第9話7:ドレスを買ってあげたい(後編)
「ど・・・どうかな・・・?」
試着室から出てきた私を見た瞬間、ルーカスは口を開けたまま硬直し、惚けた様子でしばらく私の姿を見ていた。
ルーカスの海の様な瞳の色を意識して選んだ、青空が広がった様なドレスを着て、控えめにお化粧もしてもらった。
あまりにも見つめてくるので、私はその目を合わせる事が出来ないまま、ルーカスの言葉を待った。
その硬直状態がしばらく続いた後、ルーカスは満足気な笑みを浮かべると、その口が動きだした。
「ああ・・・エリーゼ・・・すごく綺麗だ・・・」
今のルーカスなら、きっとそういう言葉をくれるだろうと期待はしていたけど、いざ言われてみるとやっぱり胸が熱くなり、嬉しかった・・・。
そしてルーカスは両手を広げて、私の方へゆっくりと近寄ってくる。
・・・おっと・・・?何をする気だコイツは・・・?
今までの前科を考えると、警戒せざるを得ない。
「ルーカス様!!?」
私がルーカスに対して身構えていると、突如として彼の名を呼ぶ甲高い声が店内に響き渡った。
その声がした方へ目を向けると、まるで薔薇を連想させる様な真紅のドレスに、主張の激しい宝石のアクセサリーをいくつも身に付けた若い令嬢が立っていた。
「こんな所でお会い出来るなんて・・・きっと神のお導きによるものですわ!」
・・・知り合いに偶然会うことが神の導きとか、どんだけ暇な神様なの・・・。
いかにも都会育ちに見える令嬢はうっとりするような眼差しを向けながら、ルーカスの所へ駆け寄ってきた。
私はチラリとルーカスの顔を見てみたが、近寄ってきた令嬢に冷え切った視線を送り、物凄く不機嫌そうである。
これは・・・ルーカスが心底めんどくさいと思っている時の目だ・・・。
私の視線に気付いたルーカスは、一瞬で柔らかい笑みに表情を変えると、私の隣りに歩み寄り、私の肩を抱くように手を添えた。
「スカーレット嬢、ちょうど良かった。紹介しよう。私の婚約者のエリーゼだ」
そう紹介され、私はサーっと血の気が引いていくのを感じた。
なんかもう・・・確実に外堀埋めてきてないかな・・・?
「・・・は?・・・こん・・・やく・・・・・・しゃ・・・?」
スカーレット嬢はルーカスの言葉に、信じられないというような顔をして立ち尽くしている。
しかし、すぐに憎悪の眼差しで私を睨みつけると、私の身体を上から下まで品定めをするかの様に目線を動かし、勝ち誇った様に目を細めた。
明らかに人を馬鹿にする様なその態度に、私の頭の中には「悪役令嬢」という単語が浮き上がった。
私はもちろん婚約者なんて認めた訳では無い。
・・・が、スカーレット嬢が私を見るその挑発的な視線に若干カチンとくるものがある。
私よりもずっと若いであろう小娘に・・・スタイルも気品も負けているのは認めるが・・・舐められたまま引き下がるのも癪である。
私はスカーレット嬢へにっこりと余裕の笑みを作って差し上げた。
「初めまして。ルーカスの婚約者のエリーゼと申します」
「エリーゼ・・・!」
スカーレット嬢への牽制を込めた私の言葉に、誰よりも反応し歓喜の声を上げたのはルーカスだった。
ルーカスは感動した様子で瞳をキラキラと輝かせて私を食い入るように見つめている。
「貴方が・・・ルーカス様の婚約者ですって・・・?」
そう呟くスカーレット嬢のワントーン低くなった口調にゾクッと悪寒がよぎった。
こちらを睨みつける目力と気迫は、とても自分よりも年下の女の子には思えなかった。
しかし私もここで引き下がる気は無い。
「ええ、彼から熱烈なアプローチを受けましたの。」
よく分からないけど、いかにも都会の令嬢っぽい口調も真似してみた。
「エリーゼ・・・!受け入れてくれて嬉しいよ」
ごめんルーカス・・・まだ受け入れてないんだわ・・・
あとちょっと黙っててくれないかな・・・。
「・・・ルーカス様が・・・笑っているですって!?」
私に向けられる幸福に満ちた笑みを、スカーレット譲は驚愕の表情で見つめている。
「ルーカスったら・・・2人で住む家の木材も、2人で入る墓石用の石も勝手に用意しちゃって・・・ほんとせっかちなんだから・・・」
私は少し照れた様に目を伏せ、スカーレット嬢に追い打ちをかけていく。
「ああ、もう木材の乾燥なんて待たずに、今すぐに俺達の家を建て始めよう!」
いや、それは待って・・・
・・・て、もうほんとにややこしくなるから今は黙っててくれないかなぁ・・・!!
「い・・・一体何をおっしゃってるの・・・!?本当にあのルーカス様なの!?・・・あなた・・・ルーカス様に変な薬でも飲ませたんじゃありませんの!!?」
うっ・・・そうだよ!変な薬飲んじゃってるわ!!
ピンポイントで当ててきたその言葉が私の胸に突き刺さった。
さすがにこの言葉に返す言葉が見つからないまま、たじろぐ私を尻目に、スカーレット嬢はズカズカとルーカスに歩み寄り、私から引き離す様にその腕を掴み引っ張った。
「ルーカス様!目をお覚ましくださいませ!!貴方にはもっと相応しい方がいるはずですわ!!こんな流行遅れのドレスを着てる年増な女なんかよりも・・・!!私だって・・・ずっと・・・」
なかなか酷い暴言を交えながらも、そう訴えるスカーレット嬢の瞳には涙が浮かんでいる。
彼女とルーカスがどういう関係なのかは知らないが、彼女がルーカスを好きな事は伝わってくる。
まさか元カノ出現フラグを回収してしまったの・・・!?
だとしても、彼女の言う「ずっと」とは、どれだけ長い時の事を言うのだろうか・・・。
私がルーカスと離れていた長い期間・・・私の知らない彼を、彼女は知っているのだろうか・・・。
私は胸の中に生まれた嫉妬にも似た黒い感情に締め付けられ、一人取り残された様に、ただその場に佇んでいた。
ルーカスは無言でスカーレット嬢の手を乱暴に振りほどき、バランスを崩しよろめいたスカーレット譲は後ろに控えていた従者によって支えられた。
そんな彼女の姿をルーカスは気にも留めずに、私の肩を再び抱くと、スカーレット嬢に冷たい視線を送ったまま口を開いた。
「スカーレット譲・・・口の利き方に気を付けろ。彼女を侮辱する者は誰であろうと許さない。あと、気安く俺に触れないでもらいたい」
「そんな・・・!酷いですわ!!私達だって婚約者同士だったじゃありませんか!!」
「君の父親が勝手に言い出した事だ。俺は君を婚約者と思った事など一度も無い。」
「・・・!!!」
ルーカスの言葉にスカーレット嬢はショックを受けたように目を見開き震えている。
今にも泣きだしそうなその姿は、先程までおびただしい程の気迫に溢れた姿とはかけ離れており、やはり年相応の少女なのだと思った・・・が、再び物凄い剣幕でこちらを睨みつけてきた。
まるで「お前さえいなければ」という強い執念がビリビリと伝わってくる。
・・・もうやだ。本物の悪役令嬢怖い・・・。
しかし、スカーレット嬢は耐えるようにぐっと唇を噛み締め、その表情は次第に冷静さを取り戻していった。
「・・・ええ・・・分かりましたわ。・・・ところで今日、私のお父様がルーカス様のお屋敷へ伺うとおっしゃってましたが・・・そろそろ到着しているのではありませんこと?」
「・・・ああ、そういえばそんな予定があったか。すっかり忘れていた」
・・・え・・・そんな予定あったの?
「あまり待たせたら可哀想ですわ。早くお戻りになられて?その間、そちらの婚約者様は、私が変わりにお相手致しますから」
・・・え・・・いやだ、やめて。
なんかこっちを見てくる目が「どう料理してやろうか」みたいになってるから!
「いや、その必要はない。エリーゼも俺の屋敷へ一緒に行こう。」
「ええ!そうしましょう!!」
ルーカスの言葉に全力で賛同すると、スカーレット嬢は悔しそうにチッと小さく舌打ちした後、ニコリと笑った。
「あら、それは残念ですわ。せっかく仲良くなりたいと思いましたのに・・・また、近いうちによろしくお願いしますわね」
そう言い捨てると、スカーレット嬢は一瞬私を鋭く睨みつけ、踵を返して去っていった。
正直・・・仲良くなりたくないし、二度と会いたくはない・・・。
物語から飛び出てきた様な悪役令嬢が去り、緊張から開放された私は近くの椅子によろける様に腰掛けた。
「エリーゼ、大丈夫か?」
「え、ええ・・・ちょっとビックリしただけだから・・・」
「少し休むといい。俺はちょっと店主と話があるから・・・すぐ戻る」
そう言い残し、ルーカスは店主の所へ行き、話をし始めた。
話している内容は分からないが、今頃あの大量のドレスを購入する話でもしているのかもしれない・・・。
ドレス選びから悪役令嬢の登場・・・なんだかドッと疲れた・・・。
「ふふふ・・・あの公爵令嬢にあんな事を言えるのはルーカス様くらいですよ」
一息つく私に、先程採寸をしてくれた女性従業員が声をかけてきた。
・・・公爵・・・令嬢・・・?
「え!!?あの子って公爵令嬢なの!!?え、じゃあ今お屋敷に来てるのって・・・公爵様!?」
「ええ、サンドロス卿は昔、その手腕を買われて公爵様の補佐として働いていた時期があるのですよ。公女様は小さい頃からサンドロス卿に懐いてましたよ。まあ、あの容姿ですから当然でしょうね」
ああ、イケメンだからってことね・・・。
「まだ公女様が幼い頃、ドレスを買いにサンドロス卿とお店に来たことがありましたが、サンドロス卿が選ぶ時間を与えず帰ろうとするので、公女様は結局ドレスを買えずに泣きながら帰って行きましたよ」
ルーカス・・・子供相手に何やってるの・・・?
大人気ないにも程がある・・・。
もしかして、以前ルーカスが誰かと来た・・・っていうのは、小さい頃の公女様の事だったのだろうか。
「サンドロス卿が公女様を特別扱いしたことは、今も昔もありませんよ。もちろん、それは他の令嬢にも言える事ですが・・・ふふ・・・サンドロス卿は本当にお嬢様の事をお好きなのですね」
はい・・・惚れ薬の影響ですが・・・とはさすがに言えないけど・・・。
「サンドロス卿は時々、自分用にカフスボタンを購入されるのですよ。この店はオーダーメイドで男性用の品も作っていますから・・・。サンドロス卿はいつもエメラルドを使用した物を頼まれるので、よっぽどエメラルドがお好きなのだと思っていましたが・・・どうやら好きなのは宝石の方ではなかったようですね」
そう言うと、何故か私の顔をジッと見つめてきた。
・・・そういえば、休憩した時にくれた飴玉・・・あれもエメラルドに似た緑色をしていたけど・・・。
・・・それって・・・つまり・・・そういう事・・・?
「えっと・・・ルーカスは物凄く緑色が好きって事でしょうか・・・?」
「・・・・・・お嬢様、鈍いってよく言われません?」
「え・・・?」
「エリーゼ、待たせたな。行こうか」
何が?と聞こうとしたところでルーカスが戻ってきて、話をしていた女性従業員は意味深な笑みを浮かべたまま身を引いていった。
仕方が無いので、本人に直接聞いて確かめる事にした。
「・・・ルーカスって・・・緑色が物凄く好きなの?」
その問いかけに、ルーカスは一瞬キョトンとした表情を見せたが、すぐに溢れるほど愛しそうな笑みを私に向けた。
「ああ・・・好きだよ・・・物凄く・・・」
・・・・・・そうなんだ・・・。
その言葉が何故か私自身に向けられている様な気になって、再び沸騰するほどに急上昇した体温に目が眩み、それと同時になんだか少し泣きたくなった。
私はずっと、私が1番ルーカスの事を理解し分かっていると思っていた。
しかし、この首都には私が知らないルーカスがいる。
ルーカスが村を出て私と再開するまでの10年間、彼はどんな経験をして、何を思いながら過ごしてきたのだろうか・・・。
この首都で、これから私が知らない彼の事を、知っていくことができるのだろうか・・・。
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