第43話 悪意は突然に④
「私、生きてる……」
視界は青空、仰向け状態。
動こうにも全身が痛くて何も出来ない。
幸い頭は打ってないみたい。背負ってたバックパックがクッションになったのかバックボアにタックルされた割には背中もそれほど痛くなかった。
自分のしぶとさに呆れつつ、生きているという事実を噛み締めた。
周りを見れば、先程クレソンを採った時の川の下流だろうか?
落ちた所も最初は崖だったが途中から坂道に変わっていて運良く転がり落ちる形になったから無事だったのだろう。
「ぅっ……! やばい、足……捻ってる」
腹筋を使って横向きになり、立ち上がろうとするも、左足を捻ってるようで動かすと痛みが走った。これではまともに動けないし、落ちてきたところを登るのも難しい。
骨折じゃない分、よかったと思おう。
「どうしよう……声出したら魔物来ちゃうよね……」
こういう時は焦ったら負けだ。
冷静になろう。
……きっと騎士達が探してくれるから救助は直ぐに来る。飲み水もあるし、食べ物もバックパックにある。あとは足の痛みだけだから、それは枝で固定するとしよう。
そうと決まればゆっくりと立ち上がりなるべく痛みが走らないように庇いつつ木陰に移動して座る。魔物に見つからないようにするためだ。近くの枝を何本か痛む左足に添え木して、包帯がわりに着替えのシャツを持ってたモーリーナイフで切って割いたもので足首を巻く。
「今日ほど自分がキャンパーでよかった、と思う日はないよ……」
ため息をついてバックパックを抱きしめる。
ホーンラビットにバックボア……騎士達がいつも定期的に行っている簡単な討伐、そう聞いていたけど、実際討伐している所を目の当たりにして、緊張感を肌で感じると何を持って簡単なんだ、と思った。
騎士達は、いつもこんな生と死のやり取りをしているのか……。
そう思うと、また背筋がぞっとした。
騎士達が、簡単だと言う討伐は私にとっては死地に向かうようなものだから。
お気楽にピクニックだ、などと思ってた自分が恥ずかしい。
「うぅ……ルー……ダン、ヤック、ポール……団長さぁん……!」
森の中に一人。いつ魔物が来るかも分からない、救助だっていつになるかわからない。
怪我だってしてて痛いし、怖いし、不安でたまらない。
自然と涙が出ていた。
「何が一人で出来る、生きていけるだ馬鹿ー!全然ダメじゃん、私の馬鹿ー!」
この世界は危険だと、散々忠告された意味が今やっとわかった。
わかったフリして、お気楽に私は構えていたんだ。今回、それがよく分かった。
こんな事にならないと分からないなんて私は馬鹿だ。大人のくせに、大人だから、大丈夫とか何故思った?
私はただの平和ボケした馬鹿でしか無かったのに!
弱気になってる今だから自分を責めてしまうのも、分かっているけど涙は止まらなかった。
そんな時だった、茂みからガサガサ、と音がしたのは。
「ひっ……!!」
恐怖に、思わず息を引き攣らせる。
また魔物だったらどうしよう……。
震える手で、ナイフを握り締めた。
「無事か!?」
「……ライオネル、さん……!」
茂みから出てきたのはライオネルだった。
……魔物じゃ、ない。
救助が来た、その事実にほっと一息ついたら、緊張してたのか脱力感に苛まれた。
カラン、と握り締めたナイフが落ちる。
ライオネルは余程急いだのか、息が上がってて、髪もボサボサ、所々に葉っぱもついてる。
私の現状を瞬時で把握し、ため息をつかれた。
――怒られる!
そう思って瞼をぎゅっと閉じて覚悟したら、ぽんっと優しく頭を撫でられていた。
「……へ?」
「無事ならよかった。足を怪我して無事も何も無いが……生きててよかった」
想像と全く真逆のセリフを吐かれて、キョトンとするしかない私に、ライオネルは気付いたのか顔を逸らし咳払いをする。
……ツンデレ?
「足は固定してるようだが、歩けるか?」
「杖か何かあれば」
「そうか……わかった」
そう言うと、ライオネルは後ろを向いてしゃがみこんだ。
「あ、の……?」
「俺が背負う。早くしろ」
「えええ!?いやっ、それって騎士の何某に触れるのでは!?」
「は?何を言っているかわからんが、怪我人を背負うのは当たり前の行為だぞ」
「……デスヨネー」
落としたナイフを鞘に収め、急いで片付けてから、ライオネルの肩に手を伸ばし捕まる。
と、勢い良く立ち上がられ、不意の浮遊感に回した手をぎゅっと握り締め、しがみつく形になってしまう。
重くないですか?と問い掛けそうになったけどそんな様子微塵も見せずにさっさと進み始めたから、舌を噛みそうになって言えなかった。
しばらく、無言が続く。
ライオネルの息遣いと、足を踏み締め歩く度に軋む鉄の鎧の音しかしない。
鎧は、固くて冷たい。
だけど、なるべく揺らさないようにしてくれている気遣いが振動から伝わってきた。
坂や崖を登るのはこの鎧を着ているだけで絶対きついのに、さらに私を背負っての崖登り。
きつくないわけないし、乱雑になるのは仕方ないと思うのに。
ライオネルはひとつも文句など言わなかったし、逆に労りを行動で示してくれた。
……この人、口は悪いけど本当はいい人なのでは……?
最初の印象と、悪意を隠さずぶつけられた事でずっと避けてきたけど。
こうやって今日接してみて、分かったことがある。
ライオネルは、ただ、真面目でまっすぐなだけなんだな、と。
「あのっ……ライオネル、さ……っ」
「すまなかった」
「え?」
いきなりの謝罪に出鼻をくじかれた。
「……お料理聖女を危険に晒すつもりはなかった。ただ、俺は……お前に分からせたかった」
「何を、ですか?」
「現状と、その平和ボケした考えに、喝を入れたかったんだ」
……多分、ってか今までの言動から考察すると言いたいことはこうかな?
「……つまり、私はこの世界は危険なのにそれを分かって無いので騎士達の私への誤解を解くのと同時に現実の厳しさを教えてやろう、と?」
「……そんな所だ」
いや、口下手か!
今度は私がため息をつく番だ。
「そういう事はちゃんと順を追って説明してくれたら私も変な態度とらなかったのに!」
「なに?俺はちゃんと話したぞ」
「言葉が、圧倒的に足りません!伝わってません!」
「そ、そうか……悪かった」
顔は見えないけど、しょんぼりするライオネル。声がちょっと小さくなった。
なんだ、この人全然怖くない、むしろちょっと可愛いのでは?
そんな事を思ってしまった自分に、思わず笑ってしまうと、ライオネルは慌てる。
「何故笑うのだ?」
「いえ、あまりにもライオネルさんの印象が180度変わったので、自分で自分を笑ってしまいました」
「……お料理聖女は変わってるな」
ライオネルも、笑った。そんな気がする。
「あーもー、そのお料理聖女呼び、やめません?私は、山野ケイという名前がですね……」
「む。では……ケイ様、か?」
「様はいらないです。みんなにそう言ってるのにどうしても様付けされちゃって……困ってるんで!」
「ならば、ケイ。俺の事も呼び捨てで構わん」
「そうですか?じゃあ、ライオネル!早くみんなの所に戻りましょーう!」
「……はいはい」
人と人は、話さなきゃわからないのだな、と。この時ほど私は思ったことはなかった。
「ケイ、今までのものも、今日食べたピザも全部美味かった」
「そうですか?じゃあ明日はもっと美味しいもの作りますね……第二宿舎の騎士達にも!」
「ああ、頼んだぞ」
今日一日で、私は現実の厳しさや、第二宿舎の騎士達のこと、ライオネルの本当の優しさ、そして自分の認識の甘さに気付けた日だと思った。
帰り道は、ライオネルが魔物が出ない道を選んで迂回してくれたので日が落ちる前に皆が待ってる馬車を置いてる広場に戻れたのだった。
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