第10話7:ドレスを買ってあげたい(前編)(ルーカスside)

――――6年前、大切な人を守るための力も、富も名誉も全て手に入れた俺は、ずっと念願だったエリーゼを迎えに行くために彼女の元へ訪れた。


 エリーゼと直接会うのは、俺達が狼に襲われた時以来だった。

 首都へ行く前に、エリーゼに一目会いたかったが、彼女はまだ静養中で会うことは叶わなかった。

 俺の方も、どうしても首都へ行く日を遅らせることが出来なかった。


 だから、俺は知らなかったんだ。

 エリーゼがあの時、小指を失った事を・・・。

 だから俺は小指を失った彼女を見て、考えていたプロポーズの言葉が消え失せ、頭の中が真っ白になってしまった。


 エリーゼに消えない傷を残させた俺が、彼女を幸せにすることなど出来るのか・・・。

 しかし彼女を他の誰かに奪われる事だけは我慢できなかった。

 そんな自分勝手な気持ちが、俺にこの最低な言葉を言わせることになった。


「エリーゼ・・・この傷の責任を取らせてくれ・・・」

 

 その言葉を聞いた時の彼女の傷付いた表情は、今も忘れられず、俺の脳裏に焼き付いている。





「わあ・・・」


 俺達が首都に入ってすぐの光景を見たエリーゼは感嘆の溜息をついた。

 キョロキョロと興味津々に辺りを見渡しながら歩く姿が可愛い。首都に迷い込んだ妖精だろうか・・・。


「そんなに余所見をしていたら迷子になるぞ」


 俺はそう言うとエリーゼの右手に触れ、その指を絡めるようにして手を繋いだ。

 手袋越しではあるが、彼女の手の温かさが伝わってくる。

 それが嬉しくて、思わず口元が緩み、エリーゼに見られたら気持ち悪く思われるかもしれないので、彼女とは反対の方角に顔を向けた。


「・・・ねえ、ユーリの住んでいる場所は分かる?」


 突然、エリーゼからそう問われ、俺は一気に現実に引き戻された。

 何故、今のタイミングでユーリの名前が出てきたのだろうか・・・。


「・・・知っているが・・・行きたいのか?」


「ええ、惚れ薬について、ユーリに聞けば何か分かるかも知れないから・・・」


 ああ・・・そうだったのか・・・。

 エリーゼはユーリに会って惚れ薬のことを聞くために、俺と首都へ行くことを決心したという訳か・・・。

 あの時、なぜ急に首都へ行くと言い出したのかと思ったが・・・それならば説明がつく。


「ああ・・・そうだな・・・後で寄ってみよう」


 てっきり俺とのデートを楽しみにしているのだと思っていたが・・・少しショックだな・・・。


 いや、・・・それよりも・・・ユーリに会いに行くのは想定外だ・・・。

 確かに、彼女もこの件に深く関わっている・・・。

 しかし、だからこそ何の口裏も合わせずにこのまま会わせたら、アイツが何を言い出すか分からない・・・それは危険だ・・・!

 今エリーゼとユーリを会わせるわけにはいかない。

 何か手を打っておかないといけないな・・・。


 俺はエリーゼの手を強く握りしめ、彼女の姿を見ると、なにやら恥ずかしそうに俯いている。

 ・・・もしかして服装の事を気にしてるのだろうか?

 だとしたらちょうど良かった。

 この店に来ることはすでに決まっていたからな。


「エリーゼ、ここに入ろう」


 最初の目的地である女性向けの衣料品店に辿り着き、エリーゼを店の中へと誘った。


「サンドロス卿!こんな所へ来ていただけるなんて、光栄の至りでございますわ!」


 俺の姿に気付いた馴染みのある店主が、深々と頭を下げて挨拶をした。

 彼女も俺がここに来る事は予め把握していたが、あくまでも偶然訪れたという事にしてほしいと、口裏を合わせている。


「俺の婚約者が驚くから、あまり畏まらないでほしい。それよりも、彼女に見合うドレスを頼みたい」


 婚約者・・・なんと良い響きだろうか・・・。


 思わず笑みがこぼれそうになる・・・。

 俺がその言葉に感動し浸っているうちに、彼女は店主に背中を押されながら試着室の方へ進んでいく。

 その戸惑う様子は、何か不安がっているようにも見えた。

 エリーゼの事だから、お金の心配をしているかもしれない。

 もちろん、エリーゼに払わせる気など1ミリもない。

 結婚すれば俺のお金もエリーゼの物になるわけだし・・・。

 エリーゼのために溢れんばかりの財力を手に入れたのだから、ここで使わずして何処で使うというのか。


「エリーゼ、好きな物を買うといい。選べないなら、気になった物を全て買い取ろう」


「・・・え・・・?」


 ポカンと口を開けて目を丸くしたエリーゼはそのまま試着室の中へと連れていかれ、その扉が閉ざされた。


 さて・・・エリーゼはしばらく出てこないだろう。

 丁度いい。俺にもやるべき事が出来た。


 俺は店の外へ出てすぐの路地裏に入り、しばらく進んで人気ひとけが無いのを確認した。


「仕事を頼む」


「はい・・・」


 俺の言葉に、おれの『影』が気配を現し、その姿は見せずに声で応えた。


 俺には『影』と呼び、隠密に仕事をする従者が存在する。

 影のように常に俺と行動を共にする彼には、主に俺の護衛や、公にできない様な仕事を任せている。

 この『影』の存在を知るものは、俺の屋敷の人間でも極小数である。


「今すぐユーリを捕獲し、俺の屋敷へ連れて行け。たとえ抵抗されたとしても、確実に実行しろ。くれぐれも、旦那にはバレないようにな」


「はっ!」


 俺の命令と共に『影』の気配は消えた。


 ユーリの屋敷はここからすぐ近くにある。

 彼女が屋敷の中にいるのならば、俺の『影』は今すぐにでも彼女を捕獲出来るだろう。

 出掛けているとなると、少し時間はかかるだろうが問題ないだろう。


 これで、とりあえずはユーリの家に行く事になっても、エリーゼとユーリが顔を合わせることは無い。

 ユーリには悪いと思うが、彼女も一応共犯者でもある。

 とことん付き合ってもらって結婚式まで見届けてもらうしかない。


 俺は何事も無かったかのように店に戻ると、エリーゼはまだ試着室の中に居た。


 俺はしばらくエリーゼがどんなドレスを着て出てくるのか・・・頭の中で着せ替え人形の如く妄想を膨らませながら、待つ時間を楽しむことにした。

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