第42話 悪意は突然に③

 なんやかんやで野外実習訓練開始!


 私の周りを囲うように騎士達がいるので、見られながらの見本調理です。


「今日はピザというものを作ります!説明しながら調理していくので、皆さんも真似しながら作ってください!」

「「「おーー!」」」



 広場に響くように大きな声で宣言。

 流石騎士達、ノリ良くお返事してくれておりますが……第一宿舎の騎士達より声が大きいというか、テンションの圧がすごい。


 そ、そんなに楽しみだったのか……な?


 気を取り直して。

 ピザ、と言っても私のはズボラピザなので、材料も薄力粉、塩、砂糖、水……と、シンプルなものにした。

 直ぐに食べるから発酵の必要もない。


 それを混ぜて捏ねて、一個分をテニスボール位にしたら、薄く伸ばしてフライパンで焼く。

 ひっくり返したらトマトソース、干し肉、チーズ……それからさっき収穫したクレソンも散らしてみた。本当はバジルがいいんだけどね、ないから代わりにクレソン。

 蓋してチーズが溶けたら完成だ。


「……という訳で、ピザ・マルゲリータ完成!アレンジ方法は上の具やソースを変えたら良いだけなので、次食べる時は各自色々なピザを発明していってください!」


 そう締めくくって、試食タイムだ。


 蓋を開けると、溶けたチーズがカリカリに焼けていてナイスで切り込みを入れるとパリパリと音がする。

 大きめのを作ったから私とルーは半分こずつ。


「いただきまーす!」

「いただきます!」


 私とルーがいつもの挨拶をするのを不思議そうに見る第二宿舎の騎士達。

 そんな視線は気にせずに一切れ手に掴む。

 あつあつでとろけるチーズとトマトソースがどろっと溶け落ちそうになるのをお皿でキャッチ。

 ピザって油断して取ると具がべろって流れちゃうよね。

 気をつけて持ちつつ、真ん中の美味しい所を遠慮なくバクっと食べると、びよーんとお決まりのチーズが伸びる事態。

 周りを見ると騎士達やルーもチーズびよーんの餌食になってて、笑いあっちゃった。


 生地はクリスピータイプなのでサクサクだし、バジルの代わりのクレソンもほんのり苦くてピリッとした刺激が濃縮されたトマトソースとチーズの濃厚さと絡んでめっちゃくちゃ美味しい!

 あー……なんてジャンク……森で、ピザ……最高!!


 これでビールかコーラあれば言うこと無かったな。


「う、うめーー!」

「これがお料理聖女様の、供物……」

「俺、故郷の母ちゃんに食わせてえよォ……」

「こんな美味いもん、第一宿舎の騎士達はいつも食ってんのか……」

「「「「「第一宿舎……許すまじ」」」」」


 ……なんか、騎士達から負のオーラ?を感じ取ったんだけど。


 ライオネルをチラ見すると、無表情で食べていた。気に入らなかったのかな、と思ったが完食していたので問題ない、だろう。

 私が見本として作ったものはライオネルが食べた。毒味、というか……前に団長さんに言った検食みたいなものだ。


 ちなみに私はルーが作ったものを食べてるんだけどね。


「お料理聖女」

「!? ひゃいっ!」


 やっべ、見てるのバレた!?


「皆、お前が作ったものを食べて喜んでいる。……礼を言う」

「え、あ……いえ、こちらこそ……!?」


 私の方を向かず、喜んだり恨み言を言ったり楽しそうにしている騎士達を見ながら、ライオネルは言う。

 突然のデレ……じゃなく、お礼の言葉にどうしたらいいか分からず視線をさ迷わせたら、とんでもないものを視界に入れてしまって後悔真っ只中の私だった。

 なぜなら、ライオネルの、険しいその横顔に一瞬だけ笑みが見えたのを見逃さなかったから。



*******


「食事が終わったら各自撤収準備に入れ!終わった班から森に入り討伐を開始しろ!」


 ライオネルの指示で動く騎士達を眺めつつ、私も撤収作業を手伝う。

 ……と言ってもバックパックの整理だけですること無いんですけどね。これはあくまで第二宿舎の騎士達の野外実習訓練なので。


 行きと同じように、最後に森に入る。

 帰りは行きとちがった道を行くようで、先程よりも道は険しく、ライオネルが草木を剣で切りつつ進む。

 その後ろにルーがいて、残った木々の枝などから私を庇うように進んでくれている。


 これで無事に帰られたら、ようやく終わるんだ……。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい……何とか……」


 声をかけてくれたのは私に独り言を聞かせてた年若い騎士で、ミッシェルと言うそうだ。

 ちょっと隊列から離れ気味になっていたので気を利かせて声をかけてくれたのだろう。

 食べた後だから横腹が痛いなどと言えず、徐々に歩くペースが落ちていたのだ。

 ミッシェルとは、ピザが美味しかった、とお礼の言葉をキッカケにポツポツ会話をしてくれるようになったのでそこそこ仲良くなったと思っている。


 そんな彼は、今は遅れ気味の私の後ろを守ってくれてた。


「お料理聖女様って、俺らみたいな貧民上がりの騎士……嫌いなのかと思ってました」

「え?」


 ミッシェルが小さな声で言う。

 何故そういうのか分からず、ミッシェルを見つめると、言いにくそうに、だけど思い切ったのか話を切り出す。


「だって……第一宿舎の騎士達ばかり優遇してるし、そりゃあっちは貴族や平民が多いから仕方ないんだろうけど。お料理聖女様、俺ら第二宿舎には顔出したりしないし……やっぱり異世界人も貧乏人は嫌いなのかなって……」


 ミッシェルの顔が今にも泣きそうな、無理した作り笑いで、私は頭から冷水がかかったようだった。


「だから俺らも意地張ってお料理聖女様がやってる野外実習訓練参加しなかったりして……そういうの気付いた副団長が今日、お料理聖女様を連れて来たんだと思います。……今思うと自分達が恥ずかしいです、本当にごめんなさい」


 ミッシェルはペコり、と頭を下げて謝罪した。

 私は何も言えなかった。だって、ミッシェルが言うように無意識に第一と第二を分けていたんだと気付いたから。

 いや、無意識じゃなく意図的に、だ。

 ライオネルが怖いし嫌いだから……なんて子供じみた理由で、罪のない第二宿舎の騎士達を居ないものとして扱って。

 あの敵意を第二宿舎の騎士達も持っているんだと思い込んで勝手に無視していたことを。


 私は何もミッシェルに答えられず、自分の足元しか見れなかった。


 ごめんなさい、も、申し訳無い、も、何を取り繕ったってこの人たちに失礼だと思ったから。


「でも……今日わかりました。ピザ、めっちゃくちゃ美味しかったから。お料理聖女様は第二宿舎の事嫌いじゃない、存在を知らなかっただけなんだってわかりました……だから、あの……これからは少しだけでもいいので、仲良くしてくださいますか?」


 ミッシェルは責めるでなく、優しく私に問い掛けた。

 胸が苦しくなった。


 ――……私は馬鹿だ。

 こんなにも優しい騎士がいるのに、そして今日、私の料理を美味しいと笑顔で食べてくれる第二宿舎の騎士達を見たのに。

 そしてそんな騎士達を見て、嬉しそうなライオネルも見たのに。


 最初の印象から決めつけて思い込みでずっと蔑ろにしたんだ。

 ようやく落ち着いた自分の生活が脅かされないように、と。


 そして、振り返ればライオネルの言うことは全て正しく、騎士達の事を思いやっての行動だったと分かる。そこに悪意や敵対の気持ちが出るのは仕方ない事だったんだ。


 ……だって、私、贔屓してるんだもん。


 お料理聖女とか言われて、少し……いや、調子に乗っていたんだ。

 そんな私の事をライオネルはきっと見抜いてたんだ。そりゃ私に対して怒るのも当たり前だよ。


「わた、し……あの、本当、ごめんなさい……」

「へ!?あ、お料理聖女様!?」

「ごめんねえええぇ……!!」


 私が突然泣き出したものだから、ミッシェルが慌てふためく。足取りはさらに遅くなってしまって、元々離れていた距離がさらに遠くなり、必然的にライオネル達から離れ二人になってしまった。


 慰めてくれるミッシェルに、謝るしか出来ず、そんな私をどうしたらいいか分からないミッシェルが慌てふためく。

 討伐中にこんな事ではいけない、と思うのに涙はとめどなく溢れる。早く皆に、追いつかなければ、と必死に涙を止める。


 ――……その時だった。


「ピギィイイイイ!!」


 静かだった森に獣の断末魔が、響いた。


「な、なに!?」

「ホーンラビットです、お料理聖女様、俺の後ろに」


 スラッ……と剣を抜きながら警戒態勢に入るミッシェル。先程までの涙は恐怖と不安で一瞬にして止まっていた。私を庇うその背中に隠れてじっと息を潜める。


 再び静かになった森。カサっと茂みの奥から音が聞こえたのと、ミッシェルが剣を振り抜いたのは同時だった。


「ギィアァアアア!!」


 耳を劈く断末魔を響かせたと思えば、ぼとっと、音を立てて縦に真っ二つになったホーンラビットだった肉塊を背中越しに視界に入れてしまい、地面に落ちる光景がスローモーションの様に見えた。辺りには血飛沫、地面には血溜まりが出来、鉄臭い匂いが漂う。


 ……これが、討伐……。


 肉塊と腸が散乱する惨状に、生唾を飲み込む。

 背中にゾワゾワとした寒気を感じつつその場に立ち尽くすしか出来ない。


 ミッシェルはまだ見ぬ魔物の気配を察知し、警戒態勢を解かない。


「ケイ様ーー!!どこに居られますか!!」


 遠くでルーが私を呼ぶ声が聞こえた。

 その聞き慣れた声に、はっと意識を戻し安心感を得たくて反射的に叫び返してしまった。

 ここには、まだ見ぬ魔物が居るにもか関わらず……。


「ルー!こっち!私はここにいるよ!!」

「いけない!!声を出しちゃ……っ!?」


 私が大声を出したものだから警戒態勢のミッシェルが驚き身を翻した……と思ったら、私を遠くに吹っ飛ばした。


「……え?」


 突然の事に訳が分からず、よろけてその場に座り込む。

 ミッシェルは直ぐに身体を起こすと剣を取り、構えたその先には……。


「バックボア……!!」


 今にも突進してきそうに前足で地面を蹴り、興奮している馬鹿でかい猪、バックボアが目の前にいた。

 起き上がることも出来ず、呆然と座り込む私にミッシェルは叫ぶ。


「逃げてください!」


 その声と同時にバックボアがミッシェル目掛けて突進して行った。それを寸前で交わすミッシェル。私はミッシェルの声を聞いて急いで立ち上がり、逃げようとするも足がもつれて上手く行かない。


 猪は!前進しか出来ないから!反対方向……おしりの方に逃げれば……!!


「あ……!違う!そっちはいけない!!」


 気付いたミッシェルが静止をかけるけど時遅し。今度は逃げる獲物に標的を変えてバックボアは私目掛けてバックで突進してきた。


「お料理聖女様あーー!!」


 逃げるけども直ぐに追いつかれ、バックボアの突進という名のおしりアタックを受けた私は、足を踏み外し、崖から落ちていた。


 ――……あ、バックするからバックボアね、なるほど……。


 などと、ミッシェルの叫びを遠くに聞きながらどうでもいい事を思うのであった……。

 




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