第5話5:首都へ連れていきたい

 その時、私の首元にそっと何かが付けられた。

 私はそれに目を落としてみると、青く輝く宝石が付いたネックレスだった。

 それはまるでルーカスの瞳の色の様に澄んだ青色で、その輝きにしばらく見惚れてしまった。


「綺麗・・・」


 自然と口から出てきた言葉に、いつの間にか私の後ろに立っていたルーカスがフッと笑うのが聞こえた。

 どうやら後ろから私にこのネックレスを着けてくれたらしい。


「女性は恋人の瞳の色の宝石のアクセサリーを身に付けるらしいからな」


 それって・・・まるでロマンス小説の一節じゃない!

 そんな物語の様なロマンチックなやりとりが、首都では日常的に行われているの?素敵すぎじゃない・・・?

 私も幾度となく夢見た出来事が、現実となって自分の身に起きるなんて・・・


「あ・・・ありがと・・・ん?恋人?」


 自分の身に起こった非現実的な出来事に流されそうになっていたけど、恋人という言葉が引っ掛かり、ルーカスの方を振り返った。


「ああ違うか・・・結婚するから夫婦になるのか」


 ・・・んん?


「いや待って。待って!!私言ったよね?惚れ薬の効果が切れるまでは結婚しないって!!」


「・・・・・・」


 ルーカスは俯いてしばらく黙ると、納得いかない様な表情で顔を上げた。


「一日待ったが惚れ薬は切れてないようだが・・・」


「いやいや・・・一カ月・・・一年は待ってって言ったわよね?それにまだ1日も経ってないわよ!」


 1日とは時間に直すと24時間。ルーカスが惚れ薬を飲んだのが昨日の夕方頃で、今はまだ朝になったばかり・・・全然1日には満たない。

 それなのにさっそくフライングしてやってくるとは、この男は1カ月どころか1日も待てていない。


「じゃあ仕方がないな・・・やっぱり既成事実を作るしかないな」


 そう言うとルーカスは私の腰に手を回すと、力強く私の体を自らに引き寄せた。


 おいこら、ここ外・・・ていうか・・・


「だからなんで今すぐ結婚か子供を作るかの2択になるのよ!!待つって選択肢は無いわけ!?」


「こういうのは早い方がいい」


 そう告げたルーカスの表情はいたって真剣だ。

 私の体を抱きかかえるようにしてそっと倒すが、私の体が地面につかないように配慮し、片膝を立てて、そこに寄りかかるように寝かされる。


 その行為は同意を得ないまま襲い掛かろうとしているだけなのに、顔が良いだけでどうしてこんなに絵になるんだろうか・・・じゃなくて・・・


「良くないわ!!」


 私は叫ぶと同時に、近寄ってきたルーカスの顔面に頭突きをかました。

 ルーカスの手が緩むと、私はすり抜ける様にその腕から脱出し、距離を取った。


「とにかく、惚れ薬が切れるまではこういう事は一切禁止だからね!!次やったら今度こそ絶対に絶交だから!!」


 ヒリヒリするおでこをさすりながら、私はルーカスに指を突き付けて警告した。

 ルーカスも手で顔を押さえ、震えながら痛みに耐えている。


 ・・・が、何かに気付いた様にピタリと震えが止まり、顔を上げて私を真っ直ぐに見た。


「・・・切れたら良いのか・・・?」


「そりゃあ切れたら・・・・・・じゃなくて・・・そ、それより仕事はどうしたのよ!?首都に行かなくていいの!?」


 あっぶな!何今の誘導尋問は!!

 話を思い切り摩り替えた私に、ルーカスは一瞬不服そうな表情を見せたが、ため息を小さくつくと口を開いた。


「昨日は母さんの家に泊まったんだ。首都には今から行こうと思っている」


 ルーカスはもともと首都に住む貴族の家の子だった。

 しかし、まだ幼い頃に父親が事業で失敗し、多額の借金を負ったまま逃げるようにその消息を絶った。


 ルーカスの母親は、借金返済のため全ての財産を手放し、幼いルーカスを連れて自分が生まれ育った村へと出戻ってきたのだった。 


 ルーカスが首都に移り住んでからも、彼の母親は住み慣れた村で穏やかな日々を過ごしている。

 その家に昨日泊まったのであれば、こんな朝早くにここに居ることは納得出来る。


「出来ることならエリーゼも首都に連れて行きたいんだが・・・」


 ルーカスは腕を組みながら、私の方をチラ見している。


 行くだけで話が済むのならいいけど・・・

 なんかそのまま教会に直行されそうな気がするんですけど・・・?

 一緒に行ったら最後、自宅に戻って来れなくなる気がする・・・今のルーカスと一緒に行くのはちょっと危険だわ・・・


「私は遠慮しとくわ」


「・・・そうか。分かった」


 ルーカスと首都へ行く・・・魅力的な提案だけど・・・!!

 行きたかったなぁ・・・首都デートとか・・・いいなぁ・・・!!


 頭の中で2人が仲良く首都を歩き回る光景を描いて少しだけ後悔してきた・・・が、目の前で変わらず立ち続けているルーカスの存在で、意識は現実に戻った


 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 いや・・・行かんの・・・?

 首都へ行くんじゃないの・・・?


 先程からルーカスは全く動く気配がない。


 ・・・まさか私が一緒に行くって言うのを待ってるの・・・?

 さっき「遠慮する」って言ったら「分かった」って言ったよね・・・?

 全然分かってくれてなくない・・・?


 ・・・っていうか、そこは待つの・・・?

 せっかちはどこ行ったの・・・?


 私は痺れを切らしてルーカスに声をかけようとした時、ある考えが頭をよぎった。


 首都には惚れ薬を送り付けた張本人・・・ユーリが住んでいる。

 ということは、首都に行けばユーリに会える・・・そしたら惚れ薬の事についても聞けるし、その効果時間も分かるかもしれない。

 決して首都デートがしたいからとかではなくて、今のこの状況を打開するには最善の方法だと思う。よし。

 そうと決まれば・・・!


 ・・・この流れで言いたくはないけど・・・


「やっぱり一緒に首都へ行きましょう!」


 私の言葉に、ルーカスは特に驚いた様で、目を見開いて私を見つめ、歩み寄ってくる。


「エリーゼ・・・ついに俺と結婚を・・・」


 私は一瞬前のめりに倒れかけたけど、そこをどうにか踏ん張った。


「いや、結婚はまだしないから。首都に行くだけだから」


 私の言葉にルーカスは歩んでいた足を止め、口元に手を当てて考える様なそぶりをした後、顔を上げた。


「それは・・・俺とデートをしたいという事だろうか?」


「そ、そうね・・・それも悪くないわね」


 ・・・あくまでも私の目的はユーリに会いに行く事なのだけど・・・首都までの道のりは長い。

 そういう楽しみもあった方が、ルーカスの疲れも軽減するかもしれない。

 案の定、ルーカスはパッと喜びに笑顔を散らせた。

 いつもの無表情男はどこへ行ったのか・・・昨日から表情筋が崩壊している。


「よし、ならばさっそく向かおう!」


「きゃあっ!!」


 私は急にルーカスに抱き抱えられ、とっさにその首元にしがみついた。

 ルーカスはそのまま私を抱き抱えた状態で、コールの所へ歩み、括り付けていた手綱を解くとその背中へと跨った。


「あ・・・ルーカス、私の重さの分もコールに負担がかかると思うから、ゆっくり休憩しながら行くわよ」


「ああ、それなら大丈夫だ。エリーゼのことは俺が抱き抱えているから・・・体力には自信がある」


 確かに、私を抱え上げるルーカスの腕は逞しく力強く抱きしめられると圧迫感はあるけれど、不快な気はしない。むしろもっと強く・・・じゃなくて・・・


「いや・・・ルーカスの心配じゃなくてコールの心配をしているのよ。ルーカスが私を抱き抱えてても2人分の重さがコールにのしかかる事に変わりないんだから」


 しかし、なぜかルーカスは少し寂しそうな顔を見せた。


「そうか・・・エリーゼに心配してもらえるとは・・・コールが羨ましいな」


「・・・私はあなたの頭が1番心配だわ・・・」


 昨日の惚れ薬を飲んでから彼の言動が色々とおかしい・・・

 いや、以前からちょっとおかしい所はあったけど、明らかに暴走しているのは確かだと思う。

 周りの人達や仕事に何か影響を及ぼしていなければいいけど・・・


 私は首元のネックレスに目を落とした。つい流されて受け取ってしまったけど・・・恐らく相当高価な物なのではないだろうか・・・?


 それだけではない。

 あの大樹や大きな石にしてもそうだ・・・それを一晩で運び出すのは1人では到底無理だ。

 果たして一体どれだけの時間と労力とお金を消費したのだろうか・・・。

 すでにもう取り返しがつかない程、外堀を埋められているのでは・・・?


 そんな恐ろしい事が頭を巡りながら、私達は首都へ向けて出発した。

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