、そのまま口に流し込んだ。


「ふむ・・・何か焼いた後があるから、たぶんエリーゼが何か食べ物でも作ったんでしょうけど、結果的には塩の結晶が出来上がったってわけね・・・確かにこんなの全部食べたら死んじゃうわ」


 ユーリは口に手を当て、持っている皮袋の中身を推理する探偵のように見つめている。


「はぁっ・・・はぁっ・・・え・・・何それ。得体の知れない物を僕に食べさせたの・・・?毒だったらどうするつもりだったの・・・?」


 涙目になりながら訴えかける僕に、ユーリは眩しいほどの慈しみの笑顔を向けた。


「私も同じ物を食べて一緒に死んであげるわよ」


 ・・・・・・きゅん・・・・・・


 こういう彼女の勇ましさがたまらなく好きだ。

 許そう・・・例え、彼女の手によってこの命が消えるのだとしても・・・。


 僕は空になったティーポットを置き、ずっと気になっていた事の1つを聞いた。


「ねえ、なんで君、そんな格好してるの?」


 彼女がルーカスと・・・なんて有り得ないことをエリーゼ嬢は言っていたけど、もちろん僕は信じていない。

 だが、彼の寝室から妻が半裸で出てくるなんて、さすがに夫としては不快でたまらない。


「ああ、縄抜けした時に脱げたのよ。」


 ・・・なるほど・・・。

 いや、なるほどって納得するのもおかしいけどね。


 ルーカスはユーリの計画にのった・・・つまり、この惚れ薬を使った恋愛劇は、彼女が考えた事なのだろう・・・。

 ルーカスがユーリを拉致監禁したのは、きっと余計な事を言わせないようにするため・・・なかなか酷い事をするじゃないか・・・。

 

 恐らく、ルーカスの『影』はユーリを縄で拘束する時、本気では縛らなかったのだろう。

 体に跡でも残ったら、僕がただでは済まさないからな。


 この執務室には、ある手順を踏むことで開く仕掛け扉があり、隠し部屋へと繋がっているが、中からは割と簡単に扉が開くようになっている。

 ユーリは監禁場所であった隠し部屋から縄を解いて脱出した後、ルーカスの寝室のベッドで彼を待っていた・・・という所だろうか。


 エリーゼ嬢と一緒に帰ってくるであろう彼を・・・。

 ユーリは何事もただでは済まさない・・・。

 半裸でエリーゼ嬢の前に出て来たのも、こんな手段に出たルーカスへの嫌がらせだろう。

 案の定、ルーカスにとってはこれ以上ない程の復讐となった訳だ・・・。


 で・・・もう一つ気になってる事がある。


 聞くのが凄く怖いのだけど・・・。


「ユーリ・・・もしかしてだけど・・・ルーカスがエリーゼ嬢に送った手紙・・・君が盗んだの?」


「・・・・・・」


 ユーリは暫く真剣な表情で目を伏せ、口に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。


 なんだかさっきの話を聞いてると、あたかもユーリが手紙の内容を知っている様な口調だったが・・・。

 頼む・・・違うと言ってくれ・・・あれは全部でたらめだったと・・・。


 もし仮に手紙の中身を見たのだとしても、それはたまたま偶然で、何か不思議な現象が起きて君の元に間違えて届いたとか・・・もうどんなめちゃくちゃな嘘でもいい・・・。

 信じるから・・・僕は君の言うことを信じるから・・・!!


「うん☆てへっ☆」


 ユーリは急にイタズラした子供の様に、片目を瞑ってペロッと舌を出した。


 ・・・・・・そうか。


「うわああああああ!!全部君のせいじゃないかああああああ!!!なにさっきまで私は何も悪くないみたいな顔してたんだよおおおお!!」


 僕の絶望的な叫びにもユーリは動じることなく、再び玉座に座り余裕の笑みを浮かべている。


「だから今、そのせいで拗れてしまったあの二人の関係をリセットしてあげたって訳よ。エリーゼの迷推理めいすいりが良い仕事をしてくれたわね」


 関係をリセット・・・って・・・。

 ああ、だから君はエリーゼ嬢のめちゃくちゃな話を否定しなかった訳か・・・。


「そうか・・・ちなみに僕は今、僕と君の人生がリセットされそうな危機に直面しているよ・・・」


 ユーリが・・・手紙を盗んだせいで・・・。

 ・・・この事実は墓場まで持っていこう・・・。


 だけどやり方はどうであれ、ユーリの言うことも一理ある・・・。

 あの二人はどう見ても両想いなはずなのに、あと少しの所でお互いが一歩引いてしまう。

 その姿を幾度となく見てきた僕は、この二人は両想いに気付いたら死んでしまう呪いでもかかってるのかと何度思ったことか・・・。


 何か二人の関係が変わる決定的な出来事でも起きない限り、一生あのままだったかもしれない。


 そして一番気になってるのは、やっぱりあの薬の存在だ・・・。

 

「・・・・・・で・・・ユーリ・・・惚れ薬は君が用意したのかい?」


「ええ」


 ユーリは目を細めて、僕を挑戦的な目で見つめている。

 エリーゼ嬢よりも少し淡い新緑色の瞳は、エメラルドというよりペリドットに近い。


「もちろん、中身は偽物なんだろ?」


「・・・ふふ・・・さすがに分かるわよね」


 僕の言葉にユーリは変わらぬ笑顔を見せているが、少し残念そうにも見える。


「ああ、君がもし惚れ薬なんてものを手に入れたなら、人に譲るはずがないからね」


「そうね、まずは皇帝陛下に一服盛ってるわ」


 その言葉に俺の耳に処刑台のギロチンが落ちてくる様な幻聴が聴こえ、思わず首を両手で押さえて繋がっているか確認してしまった。


「・・・君といるとたまに首の感覚がなくなるよ・・・」


 皇帝陛下に一服盛るとか、皇室の騎士団の人間に聞かれたら間違いなく首が飛んでいくだろう。


「それじゃあ、なんで二人とも、惚れ薬で相手が自分を好きになってると思ってるんだ?」


 僕は昨日、ルーカスから「エリーゼに惚れ薬を使った」と聞かされた。

 しかし、さっきエリーゼ嬢は「ルーカスが惚れ薬を飲んだ」と言っていた・・・。


 僕の認識では、だと思っていたのだが・・・。


「ふふっ・・・簡単な事よ・・・。ルーカスにはエリーゼが知ってる惚れ薬の使い方とは逆の方法を教えたのよ。・・・あの二人も馬鹿よね。たった3秒見つめ合うだけで、相手が自分の事をどう思ってるかなんて知ることが出来たのに・・・」


 そう言ったユーリは、ニヤリ・・・と、まるでイタズラが成功した子供の様な笑みを浮かべていた。

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