第14話10:屋敷へ連れて行きたい(ルーカスside)

 食後のコーヒーを堪能した俺達は、ダンが手配した馬車へ乗り込んだ。

 どさくさに紛れて一緒に乗ろうとしたダンを蹴落として、馬車は俺の屋敷へと出発した。


 エリーゼの事を考えて馬車を手配した事は褒めてやるが、俺の屋敷まではそんなに距離はない。

 ダンが走れば俺達の馬車が屋敷に到着する頃には十分間に合う。

 運動不足のアイツにはちょうど良いだろう。


「馬車に乗るなんて、何年ぶりかしら」


 俺の向かい側の席に座るエリーゼは、馬車の窓から見える街並みを楽しそうに眺めている。


「俺も久しぶりだな・・・」


 俺が遠方へ向かう時は、よっぽどの事がない限りは必ずコールに乗って移動する。コールが走る速度は通常の馬と比べて桁違いに早い。

 俺が首都に住んでいるにも関わらず、頻繁にエリーゼの元を訪れることが出来るのは、コールのおかげと言ってもいい。

 

 正直・・・馬車には良い思い出がない。

 父親が失踪し、母親と首都から逃げるようにして村へ向かった時・・・。

 そして・・・エリーゼを迎えに行くために馬車で向かったものの、彼女に拒絶され、途方に暮れて1人馬車に揺られて帰った時・・・。

 馬車に乗るとあの日の事を思い出す。

 ただただ絶望し、生きる意味すら見失いかけたあの時を・・・。


 ・・・大丈夫だ・・・今はエリーゼがいる。

 目を合わせれば、俺を好きだと反応してくれる彼女がここにいてくれる。

 あの時とは違う・・・。


 俺の中に沸き起こる雑念を打ち消す様に、俺は強く目をつぶった。


「ルーカスって、私のどこが好きなの・・・?」


 その声に目を開けると、先程まで窓を眺めていたはずのエリーゼは、俺の心を探るように真剣な目で見つめていた。


 どこが好きか・・・?正直、全部なのだが・・・。

 逆に好きにならない理由があれば教えて欲しい。


 彼女を好きになったきっかけは、単純に一目惚れだった。

 だが、一目惚れと答えると、あたかも容姿だけで好きになったとも捉えられてしまう。

 

 確かに、彼女の容姿はいつ見ても魅力的だ。

 フワフワと波打つ長い髪は、そのリボンを解いて乱れるほど撫で回したいし、エメラルドの様な輝きを放つ、そのつぶらな瞳には常に俺だけを写し出して欲しい。

 絹の様に滑らかな頬に触れ、その艶やかに湿った唇に口付けをして思うままに味わいたい。


 ・・・なんて言ったら引かれるだろう・・・。


 もちろん、彼女の魅力はその容姿だけじゃない。

 壊滅的に手先が不器用でほっとけない所も・・・。

 勉強を教えてあげると言いながら突拍子も無い、的外れで不可解な答えを自信満々で教えてきたり・・・。

 掃除すると言いながらホコリを撒き散らして行く所も・・・。

 それらの事にほとんど自覚が無く、少し抜けてる天然な所も・・・ほんと可愛い。


 ・・・いやいや・・・そんな事も言えるわけがない・・・。


 俺がエリーゼの溢れる魅力をどう伝えるか悩み考えている間に、エリーゼは少し悲しそうに目を伏せてしまっていた。


 しまった・・・返答に時間を掛けすぎた・・・。

 エリーゼを早く安心させてあげなければ・・・。


「・・・・・・エリーゼの全てが魅力的だ」


「そう・・・」


 悩みすぎた結果の答えがこの一言とは我ながら呆れてしまう・・・。

 エリーゼも俺の答えにあまり納得しなかった様で、どこか沈んだ様子で再び窓の外へ目を向けた。


 やはり具体例を一つ一つ提示していった方が安心出来るのか・・・?

 もう一度言い直しても良いだろうか・・・。


「エリーゼ・・・」


 そう呼びかけた時・・・。


 ガタンッッ!!!


 何かの障害物で車輪が乗り上げたのか、馬車が大きく跳ねた。


「きゃっ!?」


 その衝撃でエリーゼの体が跳ね上がり、バランスを崩して倒れそうになるのを素早く俺は抱き留め、自分の体へと引き寄せた。


「大丈夫か?」


「え、ええ・・・」


 奇しくもそれがきっかけで、エリーゼは俺にしがみつくように背中に手を回し、俺達は抱き合う形になった。

 顔を上げたエリーゼと、俺の顔の距離が数センチというところまで急接近している。


 最初はキョトンとした顔を俺に向けたエリーゼだったが、状況を理解したのか、俺に向ける瞳はフルフルと揺れだし、日に焼けていない色白の素肌はあっという間に赤く染まる。

 身体が密着しているため、エリーゼの異常な程早くなった心臓の鼓動も伝わり、彼女が俺を異性として意識してくれている事が伝わる。


 こんなにも俺を好きだと伝えてくるエリーゼの反応に、彼女を抱きしめる手に自然と力が籠る。

 しかしエリーゼは俺から目線を逸らし、俺にしがみついていた手の力を緩めた。


「・・・ルーカス・・・村を出る時の約束、分かってるよね・・・?手を離してくれる?」


 エリーゼは俺の背中に回していた手を解き、俺の胸元へ押し当てた。

 俺から離れようとするその動きに、俺は応える気は無い。


「嫌だ。離したらエリーゼが倒れてしまうかもしれない」


 エリーゼにすがりつく俺は、まるで意地を張る駄々っ子の様だな・・・。

 我ながら情けないとは思うが、彼女を離したくない。


「私はもう大丈夫だから・・・」


 大丈夫・・・そのセリフを何度君から聞いただろうか・・・。


「俺はもう、エリーゼを守れない男にはなりたくはない」


 あの時・・・エリーゼを守れなかった時の様な惨めな思いはもうしたくない。


「・・・ルーカス・・・」


 エリーゼは再びその瞳に俺を写し出してくれた。

 俺を慰める様に優しく見つめる彼女の姿に、今ならきっと何をしても許してくれるのではという錯覚に陥った。


「エリーゼ・・・」


 愛しい名前を呼び、俺は彼女にゆっくりと顔を近付け、その唇に自らの唇が当たる直前で動きを止めた。

 

 許しを乞う様に見つめる俺に対して、彼女は視線を逸らせ、戸惑い葛藤する様な表情を見せた後、俺を拒む手の力が緩み、彼女はゆっくりとその瞳を閉じた。


「到着しまし・・・うわあああ!!!?」


「ふああああ!!!?」


 空気を読まずに馬車のドアを開けたダンにエリーゼは、驚きの叫び声をあげながら俺の身体を押し退けるようにして引き離し、後ろへ飛び跳ねると、当初エリーゼが座っていた席に着地した。

 俺は自分の中に地響きと共に沸き起こる憤りを溜息に込めた。

 ダンは処刑台を前に死を覚悟した罪人の様に真っ青になっている。


「・・・おい、貴様・・・ノックをしろ・・・」

 

 今までに無い程の怒りが込められた俺の声に、ダンはしばらく俺と目を合わせず黙って俯いていたが、キッと抗議するように俺に顔を向けた。


「ル・・・ルーカスがいちいちノックするなって言ったんだろーが!!」


 ああ、確かにいつもならそう言う。

 1回のノックでの確認作業が5秒かかるとして、一日10回それを行えば50秒・・・一日で約1分の時間を無駄にする。

 1ヶ月に換算すると30分・・・1年で6時間・・・。

 お金も何も生み出さないただの確認作業に6時間もかける意味が分からない。


 ・・・そう思っていたが、今この瞬間にノックの必要性を深く理解した。


 あと5秒・・・あと5秒あれば俺はエリーゼと・・・。

 くそ・・・柄にも無く待ってしまった故に・・・。


「今後一切・・・エリーゼと2人でいる時に扉を開けるな・・・」


 未だ怒りが収まらない俺の心境を察し、ダンは緊張した様子でゴクリと喉を鳴らした。


「ああ・・・分かった・・・。あの・・・着きましたので・・・どうぞ・・・」


 ダンはそう告げると、俺達が馬車から降りられる様にドアから離れた。


 エリーゼは恥ずかしそうに顔を両手で扇いでいるが、俺が手を差し述べると、少し苦笑いしながらその右手を重ね、俺達は一緒に馬車から降りた。

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