第40話 悪意は突然に①
本日は風の日、カレーを作るためにじゃがいもを剥いております。
色々あったよなあ、と振り返りながら野菜の下処理中。まだここに来て2ヶ月ちょっとなんだけどね。日々が目まぐるしくてここに長いことずーっといた気がしてならない。
最初の塩ばかりの食事は今はもう無いし、快適に暮らしております。最近では梅干し作りもしたし、米麹をゲットしたことから味噌を作ったり、肉醤も作った。半年くらい熟成にかかるから出来上がるのは秋になった頃かな?
その頃には味噌からたまり醤油とかも副産物としてできてるだろうし、また新しいレシピが作れる。
そんなこんなで快適異世界ライフ、過ごさせて頂いております。
「ケイ様、明日は野外実習ですがどんなメニューにします?」
隣で玉ねぎを処理してるルーが問いかける。
ゴーグルと布のマスクを装備してる彼は玉ねぎの前で完璧な装備だと言えよう。
本当はここまでしなくとも玉ねぎを加熱したり冷やしておけばいいのだけど、面白いからそのままにしてる。
いつかは教えようと思うので飽きたら言おうと考えてます。へへっ。
「あ、そっか。闇の日だっけ?」
「そうですよー!もうっ、忘れてたんですかっ!?」
正直忘れてた。
いやいや、これでも日々忙しいですから!仕方ないんです!
「どうせ、後ちょっとで団長様帰ってくるって分かって浮かれてたんでしょう?」
「ち、違っ!……う、くはない?けど!」
そう。団長さん、1ヶ月ほど遠征に行かれてるのでそろそろ戻ってくる時期なのです。
後処理がどうのでちょっと遅れててまだ帰られてはないのだけど先達によれば2、3日後には帰れる算段が着くそうだ。それを知ったのが今日の朝だったので、少し浮かれもするでしょう。
「珍しく素直ですね?」
「そりゃ、良くしてくれてる人が帰ってくるのは嬉しいもん」
「へー?」
「変な意味に捕えないの!」
ニヤニヤしているだろうルーに声だけで制して止める。本当は小突きたいけど包丁持ってる時は禁止!
それに団長さんが帰ってきたら王都に買い物行く約束してるからね!それが楽しみで楽しみで……。
きっと王都にはここには無い食材もあるだろうし、1番のお目当ては香辛料なんだよね。危険物扱いになってるから薬草店や魔道店とかじゃないと取り扱いがないって言ってた。
王宮魔導師団にはストックがあるらしいけど絶対王宮には関わりたくないし、向こうも私がここに居ることを薄々勘づいてる気がするし、分かってるんだろうけど極力隠れておきたいです。
今の生活を脅かされなければ私は言う事無いんだ。
ルーが居て、三人組と料理して、騎士達と触れ合って、団長さんとお茶して、みんなでご飯食べる。
そんな些細な日々を壊されなければ、今の私はそれでいい。いつかは出ていくけれど、それは急ぎじゃなく、私が私のことをお世話出来るようになったら、の話。
だから、今は誰にも何もこの生活を脅かされたくないのだ。
******
「今日も疲れたー!」
カレーの日はいつにも増して疲れる。
スープカレー、ドライカレー、普通のカレー、カレーパン……色々作ったけどやっぱりみんなカレー大好きだからパンもご飯も飛ぶようにはけていく。
ちなみに今日作ったのはじゃがいもが入ったダルカレー。骨付きの鶏肉と豆とじゃがいもをトマトベースで煮込んでカレー風にしたものです。
カレーというよりトマト煮に近いけどこれがまた美味しいんだよね。
ダルカレーに関しては二日目のが好きだけど残らなかったから二日目はなしだね。
「カレーの日は二倍疲れますね……」
私の隣にルーが二人分のカレーを持ってやってきた。
私は先に調理場から食堂に来て休ませて貰ってたのだ。三人組はまだ調理場で洗い物をしてる。ルーが来たということはもうすぐカレーを持って各々やって来るのだろう。
「今日のは新作だったから心配してたけどみんないっぱい食べてくれて良かったよ」
「ダルカレー……豆のカレーとは?と思いましたが存外、美味しいものですね」
「ルーは豆きらいなの?」
「食感が……苦手で……」
硬いから苦手だったようだ。
そりゃそうだ、一晩水に晒して柔らかくしたからね。きっと嫌いな理由は硬い豆をそのまま食べたか煮たかしたんだろうな、と勝手に想像した。
「秘訣は一晩水に晒しておくこと、だよ。そうしたら硬い豆も美味しく食べられ……」
「ほう、流石騎士達が崇めるお料理聖女様だ。ベラベラと偉そうに講釈を垂れてらっしゃる」
「誰っ!?」
楽しくルーと話していると、後ろから圧の強い声と悪意のセリフ。
ばっと勢いよく後ろを振り向けば、そこには私を見下し見ているライオネルが居た。
討伐からいつ戻ってきたんだろう。聞いた話では2、3週間討伐に出ているとの事だったのに……。
声をかけられるまで全然気配もなくて、後ろに立ってるなんて分からなかった。
これが、討伐副団長……。
でも、今は完全に悪意と敵意をむき出しにしているし、こちらを馬鹿にする態度は最初にエンカウントしてから変わってない。
この威圧的な態度は本当に気に入らない。
隣のルーはライオネルが放つ威圧感に震えている。
無意識にルーを庇う形で手を伸ばし、ぎっとライオネルを睨めつける。
「お早いお戻りですね。いつお帰りになられたんです?全く持って気付きませんでした」
「つい先日だ。そんな怖い顔しないでくれないですかね、お料理聖女様?」
「……私に何の用ですか?それに貴方に聖女とか言われる筋合いなんてありませんけど」
「おー怖っ、気の強い聖女様だ。……まあいい、単刀直入に言おう。明日、昼から討伐に出る。それにお前もついてこい」
討伐。
魔物を殺しに行く、という仕事についてこい、と言った?
……団長さんに言われるならともかく、なんでこんな敵意むき出しの奴に言われて行かなきゃならないの?
危険と隣り合わせなのに、着いていくことに私になんのメリットがあると言うのだろう。
「お断りします」
「ふーん?……断るのもいいだろう。しかし断るならば王宮にお前がこの宿舎に居ることを報告する」
「なっ!?卑怯でしょ!」
「卑怯?それならお前がしている事は贔屓だろう。野外実習とやらは騎士達全員にするべきの所、お前はこの第一宿舎の騎士のみとしかしていない。それでは当初話聞いたものと違うのではないか?」
野外実習。
元々は私が料理を作る口実と、騎士達が騒いでもいいようにそして団長さんにご飯を食べさせるために話した屁理屈……という名の建前だ。
ライオネルが関わらずとも大丈夫なように野外実習という形で事を収めたはずが、今になって揚げ足を取られた。
いや、きっとこのタイミングじゃ無きゃ出来なかったんだろう。団長さんが居ないこのタイミングを虎視眈々と狙っていたんだ、きっと。
確かに野外実習をするなら、ライオネルが居る第二宿舎にもポスターを貼るなりして声をかけるべきだった。
いくらこの食堂が第一と第二の合同食堂と言ってここにポスターを張っていても十分じゃないし、第一のみにしか貼っていなかった事実がある。そこを責められたら今度こそ終わりだ。
……迂闊だった。
「幸い明日は討伐に行く事が決定した。そこでお前は俺の率いる第二宿舎の騎士達に野外実習とやらを披露してもらう。これはお前から言い出した事で、引き換えに身の保証をするものだ。……と、ここまで言えば分かるだろう? ……お料理聖女様?」
ぐうの音も出なかった。
唇を噛み締めて、ライオネルを睨むしか私には抵抗の意志を見せることが出来ない。
――……くやしい!
ニヤニヤと笑うライオネルに、無言で頷き了承を示した。
それに気を良くし、ライオネルは満足したのか笑いながら自分の宿舎へと帰って行った。
「ケイ様……」
ルーが、心配そうに私を呼んだ。震えはまだ治まってないみたいだ。
安心させるように、にへらと笑い返す。良かった、ルーには何もされなくて。
気付いたら三人組も、食堂の入口で青ざめた顔して固まってたから手招きしたらとぼとぼとカレーを持ったまま近づく。
その顔は今にも泣き出しそうで、ふるふると持っているお盆が揺れていた。
「ごめん、ケイ様……俺っ」
「何も出来なかったです……」
「ケイ様あ……」
こんな弱々しいみんなを見るのは初めてだ。
いけない、大人として。この子達を守れるのは今、私だけだ。
「どうしたの、そんな泣きそうにして!私は全然大丈夫!ついていってご飯作るだけだよ!」
「でもっ、ケイ様……!」
「大丈夫だって!いつも通り美味しいご飯作って、ライオネルの胃袋掴んで来てやらあ!だから、元気出せ、三人組!」
「「「ケイ様……」」」
「ほら、もういいからご飯食べよう?もうおなかペッコペコだよ!」
「「「「……はいっ」」」」
笑顔を見せてくれる四人。
きっとこれ以上私に気を使わせまいと精一杯なのだろう。
団長さんが居ない今、私がこの子達の笑顔と自分を守らなければ。
人知れず、ぎゅっと拳を握る。
せっかく作ったダルカレーの味は、全然分からなかった。
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