第41話 悪意は突然に②

 ガタゴト、ガタゴト……と馬車に揺られて一時間くらい?


 ……おしりが……痛いです……。


 現代日本みたいにアスファルトで舗装していない道なので揺れが半端ないしその度におしりを打ち付けるものだから私の柔肌が悲鳴を上げております。

 これでもマシだと言うからもし私が遠征に行く時はおしりが無くなるんじゃないかな?いや、遠征なんて行かないけど。旅に出る時はちょっと移動手段考えよう。


 昨日、ライオネルに脅迫されてからちょっと眠れなかったのだけど、この馬車の揺れで完全覚醒。むしろ吐きそうな程に気分悪いです。別の意味でもあるけども。


 結局今日の第一宿舎の野外実習は三人組に任せた。

 簡単に出来るピザの作り方を教えておいたから三人組でも対処できるだろう。

 これはライオネル率いる第二宿舎の騎士達にも教えるので、両方同じメニューにしておいた。

 後から文句言われても嫌だからね。


「ルーはおしり、平気なの?」

「はい、慣れてますから」

「そっか……」


 なんやかんやで、ルーも付き添いで来てくれた。何かあったら困るから、と言う理由なんだけどそれはこっちのセリフと言いたい。

 断ったんだけど、私の身に何かあるといけないから、と半ば強引に着いてきてくれた。

 知らない土地、知らない場所、知らない騎士達、敵意しか感じない副団長……それを思うとルーが居てくれて良かった、と心底思う情けない私なのであった。


 向かっているところは王都から離れた森。スランカニアの森と言って、出る魔物はホーンラビットという角ありの兎やバックボアという馬鹿でかい猪、たまにオークやライドベアーという大型モンスターが出るようだけど、大型は深層部にしか居ないから、今回行く場所には来ないとの事。


 今日はホーンラビットが大量発生する前の簡単な討伐らしい。ほっとくと奴らは大量発生するのでこうやって日帰りで定期的に討伐するらしい。


 ……うん、避けていた危険そうなファンタジーが一気に押し寄せてきた。


 普段食べている何の肉か分からなかったお肉はここら辺で取れているものもある、ってルーが言ってた。

 ……知りたくなかった、な……。

 世の中には知らぬが仏という言葉があるんだよ。


 だけどホーンラビットのお肉は定期討伐のおかげで平民が安く手に入る肉ってことで有り難がられてるそうだ。

 アズール王国の平民街では割とポピュラーに串焼きとかで売られてるとか。


 そんな話をしていたら、森についたらしい。


「わあ……!ここがスランカニアの森……!」


 目の前に広がる大きな森の入り口。

 人が手入れをして人工的に拓けた草原に馬車を止める。

 騎士に手を差し伸べられ、馬車を降りるとそこには青空と緑しかない世界が広がっていた。


 生い茂る木々は手入れをしているのか程よく間引かれていて陽の光が差し込みキラキラときらめいている。

 時折ふきぬける風は新緑の匂いと共に爽やかに肌を撫ぜて通り過ぎた。


 なんだここ!ファンタジーの森という理想を絵に書いた……いや違う現実にした場所だ!


「こんな所があったんだ……!すごい!気持ちいいー!」


 ただでさえ慣れない馬車に乗っていて身体もバキバキだったから、人目を気にせず身体を伸ばした。


 深呼吸する度に新鮮な空気が肺に循環してさっきまでの気分の悪さなど吹っ飛んでいくのがわかった。


「僕も久しぶりに来ましたけど、とてもいい場所ですよね?」

「そうだね!?あー……今度ピクニックとかにでも来たいなぁ」

「来たらいいんですよ。その時はみんなで!」

「うん!」

「お料理聖女、呑気にしてるんじゃない。隊列を乱すな!!」


 楽しく会話をしていると、ライオネルの怒号が響いた。

 ……うぅ、人がせっかく気分上げてたのに……!一気に半減したわ。

 しかし言われてることは正しいので文句言えないし自分が悪いので大人しく整列する。


 ライオネルの指揮によると、少し休憩したら本格的に森に入るそうだ。

 テキパキと指示を出すライオネルは流石副団長だけあってスムーズだった。


 5、6人班に分かれると森の入り口から各々進んで、中程にある野営場を目的地として、ホーンラビットの討伐という名の間引き駆除をする。私とルーはライオネルと同じ班に配属された。

 まあ、それが妥当なんだろうけども……。


 他の騎士を見送って最後に森に入る事になる。私とルーを中心にして騎士達が取り囲むように周りに配置。ライオネルが先陣を切ってずんずん獣道を進んでいく。


 足が、速い……。


 キャンプや山登りで鍛えてるはずなのに、やはり本職の騎士達には敵わない。

 ゼイゼイと息も絶え絶えについて行くのがやっとです。

 そんな私にライオネルがこれみよがしに呆れた溜め息を吐く。


「ふんっ、異世界人のくせに体力も無いのか、お料理聖女とやらは」

「異世界人もなにも、こちとら鍛えられてないただの一般人ですから!……というか、お料理聖女ってやめてくれません?私聖女じゃないんですけど!」


 散々言ってるけど本当だからね。

 最近は言ってもやめないから訂正を諦めてるだけで、私は一般人なんです!


 そんな私の剣幕にライオネルはきょとん、とした顔をする。……え、なにその顔こわい。


「何故だ?皆、お前をお料理聖女と呼ぶでは無いか」


 きょとん顔は直ぐに消え去り、眉を寄せた不機嫌顔に元通り。


 あ、この人もしかして口ぶりからして私のこと本当に『お料理聖女』と信じて疑わなかったのでは?

 これは由々しき事態!即刻訂正せねば!


「不本意で不可抗力です!私には山野ケイという名前がありますので!!」

「……そうか」


 ライオネルはそれだけ言うとあとは前進する事に集中し、無言になった。

 ……え?なに、何?逆にすごい怖いし気持ち悪い。若干敵意が薄くなったのも何かよく分からんし。この人の目的とか全然読めなくて本当に怖い。

 そんなことをぐるぐる考えていたら、目的地の野営場に到着した。


 ライオネルの行動が分からず、狼狽えただけの時間だったし、行き道は魔物の魔の字も出なかった。



******



「気を取り直して、ご飯の準備をしよう!」


 分からないことは一旦後回し!

 くさくさ考えていたって、わからんもんは分からない!


 騎士達も野営の準備をして各々の班ごとで火起こしをしている。

 私の方は他の騎士達がやっているのですることも無く蚊帳の外です。

 仕方ないので野営場を散歩中。ルーも一緒についてきてくれてる。

 野営場、といっても木々を倒してキャンプが出来る広場みたいにしてるだけの簡易的なものだ。

 ちょっと離れればそこはすぐ森。


「こういう所って、探ると山菜とかハーブとかあるのがファンタジーの定石だよね!」


 座り込んでゴソゴソと、近くの草を分ける。

 ……ここには無いみたいだ。

 飽きるめず今度は場所を変えて木の根元や草の根をかき分けてみた。

 ……やっぱり無い。

 そう簡単に薬草やハーブがあれば苦労しないってか?


「ケイ様?先程から何を?」

「うーん、食べられるハーブとか薬草無いかなって探してた」

「それなら向こうに川がありましたが」

「川……はっ!!」


 川、と言えば……野生のクレソン!

 ルーを引き連れて案内してもらった川は透き通るほどの綺麗な水が流ている清流だった。そしてほとりにクレソンを発見!春先だから小さな白い花を咲かせている。

 良く川辺のキャンプ場でも見かけてたからこれは絶対そうだ!わかる!ちょっと食べたけど独特の苦味と刺激……やっぱりクレソンだった!


 大量に自生していたので使う分だけバックパックに詰め込む。もう1つ、葉っぱがハート型の薬草もあったのでそれは根ごとお持ち帰り。野営場に戻ると、ほとんどの騎士達が準備終わっていた。


 私とルーが野営場に戻ると、騎士達が一瞬ザワつき、それに気が付いたライオネルがこっちに早足で向かってきた。


「お前……どこに行ってた!」


 私の前に来るとライオネルは怒号した。

 それに怯みつつ、何とか答える。

 ルーも突然の大声と威圧に驚いて私の背中に隠れてしまった。


「ど、何処って……その先の、川……ですけど?」

「馬鹿野郎!!勝手にホイホイ出歩くな!!」


 ……め、めちゃくちゃ怒ってる……けど、悪意がない……。そんな気がして、素直に謝罪の言葉が出ていた。


「え、あ……ご、ごめんなさい……!」

「……次からは声を掛けろ、迷惑だ」


 盛大な溜め息をつかれて、釘をさして去っていくライオネル。

 ……な、何だったんだ……?


 周りの騎士達に視線をやると、苦笑いしか返してくれなかった。

 

 普段だったら敵意と悪意を感じるのに、今のライオネルの言葉はなんというか……。


「心配なされてたんですよ、副団長様は」


 苦笑いを浮かべている若い騎士が、独り言のようにぽつりと言った。私がその言葉に若い騎士を見るとすいっ……と視線を逸らされたけど。

 何となく、腑に落ちない感情と申し訳無さにいっぱいになった私だった。

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