第12話8:一緒に食事をしたい
店主に見送られて衣料品店を出た私達は、顔を合わせることなく、少し気まずさを抱えながらしばらく無言で歩いていた。
急にルーカスに手袋を外されそうになって、咄嗟に止めてしまったけど・・・何故急にそんな事をしたのだろうか・・・。
この傷を見ても、ルーカスが傷付くだけなのに・・・。
私の隣りを歩くルーカスの顔をコソッと覗いてみたが、彼も少し暗い表情をしている。
多分、さっきの事で落ち込んでいるのだろう。
あのまま止めずに傷を見せてしまったほうが良かったのだろうか・・・?
・・・とにかく、せっかく素敵なドレスを着せてもらったのに、このままでいるのはさすがに良くない。
「ねえ!これからルーカスの御屋敷に行くのよね?」
私はこの気まずい空気を吹き飛ばす様に、声を弾ませてルーカスに話を切り出した。
急にテンションが高くなった私にルーカスは一瞬戸惑ったようだったが、すぐに表情が和らぎ、まだぎこちなさが残る笑顔を向けてくれた。
「ああ・・・いや・・・その前に、一緒に食事をしないか?」
・・・そういえば、気付けばすっかり昼になっている。
言われてみれば、お腹も空いてきた気がする・・・朝ごはん食べたのも早かったし・・・。
よく考えたら私よりもルーカスの方がもっとお腹がペコペコなんじゃないだろうか?
・・・だとしても・・・
「すぐにルーカスの御屋敷に行かなくて大丈夫なの?」
「ああ・・・屋敷に戻ったらしばらく仕事でエリーゼと一緒に過ごせなくなるからな・・・。せめて昼食は一緒に食べたい」
ルーカスは私と過ごすことの方が大事だと思ってくれている・・・それはとても嬉しい事なのだけど・・・待たせている公爵様は大丈夫なのだろうか?
公爵様ってたしかめちゃくちゃ偉い人よね・・・?
・・・だけどあの悪役令嬢の父親と考えると、あまり良い印象は浮かんでこない・・・。
・・・うん。ルーカスが言うなら待たせてても問題ないか!
「そうね!私もお腹が空いてきたとこなの!美味しい店を紹介してよね」
私の言葉にルーカスは嬉しそうに笑って頷いた。
その表情には、先程までの暗さは微塵も感じられない。
「じゃあエリーゼ、行こうか」
そう言って差し出してくれた手をとり、私達は再び手を繋いで首都の街並みを歩き出した。
ルーカスが案内してくれたのは、いかにも女性受けしそうな装飾が施されたお洒落なカフェだった。
「ここは女性の間で人気の店らしい。俺は来るのは初めてだが・・・」
・・・たしかに、せっかちなルーカスがカフェでゆっくり食事をするとか想像できない・・・。
2人で店に入ると、やはりルーカスはこの街で有名人らしく、ここでも丁寧に挨拶された。
それをルーカスは軽く切り上げ、私達は店員に案内され、なるべく目立たないよう端っこの席に座らせてもらった。
渡されたメニュー表には、初めて見るような文字の羅列が書かれており、どんな料理なのか全然分からない・・・。
うーん・・・一つ一つ聞いて確認するのも、忙しそうな店員さんには迷惑だろうし・・・。
メニュー表を見ながら難しい顔をする私に気付いたのか、ルーカスが気遣うように声をかけてくれた。
「エリーゼは甘い物が好きだからな。この店はパンケーキが人気らしいから、それを注文しよう。もし肉料理が欲しければ、俺が注文したものを取り分けよう」
私はその提案を有難く受け入れ、コクコクと頷いた。
ルーカスは店員を呼ぶと、慣れた様子で次々と注文を伝えていく。
そんな姿を見ながら、彼はすっかりこの街の人間なのだと改めて感じさせられる。
私はすっかりカラカラになってしまった喉を潤すためにグラスの水を口に含んだ。
「エリーゼが俺の住む街にいるなんて、夢の様だな」
・・・確かに・・・。ルーカスと一緒に首都へ来るのは初めてだから、私も不思議な感じはする・・・。
「そうね・・・私もこんなに素敵なドレスを着せてもらえるなんて、夢のようだわ」
このドレスのお金のは一体どうなるのかは今は曖昧にしておきたい・・・。
とりあえず貸してもらってるということにしておこう・・・。
「いつものエリーゼも綺麗だが、今日は特に美しさが際立っている・・・今のエリーゼを見たら世界中の男達が魅了されてしまうだろうな・・・」
ルーカスの言葉に思わず水を吹き出しそうになったのを、私はグラスが割れそうなほど握りしめながら耐えた。
ルーカスは愛しそうにジッと私を見つめている。
「いっそのこと、俺以外の男の目に映らなければ良いのにな・・・」
ひええええ。もうどうしちゃったのこの人・・・。
ああ、惚れ薬飲んでるんだっけ・・・。これ惚れ薬ハイってやつ・・・?
こんな状態でまともに水が飲めるはずがない・・・。
とりあえず何か話をしなければ、パンケーキが到着する前にルーカスの甘い言葉で糖分過多になってしまう。
「そ、そういえば、私が刺繍した物は何処で売ってるの?」
私が刺繍の仕事を依頼されてから5年くらい経つが、それをどんな人達が買ってくれてるのかは気になっていた。
今までに作った数の合計はもう100枚を超えている。
それを誰かが使ってくれてると思うと、嬉しいような、少しくすぐったい気持ちになってくる。
「ああ・・・。すまない、今ちょうどその店は改装中なんだ。」
どこかばつが悪そうに言うと、ルーカスも自分の水が入ったグラスを手に取った。
「結婚したら行く機会はあるだろう」
そう言ってグラスの水を一口飲み、ふうっと息を吐いた。
結婚したらって・・・ルーカスはやっぱり私と結婚する気なのかしら・・・?
もし惚れ薬の効果がいつ切れるか分からない場合、私はどうすれば良いのだろう・・・?
ルーカスは、私が小指を失ってしまった事に責任を感じている。
優しい彼の事だから、たとえ惚れ薬の効果が消えて、私を好きな気持ちがなくなってしまっても、私が傷付かない様に接してくれるだろう・・・。
そう考えてしまうと、彼の言葉が果たして本物なのか、疑いながら過ごす事になってしまう。
そんな日々が本当に幸せと言えるのだろうか・・・?
・・・今、考えても結論は出ない。
とにかくユーリに会わないことには・・・。
「ねえ、ルーカスはユーリと会うことはあるの?」
「ああ・・・。たまにな。ユーリの旦那が俺の屋敷で働いているからな」
「え!?そうなの!!?ねえ、旦那さんってどんな人なの?」
あのユーリと結婚した男性・・・どんな人かはずっと気になっていた。
私と同い年のユーリは村の奇跡とも言われた美少女で、性格には若干の難ありだったが、同年代の男の子達はみんなユーリに惹かれていた。
18歳になった彼女には、噂を聞きつけた首都の貴族達から恋文が次々と送られてきたが、将来の旦那は自分で探すからと、首都に住む叔父さんの家へ引っ越していった。
彼女の事だから、すぐに相手が見つかるだろうと思っていたけど、まさか結婚の知らせが来るまで9年もかかるとは思わなかった。
結婚式の招待状は届いたけど、私は出席しなかった。
首都の男性は、女性の手の甲にキスをする挨拶があるから・・・。
私が首都へ行くのを躊躇する原因の一つの行為だ。
手袋をしているとはいえ、私のその不自然な小指に気付く人はいるだろう。
「・・・エリーゼが他の男に興味を持つのは気に入らないな」
気付くと、ルーカスは拗ねる様に顔をしかめていた。
「え、いや・・・ユーリの旦那さんでしょ・・・?変な意味じゃないわよ?」
「だとしても気に入らない」
ルーカスは身を乗り出し、その手で私の顎をくいっと持ち上げ、真剣な顔で私の瞳を見据えた。
「この瞳に他の男の姿が映るのも許せない」
・・・・・ぐぅぅぅ。
やめてやめて、もたれる・・・胃がもたれるううううう!!
いや・・・好きだよ!!そういうセリフ!!大好きなんだけども・・・!!
ルーカスの嫉妬する様な瞳に見つめられ、私は瞬きするのも忘れて石化したかのように動けない。
いっそのこと私の意識も石化させて・・・!!
「・・・お待たせしました・・・」
その声にハッとして振り返ると、店員さんが気まずそうに震えながら料理を持っていた。
私はルーカスの手から離れ、椅子に座ったまま縮こまった。
店員さんは何も言わずに暗い顔をしながら料理をテーブルに並べていく。
「ちっ・・・もう少しゆっくり持ってくればいいものを・・・」
「・・・どの口が言うの・・・?」
ルーカスの言葉に私は小さくツッコミを入れたが、私はすぐに目の前に置かれたパンケーキの姿に目を見張った。
思ったよりも分厚いそのパンケーキは2枚に重ねられ、フルーツやクリームで可愛くデコレーションされている。
それは先程見た豪華なドレスや宝石にも劣らない程キラキラして見えた。
私はそれを使い慣れないナイフとフォークでなんとか1口サイズに切り取り、口に含んだ。
想像以上にフワフワな食感と口の中に広がる甘さ、とろけるようなクリームに私は幸せな気持ちに浸った。
その時、私の唇をルーカスが親指で拭った。
どうやら唇についていたクリームを取ってくれたらしい。
その指に付いたクリームをルーカスはペロリと舐め、フッと笑った。
「甘いな」
その仕草に私は頭が破裂しそうになるほど熱くなり、その熱でこのクリームの様に脳がとろけるんじゃないかと思った。
・・・あんったが1番甘いわ・・・ぁぁ・・・!!
私の胃が悲鳴を上げながら溶けていく感覚に襲われながら、私はしばらく身悶えていた。
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