第21話13:交わる視点(エリーゼside→ルーカスside)

 数年ぶりの再開にも関わらず、私とユーリは火花を散らすようにバチバチと見つめあっている。

 半裸状態の彼女の姿から察するに、やはりルーカスとそういう関係なのだろう。


 私の視界にチラッと入ったダンさんは、完全に白目を向いて石像のように固まっていた。


「ねえ、私からのプレゼントは気に入ってくれたかしら?」


 そう言うと、ユーリは体に巻いている布を自分の体に合うように器用に結び合わせ、まるで純白のドレスのように仕立ててみせた。


「惚れ薬の効果は凄かったでしょう?もしかしたら、もうルーカスとヤることヤッちゃった?私みたいに」


 ユーリは品の無い事を言い放つと、私がさっきまで座っていた玉座に腰掛け、白く艶かしい足を組んだ。

 美しく自信に満ち溢れているその姿は、まるで玉座に座る皇后の様な雰囲気を醸し出している。


「ねえ、黙ってないで教えてよ。何か分かったんでしょ?私が答え合わせしてあげるから、話してみなさいよ」


 ユーリは肘をつきながら、挑発するようにクイッと人差し指を動かしている。

 私は今までの事、そして今の状況を頭の中で整理して、その答えを導き出していた。

 惚れ薬をルーカスが持っていたこと・・・そして半裸のユーリの出現により、全てが繋がった。


 そしてこの質問が、私の答えを決定づけるはずだ。


「ユーリ・・・あなた、ルーカスが村から出て行った時・・・彼から手紙を受け取ったの・・・?」


 私の問いかけにユーリはクスッと笑うと、勝ち誇ったかの様な笑みを見せた。


「ええ、受け取ったわよ。首都へ行く理由と、愛を告白する様な文面が沢山綴ってあったわ・・・そして22歳までに迎えに行くから待っててって・・・12歳のくせにキザな手紙よね」


 やはりルーカスは村を出る時、大切な人であるユーリにだけ手紙を送っていた・・・。

 22歳・・・ルーカスがあの日、私に会いに来た時だ。


 覚悟していたとは言え、ここまではっきり手紙の内容を口に出されるのはショックだった。

 私には何も残してくれなかったのに・・・。


 私は手をグッと力の限り握りしめ、感情を押し殺して言葉を続けた。


「ルーカスは22歳の時、あなたにプロポーズをしようとした・・・だけど、私の左手の傷を見て、自分だけ幸せになる事は出来ないと、プロポーズを断念した・・・。だけどユーリ、あなたはきっとルーカスの事を忘れられなかったのでしょうね・・・。だって10年も彼のことを待ってたのだから・・・。でも彼の決意は固かった・・・。我慢できなくなったあなたは1年前、別の人と結婚した。だけど、その人と最近離婚・・・恐らく原因は、相手の男性がユーリの我儘で自分勝手な性格に耐えられなかったから・・・」


「ねえ、さらっと失礼なこと言わないでくれる?」


 ユーリは不服そうに何か口を挟んできたが、まだ話の途中なので私は無視して言葉を続けた。


「1人になったユーリをルーカスは放っておけなかった・・・。だけどユーリは1度結婚した身。ルーカスと結婚する事はもう出来ない・・・それに、彼は私の事も責任を取らなければと思っていた・・・。だけどユーリを捨てられない・・・悩みに悩んだ彼は、惚れ薬を使って私の事を好きになり、いっそのこと私とユーリ、2人を愛そうと思った」


「ぶほぉっ!!!?」


 突然ダンさんが派手に吹き出し、呆気に取られた様にポカンと口を開けて固まった後、驚愕の表情で声をかけてきた。


「え・・・え・・・?どゆこと・・・?ていうか、エリーゼ嬢・・・あなたにとってルーカスはそんな下衆な男に見えるのですか・・・?」


「いいから続けて」


 私の話に百面相していたダンさんとは対照的に、ユーリは動じることなく私の話を聞いている。

 私はコクリと頷き、ダンさんの問いかけを無視してその先を話し始めた。


「ルーカスはユーリに惚れ薬の計画を話し、ユーリもそれに賛成した。それでルーカスが納得して一緒にいられるならと・・・。でもあなたはルーカスに、惚れ薬を私の前で飲むようにお願いした。私への気持ちは本心ではなく、惚れ薬によるものだと私に知らしめるために・・・。そして、惚れ薬はユーリ名義で送ることにした・・・。ルーカスが送った物を自分で飲むのはさすがにおかしいから・・・」


 あの時のルーカスはあくまでも偶然を装うふりをしていた。

 今思えば、それもなんだかおかしい話だけど・・・

 

「そ・・・そこをおかしいと思う余力があるなら、エリーゼ嬢のお話は根本的にかなりおかしい事に気付いてくれませんか・・・?」


 ヨロヨロとよろけながら、やはり何か口を挟もうとするダンさんは、なんだかここ数分で色が抜けて白くなった気がする・・・っていうか、なんか老けた?


 しかし今はそんな事を気にしてる場合ではない。

 私は悲しみに染まった心を押し殺し、ユーリに精一杯の笑顔を向けた。


「だけど予想以上に惚れ薬が効いてしまったルーカスは、ユーリの事も忘れるくらい私を好きになってしまった・・・私と今すぐ結婚したくなるほどに・・・。そうとは知らず、あなたはベッドで彼の帰りを待っていた・・・そんなところかしら・・・。」


 昨日の夜、ルーカスは村にある彼の実家に泊まっている。

 首都には帰ってきていないはず・・・。


 私の話を聞き終えたユーリは満足気に目を細め、パチパチパチと手を鳴らした。


「さすがね・・・見事な名推理だわ・・・。でもね、一つだけ訂正するとしたら・・・彼は昨日の夜も私の所へ来たわよ。日付が変わる頃だったけど・・・よっぽど私に会いたかったのねぇ」


 その言葉が本当なのか、ユーリが負け惜しみで放った言葉なのかは分からない・・・。

 だけどそんな事どちらでも構わない。

 だって2人は本当に愛し合った中で、私とルーカスは惚れ薬によって出来た偽りの愛なのだから・・・。


 だけど・・・私の事をあんな熱烈に好きだと迫っておきながら、その夜には別の女性と伽を共にするなんて・・・最低ね・・・本当に、見損なったわルーカス・・・。


「・・・そう・・・あなたとの熱い夜を過ごしながら、夜が明けてすぐ私に求婚するなんて・・・ルーカスは騎士時代に、いつ死ぬか分からない戦場で長い極限状態の中、戦い続けた結果、性格が歪んでしまったようね・・・。」


「いや・・・・・・いやいや、もう事実が原型留めない程めちゃくちゃに歪んでて・・・怖っ・・・なんでそうなっちゃうの・・・?想像力豊かすぎん・・・?」


 ダンさんはどうやら私の話をまだ受け止めきれてないようだ。

 まさか自分が仕える主人が最低の二股野郎だったなんて、そう簡単に信じられないのだろう・・・。


「ユーリ・・・なんで言ってくれなかったの・・・?私がルーカスの事を好きだったの、知ってたでしょ・・・?」


「あら、そんなの私の勝手でしょう?あんたがいつまでも拗ねて村から出なかったのがいけないのよ?気になるなら会いに行けばよかったのに・・・待ってれば王子様が迎えに来てくれるとでも思ってた訳?」


 悔しいがユーリの言う通りだ・・・。

 私が何も知ろうとしなかった・・・悲しみにただ明け暮れて、全部忘れようと・・・動こうとしなかったから・・・。


 私にユーリを責める権利はない・・・。

 ユーリは自ら動いて首都へ行ったのだから・・・。

 ・・・・・・あれ?

 ユーリは首都にいるのに、ルーカスは私の村に来たの・・・?

 ・・・・・・もう・・・どっちでもいいや・・・。


「ユーリ・・・あの惚れ薬の効果はいつまでなの・・・?」


 私は当初の目的であった、惚れ薬の効果時間を訊ねた。

 もしかしたら、ルーカスは効果時間を知っていたのかもしれない・・・。

 だから新しい惚れ薬を持って、その時に備えていたのかも・・・。

 そこまでして無理やり私を好きになろうとしたのだろうか・・・。


「そうね、そろそろ・・・もしかしたら、もう切れてる頃じゃないかしら?」


ガチャッ


「エリーゼ!!」


 扉が開かれ、ルーカスが何か強い決意を秘めた表情で入ってきた・・・が、すぐにユーリに気付いて驚愕の表情へと変わる。


「・・・!!?なっ・・・ユーリ・・・・・・?」


 そしてルーカスは床に散らばった物にも目を落とした。


「これは・・・どうなって・・・」


 キョロキョロと動いていた瞳は、惚れ薬の小瓶を見た瞬間、震えて止まった。


「・・・そうか・・・全部・・・知られてしまったのか・・・」


 何かを察し、困惑するようなその視線は私にゆっくりと向けられた・・・


「ええ・・・全部、あなたの計画だったのね・・・」


  ――――悲しみに満ちた表情でそう言ったエリーゼの瞳には涙が浮かびあがり、怒りで震えている様だった。


 ルーカスは私を見つめたまま、自分の犯した罪を後悔する様に苦悩の表情へと変わっていく。


  ――――・・・彼女はついに知ってしまった・・・全て俺の計画だった事を・・・。


 ルーカスの、まるで懺悔するようなその姿に、私は涙が流れるのを我慢出来なかった。


  ――――さっきまで目を合わせれば、恥ずかしがりながら顔を赤く染めていたのに・・・その瞳からは悲しみの涙が溢れていた。


 ・・・恐らく、その時が来たのだと、私は密かに確信した。


  ――――ついに、その時が来たのだと、俺は静かに確信していた。



   ついに惚れ薬の効果が切れてしまった。



 ルーカスはもう、私の事を好きでは無いのだと・・・。


  ――――エリーゼはもう、俺の事を好きでは無いのだと・・・。


 エリーゼは涙を拭い、机の奥にある窓の前まで歩くと、両手で窓を押し開けた。


 そして窓のふちに足掛け、目の前の木の枝に飛び乗り、ドレスが枝に引っ掛かって破れるのも気にせず、身軽な動きで枝を伝いながら地面へと降りていった。


 昔は彼女が木登りをする姿が好きだった。

 まるで森の妖精かのように、華麗な動きで木を伝う姿は美しかった・・・その姿を、今は見るのが辛かった。


「エリーゼ・・・すまない・・・」


 目の前から消えてしまったエリーゼを想い、俺は情けなくもただ謝ることしか出来なかった。


 エリーゼに告白すると誓った決意は、彼女の涙を見た時、一瞬で塵となってしまった・・・。

 なぜ俺は彼女の前ではいつもこうなってしまうのだろう・・・。

 あの時のように、また彼女を悲しませて泣かせてしまった・・・。

 どんなに力を付けても、地位を手に入れても・・・なんで彼女の前ではこんなにも無力なのだろうか・・・。


 今回の事も・・・俺の弱さからやり方を間違えた・・・。

 惚れ薬を使って、彼女の気持ちを無理やり俺に向けさせるなんて・・・。


「エリーゼはすべて俺が仕組んだことだと知ってしまったんだな・・・」


 俺は床に転がっている惚れ薬の小瓶を拾った。


「いや・・・エリーゼ嬢は何にも分かってないぞ・・・?惚れ薬を仕組んだ事以外は何一つ合ってない・・・今のエリーゼ嬢の頭の中のお前がやばいぞ・・・」


「ああ、そうだろうな・・・惚れ薬を使って俺の事を好きにさせるなんて、やばいだろ・・・幻滅したろうな・・・」


 俺は惚れ薬を持つ手に力を入れ、その小瓶を砕いた。

 中から液体が流れ落ち、俺の手にガラスの破片が刺さり、血が滴り落ちている。

 今は痛みもよく分からない・・・この胸の痛み以外は・・・。


「いや、そうじゃなくて・・・なんで君達、急に話が通じなくなるん?・・・っていうか、お前エリーゼ嬢に惚れ薬を飲ませたんじゃなかったのか?」


 こいつはさっきから何を言ってるんだ・・・?

 ・・・なんか少し老けたか・・・?


「俺は最初からエリーゼが好きなのに、エリーゼに飲ませても意味が無いだろ。」


「は?」


「は?」


 こいつは一体何を言ってるんだ?

 時間の無駄だからもう気にしないでおこう・・・そんなことよりも・・・。


「で・・・お前のそのふざけた格好はなんだ?」


 露出の高い白地のドレスを身に纏い、皇族専用の椅子に我が物顔で座ったその女は、まるで世界を闇に貶める魔王の様な雰囲気を醸し出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る