第61話 駆け引き

 私は今、団長さんの部屋にいる。……というか書類仕事をしている団長さんの机を挟んだ前に立たされている。


「あの……」

「なんですか?ケイ」

「い、いえ……何でもございません……」


 神々スマイルが今は苦しい。

 口答えを許さないぞ、という無言の圧力を感じるぜぇ……。これじゃ何も言えないしどうしようも無い。

 

 何故こんな事になったのか。それは時を少しだけ戻そう。


 ミッシェルと二人で楽しいお料理の後、渋々……本当に渋々!……嫌々だったけど、怒られるとわかっているのに、それでもちゃんと!真面目に!団長室に向かおうとしてたんですよ。ええ。

 重いため息を吐きながら厨房から出ると目の前にはすっごい笑顔の団長さん。

 一瞬時が止まったのかと思ったよね。

 ときめき的な意味で言うと絵面はそうかもしれないけど、心情的には蛇に睨まれた蛙です。

 今にも獲物をしとめんとす団長さんはずっと待ち伏せしていたのか……いつから?え、普通に怖い。

 そして私はスマートかつ流れるように肩に担がれて拉致られ……イマココ、というわけです。

 

 久しぶりに肩に担がれたので相当に頭に血が上ってるに違いない。何度か「離して!下ろして!」と言って暴れたのだけどビクともせず、無言のままだったのでこりゃやべぇとされるがまま、運ばれるがままここまで来ました。

 途中、騎士たちとすれ違ったけどみんなスルーしてたよ。

 逆鱗に触れたくないのはみんな一緒だね!……とか言うと思ってるのかー!助けろーー!

 と、視線で訴えたけど「グッジョブ☆」とサムズアップされた。

 この世界サムズアップあるんか。

 いや、私普通に騎士たちに見捨てられたな?普段お料理聖女さま!とか言ってるくせに!

 私は過ぎ去ってく騎士達を一人一人に足の小指がタンスにぶつかりますように、と祈りながら何人も見送ったよ……。

 

 さて、普段怒らない人が怒るとこうなるのか、を体現していますね。

 現に目の前の団長さんは、執務室に入ると私を下ろしたものの自分はさっさと執務机に座って無言で何事も無かったかのように書類仕事をし始めた。

 私のことはガン無視だ。

 いつもの私なら文句のひとつも言うものだけども、火に油を注ぎたくはない。私も馬鹿では無いので。

 ここで何か言うものなら何倍にもなって己に帰ってくることなど明白!

 じっとこの拷問を耐えていると、団長さんの書類を書いてる手が止まった。

 なにか話す気になってくれたのだろうか。

 顔を見つめるけど俯いててよく分からない。

 仕方ないのでつむじをずっと見つめてみた。ふむ、綺麗な左巻きのつむじですな。

 そんな視線を感じ取ったのか団長さんはこれみよがしにため息をついた。


「……何故、こうなっているか分かりますか?」


 なんかめんどくさいこと言い出した。メンがヘラってる彼女みたいな。

 ……とか思っちゃダメなんだよね。社会人として。

 そうだ!ここは会社で、上司に呼び出しを受け今まさに怒られていると思え!大丈夫、私の想像力ならいけるはずだ!なんたって宿舎裏に大々的な素晴らしい畑と池を作ったじゃないか!そう、あのワサビ田を思わせる小川流れる三段の滝は見事に想像通りだった。私の食欲が唸ったぜ!

 ……などと現実逃避はここら辺にしておこう。

 私が現実逃避をして黙っていると、団長はさらに深ぁくため息を吐いた。それはそれはもう肺活量えぐぅ、て思うくらいの長い溜息だった。


「自覚無し、と」

「……いやぁ、その……てへ☆」


 必殺、小首傾げ!!

 モテる友達が困ったら可愛子ぶれば大概何とかなるって言ってました!

 まあ、その子めっちゃ可愛い子なんだけどな!!!


「……ふっ……」


 鼻で笑ったーーー!

 私の渾身の可愛こぶった小芝居、鼻で笑ったーー!

 これはバカにされているのか呆れられているのか、はたまた本当に面白かったのか顔が見えないから分からないな。

 さあ、どうする……と考えていたら団長さんは書類から目線を上げて困惑している私と対峙した。

 漸く見えた団長さんのお顔は、晴れやかな、爽やかな、超絶スマイルでした。

 ……これやばいやつやん。

 

「この、書類の山。……わかります?」

「えー……と、推測するに、私関係……ですね」

「そこまで分かっていて、何故質問に答えない?」


 そのあとは全く予想出来ませんので!

 などと口にしようものならどうなるか分からない。

 社蓄時代にもこういう事は多々あったが上司が喋るまで何も言わないのがベストなのだ。

 故に私は黙る。

 何度かそんなやり取りをしたのだが、痺れを切らした団長さんがついに話を切り出した。


「ここにある書類は全て裏庭の畑について、です。私が許可しましたからどうとでも処理は出来ますが……期間! 期間です!何故植えた翌日にあんなに茂っているんだ! 理由が浄化だって?論外だ!」


 団長さん、畑見た時はそんなに驚いてなかったのに。

 あの時は現実逃避でもしていたんかな?

 いやいや、私が使った浄化について怒ってたのか。うん、漸く事の重大さが分かった。


「……す、すみません……?」

「ケイは、自分の立場をわかっているのか?」

「ま、まあ……そうですね、追放された身ですね」

「それがわかっていながら何故……!」


 と、声を荒らげる団長さんは、己を落ち着かせようと何度目かのため息をつく。


「……悪かった。そう言う諸々からケイを守るのが私の役目だった。だが……」


 団長さんの敬語がとれた。

 普段なら騎士服着てたら敬語は外さないのに。それだけ怒ってたり混乱してたりしたのか……な?

 私が物思いにふけっていると、言いにくそうにする団長さん。次のセリフが出るまで少しの間が空いた。

 意を決した様に、団長さんはしずかにつぶやいた。

 

「……ケイ、王宮魔導師団が気づいたかもしれない」


 王宮魔導師団……私を召喚した魔導師達の、巣窟。

 何となくぞわっと嫌な悪寒が背中をつたう。

 

「あそこだけにはバレたくない。あそこはケイを実験体にしか見ていないから」

「え」


 なんか不穏な単語が聞こえましたけど!?

 私の背中にぞわっとしたものが全身に広がる。いやこれ悪寒じゃなくて恐怖からくる震えー!!

 団長さんは、そんな私のことはつゆ知らず更に話を進める。


「ケイを保護する時もどちらが保護するかの言い合いになったんだ。先に私が見つけて手を打ったから良かったものの、見つかってなければ……本当にあの時は偶然だが、ケイのもとに倒れて良かった、とすら思うよ」

「はあ……」

 

 そういう事を聞くとらなんとなく女神さまの思し召しがあった気がする……。

 

「ただでさえ召喚に応じた異世界人と言うだけで価値があるんだ、何をされるかわからないのに。それに加えて浄化の効果……魔導師団に加えて神殿もほっときはしないだろう」

「へ!?なんでそこで神殿出てくるんですか!?」

「……本来、浄化で作物は育たない」


 ……あ、これはやってしまった。

 この先を聞くのを私は躊躇う、というか全力拒否したい!じゃないと普段私が否定している事が本当になってしまう!!そんなことはありえない!有り得させてはいけない!


「浄化の事が神殿に漏れたら……ケイは聖じょ――」

「絶ッ対!!隠し通します!!地獄の果てまでも!!」

「……そ、そうか? その確固たる意思が聞けたなら安心した。とにかく、魔導師団と神殿には気を付けて」


 話は終わったと、団長はまた書類仕事に戻った。

 これ全部私を守るため、と思うとなんだか急に申し訳ない気持ちと好きにし過ぎた結果なのでもう少し己の行動を自重しよう、と私は心に決めた。

 本来なら私にかかってくるものを、団長さんがやってくれているんだ。私も少しくらい労わねば。


「ありがとうございます。……お茶の用意しますから、休憩しましょ」


 私がそう言うと団長さんは了解とばかりに手をヒラヒラとさせた。

 それを見て私は踵を返して扉に手をかけた。

 ……このまま素直に出るのは、なんか悔しいな。

 など私の悪い癖だ、一瞬そう思うと悪戯心がムクムクと育っていく。これはもう、私の友達(めっちゃモテる)の小技を試す時……!!

 私は顔だけを振り向いて団長さんに笑いかける。 


「次は、肩に担がないでちゃんと、して下さいね?」


 意味深な言い方をしてみると、その言葉に団長さんはピクリと反応をすると少しの間の後、ゆっくり顔を上げ私を見つめる。その顔は神々スマイルを通り越して魔王スマイルだった。(当社比三割増しの色気溢れる笑顔)

 ……余計なこと言ってしまった。

 意味ありげに自分の唇を親指で拭う仕草を見せる。やめてよして色気ふりむかないで!まだお昼です!!

 見てられないのにその綺麗で妖艶な姿に目が離せない。

 そんな私を嘲笑うかのように、団長さんは呟く。


「覚えておけよ……」


 時すでにお寿司、いや、遅し。

 私は急いで扉から出て聞いてないことにした。

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