第8話7:ドレスを買ってあげたい(前編)

 どれくらい眠っていたかは分からないけど、私が目を覚ました時には、すでに首都が目前まで迫ってきていた。

 首都に入る前の関所で、簡単な荷物検査や手続きを済ませ、ドキドキと胸を踊らせながらその地へと降り立った。


「わあ・・・」


 目の前に広がる光景は、まるで異世界に連れてこられたかのようで、思わず感嘆のため息が漏れた。


 気品溢れるドレスと煌びやかな宝石で身を包む貴婦人達、綺麗に塗装され見上げる程に高い建物、人々の活気で溢れ賑わう市場、甘い香りが漂ってくるお洒落なカフェ・・・どれも村では見たことが無い物ばかり・・・あの存在感のある大きな建物は高級ホテルか何かだろうか・・・?


 キョロキョロと興味津々に辺りを見渡しながら歩く私の姿は、きっと田舎娘丸出しだろう。


「そんなに余所見をしていたら迷子になるぞ」


 ルーカスはそう言うと、私の右の手の平に触れ、その指を絡めるようにしてぎゅっと握った。


 こ・・・これは・・・恋人同士がする手の繋ぎ方・・・!!!


 嬉し恥ずかしな気持ちで思わず口元が緩み、その姿をルーカスに見られないように左手でその口元を隠した。

 つい首都の光景に目を奪われていたけど、私は当初の目的を思い出した。


「・・・ねえ、ユーリの住んでいる場所は分かる?」


 私の問いかけに、ルーカスは少しだけ眉を潜めた。


「・・・知っているが・・・行きたいのか?」


「ええ、惚れ薬について、ユーリに聞けば何か分かるかも知れないから・・・」


 惚れ薬を送ってきた張本人だから、その説明くらい詳しく聞いてる・・・はず・・・。


「ああ・・・そうだな・・・後で寄ってみよう」


 何故か少しだけ声のトーンが低くなった様な気がするけど・・・。

 2人の時間が少なくなるのがそんなに嫌なのだろうか?


 それにしても・・・首都の街中を手を繋いで歩く男女・・・まるでデートみたい・・・いや、デートになるのかな・・・?

 他の人から見たら、私達は恋人同士に見えてたり・・・。


 しかし、私はここであることに気付いた。


 もともと首都に来る予定なんてなかったので、着の身着のままで来てしまった私は、あまり身なりの良い服を着ていない。

 それどころか、今着ている服は森の散策中に木の枝にひっかかったりして、あちこちほつれてボロボロになっている。

 とんでもない場違いな服装で来てしまった・・・だんだん恥ずかしくなってきた・・・!


 それに比べてルーカスは皺ひとつ付いていない純白のシャツの上に褐色のジャケットを着こなし、スラッとした足を長く見せる漆黒のズボンに皮のブーツ・・・そして何よりのイケメン補正・・・!

 あれだけ長い時間馬に乗って移動していたのに、服装も全く乱れていない。

 機能性抜群過ぎない・・・?


 しかしそんな2人が手を繋いで歩いてたら、貴族の男が物乞いしてた女を保護した様に見られるんじゃないだろうか・・・?


「エリーゼ、ここに入ろう」


 恥ずかしそうに俯いている私を気遣ってくれたのだろう。

 ルーカスが最初に入ったお店は女性向けの衣料品店だった。が・・・


 ・・・私、お金を全く持ってきてないのだけど・・・。

 しかもここ・・・めちゃくちゃ高そう・・・。


 そのお店の中に並ぶドレスの華やかさに、普通ならばテンション爆上がりで食い入るように見て回るのだけど、自分が支払いをする事を考えると、何故こんなにも悪寒がするのだろうか・・・。


 ・・・いや、どう全財産をひっくり返しても買える物がないと思う。


「サンドロス卿!こんな所へ来ていただけるなんて、光栄の至りでございますわ!」


 店に入るや否や、店主っぽい女性がルーカスに気付くと、深々と頭を下げて挨拶をした。


 サンドロスとはルーカスの性である。

 村ではそうやってルーカスを呼ぶ人はいなかったので、なんとなく疎外感を覚えた。


「俺の婚約者が驚くから、あまり畏まらないでほしい。それよりも、彼女に見合うドレスを頼みたい」


 あまりにも自然な流れで「婚約者」という言葉が出てきたので、ツッコミを入れるタイミングを完全に見失ってしまった。


「お任せ下さいませ!ではお嬢様、こちらへどうぞ~」


「エリーゼ、好きな物を買うといい。選べないなら、気になった物を全て買い取ろう」


「・・・え・・・?」


 サラッととんでもない言葉が聞こえてきたけど、私は急かされるように店主に連れられ、ルーカスをその場に残して試着室へと案内された。


 そこでされるがままに着ていた服を脱がされ、数名の女性従業員が手際良く採寸し始めた。


「あら・・・」


 いつの間にか着けていた手袋も脱がされていて、何もつけていない私の左手を見た店主が小さく声を出した。


「お嬢様、こちらで四本指用の手袋も御用意する事も出来ますけど、いかがなさいます?」


 店主は特に動じることも無く、変わらぬ口調で私に声をかけてきた。

 まさかそんな事を言われるとは思わなくて、私の方が少し動揺してしまった。


「いえ・・・普通ので・・・お願いします・・・」


「あら・・・よろしいのですか?」

 

 せっかくの提案は嬉しいけれど、私はこの傷を隠すために手袋をしているので、4本指の手袋では隠す事が出来なくなってしまう。

 店主は表情が曇った私の様子をしばらく見つめると、優しい口調で語りかけてきた。


「お嬢様、私も随分長い事この仕事をしてきましたが・・・今まで、不運な出来事で傷を負ったり、体の一部を失った令嬢達を見てきましたわ。男性の身体の傷は戦果の誇りと考える方もいらっしゃいますが、女性の身体となると、やはり気にされる方も多くいらっしゃいます。」


 そう言いながら、店主は私の左手の小指の付け根部分をソッと撫でた。


「しかし、身体がいくら綺麗でも、その内面が醜ければそれは滲み出てくるものです。人の本質はいくら着飾ったところで隠すことは出来ないのです・・・しかし、どんな傷を背負っていたとしても、その人の本質の美しさは変わりませんわ」


 そう言うと、店主は従業員から渡された5本指の手袋を私の左手にはめてくれた。


「私には、お嬢様の手に合わない手袋よりも、お嬢様の手に合わせて作った物の方が、もっと素敵に見えると思いますわ」


 私も手袋をはめられた左手に目を落とした。

 いくら傷を隠すためとは言っても、手袋をはめた小指のないその5本目の指は不自然な形をしている。

 

「もしもお嬢様が、その傷を自身の体の一部として受け入れられた時には、ぜひお嬢様に合った手袋を御用意させてくださいませ!」


 ニッコリと笑いかけてくれたその表情は、当初の営業スマイルによるものではなく、慈愛に満ちたもので、なんだか泣きそうになってしまった。


 村の人達は、私が小指を失った経由を知っている。

 それでいて、この傷に関する事はあまり触れてくることはない。

 真正面からこの傷に向き合い、受け入れてくれた人はこの人が初めてかもしれない・・・。


 私は目の前で優しく微笑む店主に、心の底から感謝しながら、小さく頷いた。


「さあ、楽しいドレス選びの時間ですわよ!!早くしないと待ちきれなくなったサンドロス卿が部屋に入ってきちゃいますわ!!」


 しんみりとした空気を吹き飛ばす様に、店主の明るい声が部屋に再び活気を呼び寄せた。

 確かに、あまり待たせたら試着中にルーカスが入って来そうな気がする・・・。

 私はいつの間にかズラっと並べられたドレスの列に目を通した。


 繊細で透き通るようなレースをあしらったものや、まるでお花畑をイメージさせる様なもの、宝石箱の様に宝石を散りばめ、輝きを放つもの・・・その眩さに直視する事すらおこがましく感じた。

 

「あ、あの・・・すみません・・・ちょっと手持ちがなくて・・・」


「あら、大丈夫ですわよ!サンドロス卿に全て請求がいきますから!」


 おっふ・・・全然大丈夫くない。


「いえ、彼に迷惑かけるわけにはいかないので・・・」


 結婚すると決まった訳ではないのに、こんな豪華な物を買わせる訳にはいかない。


「迷惑・・・?まさか!彼は首都でも三本の指に入る大富豪ですわよ?この店のドレス全て購入したとしても、彼にとってははした金ですわ!」


 ・・・え・・・?

 ルーカスってそんなに凄い人なの・・・?

 数多くいる男爵の中の1人ってだけじゃないの・・・?


 いや・・・だとしても、これ以上、彼に余計な散財をさせるわけにはいかない・・・。

 ・・・すでに手遅れな気はしてるんだけど・・・!


「じゃ、じゃあ、せめてなるべく安い物にしてください!」


 念のため・・・少しでもお金が返せる物に・・・。


「ではドレスは質素な物にして、アクセサリーをたくさん御用意しますわ!」


「いや、それじゃあ意味ないです!!っていうかそっちの方が絶対高くつきますよね!?」


「お任せくださいませ!!」


「お任せ出来ません!!」


 少しの隙を見せれば付属品を付けようとする店主と、少しでも費用を抑えたい私の攻防戦はしばらく続いた結果、今は流行遅れとして値下がりした、付属品の少ないドレスを勝ち取ることに成功した。


 ・・・が・・・こっそり教えてもらったそのドレスの値段は、私の全財産を軽く超える金額だった。

 白目を向きそうになっている私に追い打ちをかけるように、店主が従業員と話す会話が聞こえてきた。


「これとこれとこれと・・・これも気にされてたわよね・・・ああ、ついでにこれも付けちゃいましょう!1個や2個増えても一緒よね!おーっほほほほ!!!」


 いやいや・・・それ絶対ルーカスに買わせようとしてるでしょ!!私が気にしてたって言ったら今の奴なら絶対買っちゃうわ!!


 しかし、もはや私にはそれを止める元気はない・・・。


「それにしても・・・あのサンドロス卿がこんなに長い時間、1人の女性を待つことが出来るなんて・・・よっぽど大切な方なんでしょうね・・・」


 大切な方・・・そう言われて嬉しい半面、それも惚れ薬の影響なのかと思うと気持ちは沈む。

 それよりも、その言い方が、以前にも誰かとルーカスがこの店に来た事があるように聞こえて、そちらの方が気になった。


 私は村を出てからの彼の事をよく知らない。

 もしかしたら・・・昔付き合ってた元カノとか出てきたり・・・いや、変なフラグ立てるのはやめとこう。


「じゃあ、これとこれも追加しちゃいましょう!ふふふ!!笑いが止まりませんわ!!おーっほほほほほほほほほ!!!」


 ・・・追加・・・しないで・・・くださいます・・・?


 なんせここは首都の激戦区・・・常に生き残りをかけた戦いに日々奔走している商売魂に、もはや感服するしかなかった・・・。

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