第44話 悪意は突然に⑤


 ライオネルに背負われて、やっとの事で森を抜け出し辿り着いた朝に来た広場。そこには第二宿舎の騎士達が今か今かと帰りを待ち侘びていた。


 最初に私達に気付いたのは、ミッシェルだった。


「お料理聖女様!ライオネル副団長!」


 駆け寄ってきたミッシェルは頭に包帯、頬にガーゼと少し怪我をしていた。様子から察するに、あの後バックボアとやり合ったのだろう。


「ご無事で何よりです……!怪我は御座いませんか!?」

「俺はないが、ケイが足を怪我をしている。治療班に連れてってやれ」

「はい!」


 ライオネルは私を下ろし、ミッシェルに命令すると直ぐに去っていった。多分、これからの指示を出すためだろう。


「ケイ様!!すみませんでした!お護りできず、怪我までさせて……騎士の風上にもおけません!!どうぞ、叱ってください!」


 がばっと勢いよく腰を折って謝罪された。

 え!?何故ミッシェルが謝る?


 どう考えても私が悪いのに、ミッシェルが謝る必要なんて全然無いしむしろ叱って欲しいのは私の方だし、責められるのも私なのでは!?


 どうしていいかわからないので、とりあえず頭は上げてもらった。


「ミッシェルは全然悪くないし、悪いのは声を出した私だよ?……それに、怪我は大丈夫?」

「俺なんかは、全然……ケイ様の方こそ。……歩けますか?」

「肩を貸してくれたら歩けるよ」


 抱き抱えようとするミッシェルを制して、肩を貸してもらいつつ救助班の方に連れていってもらった。


 木箱の上に座らされ、足を診てもらう。応急処置をめちゃくちゃ褒められたけど、そう言うのは知識として疎いみたいだ。

 ……うん、これも今度みんなに教えなきゃかな……?


 治療班の人にはポーションと、魔法を掛けてもらった。

 ヒール……と言うのとはちょっと違うらしい。それを使える人は滅多に居ない。聖魔法だから聖女しか使えないとかなんとか。


 もちろん、私は使えません。そんな顔しないで……。


 掛けてもらった魔法は、身体能力促進みたいな、自然治癒能力を上げる魔法だった。

 ヒールの下位魔法という感じだろうか?


 ある程度ポーションと魔法で治るけど無理は出来ないんだって。あくまで自然治癒能力をあげて自己治癒力を早めたに過ぎないから、という説明。リハビリは大事という事ね!わかる!



 魔法も、万能ではないのだ。


 軽い怪我はポーションで治すが、それもあくまで薬みたいなものだから……との説明。

 うーん、剣と魔法の世界も世知辛いんだなあ。


 とは言っても、動けるだけ有難いし治してもらったのはとっても有難いので治療班の人にお礼を言う。


「ケイ様!!」

「ルー!」


 治療班の人が離れていくと、待ってましたとばかりにルーが私の元に駆け寄ってきた。

 治療中だったから気を使って待ってたんだね。木箱に座ったまま両手を広げてルーを受け入れる体制で待ってると、飛びついて抱きしめられた。


「ごめんなさいっ!僕が、ケイ様のことお護りするはずっ、な、のにっ!迷子に、させて……怪我までさせっ、たからあ……!」


 抱きつくなんて、と茶化そうかと思ったのに、ルーがボロボロと泣きながら言うものだから冗談なんていえなくなった。

 代わりに背中をぽんぽんとゆっくりと叩いて慰める。


「ルーのせいじゃないよ。私が不注意で離れてしまったから……全部私のせいだよ」

「ケイ様っ!ケイ様あ!!無事で、よかっ、良かったあ……!!」


 普段、礼儀正しく私へ敬語を貫くルーが我を忘れてわんわん泣きじゃくるから、私もちょっともらい泣きしそうになったけどそこは堪えて嗚咽を漏らすルーを宥める。ぎゅっと抱き返してふわふわの髪を撫でると少し落ち着いたのか、ゆっくりと身体を離して涙を乱暴に拭う。

 私が笑いかけると、ルーも笑ったのでやっと安心できた。


 こんなにも、泣かれるくらいに私はこの子から大事に思われていたんだ。


 どこかふわふわと浮世離れに深く考えてなかった私だったけど、ここは現実の、今私が生きている世界なのだ、と。


 ようやく私は自覚し、地に足をつけた……のでは無いだろうか。危険な目にあってから気付くなんてどんだけアホなのかって話だけども。


 などと考えていたら、急にザワザワと騎士達が騒がしくなった。

 なんだろう?と騒がしくなった方向を向くと、目の前に現れた人物に驚いて目を見開いてしまう。


 何故ここに、この人が居るの?


 と言うより先に、私の足の怪我を見たその人物は、見た事ない怒りの顔を見せると、騎士達を睨みながら怒鳴った。


「怪我をさせた人物は誰だ!名乗り出ろ!!」


 地面まで震えてるのでは?と思うくらいに響く怒号に、騎士達は沈黙し、動けず……で真っ青になって固まっている。

 ……てかマジで震えてるよね、地面。


 魔力ですか、スキルですか、なんでそんなに怒っていらっしゃるのですかー!


 ミッシェルを見ると周りより特に真っ青……というか青通り越して白い。

 その人物は私がミッシェルを見ていると気付いたのか、すいっと私の視線を辿るように追うと、ミッシェルを見つけ睨み付ける。


「……お前か……」

「え?……あ、ちょ、違……!」


 制止の言葉も聞かずにずんずんと進んで行くものだから、周りにいた騎士達も圧倒されてミッシェルから一歩引いてしまう。その為ミッシェルは孤立状態、震え上がってしまっている。


 ――……やばい、助けなきゃ!


 そう思って立ち上がったのと、ライオネルがミッシェルの前に立ち塞がったのは同時だった。


「ケイに怪我をさせたのは俺だ。コイツじゃない」

「ケイ、だと?」

「……まずは冷静になれ、ウルファング」


 そう、この凄まじく負のオーラを纏怒っていらっしゃるのは何を隠そう遠征討伐に行って居るはずの、団長さんなのであった。

 私からも何故ここに今貴方がいらっしゃるのですか、と問いたいです。


「私は冷静だ。遠征帰りにケイ様の気配を感じ、まさかと寄ってみれば……ケイ様を敬わずあまつさえ怪我をさせるとは何事だ。……いや、その前にこんな危険な場所にケイ様が居る事自体が問題だ」

「質問は一個づつにしてくれ。お前のように俺はご立派な頭をしていないんでな」


 そこで嫌味ったらしく煽っちゃダメだろライオネル!

 ハラハラしながら二人のやり取りを見ていると、大きくため息をついて団長さんが問い質す。


「……ケイ様を連れ出したのはお前か」

「そうだ。いつまでも籠の中の鳥みたいに愛護して甘やかすだけじゃケイの為にならん」

「様をつけろ!失礼だろう!」

「あいつが嫌がったんだ、『様』はつけるな、と」

「な、っ……!?ケイ、様……?」


 はい、そこでこっち見ないでくださーい。

 団長さんもそんな捨てられた犬みたいに悲しそうにしない。怒ったり悲しんだり情緒不安定か。


「……え、と……本当、です。聖女呼びや様をつけた呼び方は居心地悪いので……」


 私が小さく意見を言うと信じられない、とばかりに落ち込む団長さん。いや、私結構みんなに言ってますよ?聞いてくれないけど。


「ケイ様、僕はずっとケイ様とお呼びしますからね!?」


 張り合わない、ルーくん。

 しかも問題はそこじゃないです。


「そもそも、ケイはお前のものじゃない。意思のある人間だ。異世界から来たならば尚更に今の立ち位置や現状‪を知る権利と現実を見せる必要があると俺は判断した。だから此処へ連れて来た」

「だから、と言って私が居ない時に連れ出すことはなかっただろう」

「お前が居れば首を縦には振らんだろう?そして居たとしてお前は絶対ケイを守り何もさせない、違うか?」


 ライオネルの正論に、団長さんも思い当たる事があるのか怒りを鎮め、沈黙してしまう。


 私は、二人の言い争いを止めるべきか見守るべきか分からずに立ち尽くしたままなのだった。

 

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