第45話 悪意は突然に⑥


 団長さんが沈黙する中、畳み掛けるようにライオネルは言葉を吐き出す。

  今まで言えなかった事を、ここぞとばかりに。


「俺はお前が嫌いだ。貧民からやっとの事で登り詰め掴んだ副団長の位置……そして努力が認められ、時期団長と言われながら、突然現れたお前がそれを攫って行った。俺が欲しくて溜まらなかった位置を、俺の努力を嘲笑うかのようにあっさりと」


 団長さんはライオネルの言葉を聞くと、気まずそうに目線を逸らす。


「事情は知っている、仕方ない事だ。しかし、思考と心は反比例するものだ。努力してもやはり身分が物を言うのだと……恨んだ。いつかお前に一泡吹かせてやりたい、そう思っていたのは事実だし、それにケイを利用しようとした。それほどまでにお前が大事にする程の人物ならば、と」


 どんな事情かは、私は知らない。けれど実力主義の討伐騎士団で時期団長とまでに登り詰めたライオネルを差し置いてまで、団長さんが団長になる事情は相当なものなのだろう……と私は予想するだけしか出来ない。

 そして、その事情を知りながらも実力では負けずとも劣らないのに、下らねばならないのは相当に悔しい思いをしたに違いないだろう。


 ライオネルの心情を思うと、胸が痛んだ。


 そりゃ、魔が差して相手の弱みが見つかったら利用したくなるわな……。それが私って所がちょっと解せぬ所ではあるけども。


「最初は第二を見下し第一の者だけに優しくする常識を知らぬ差別女と思っていた。……だが、こいつはただ、現実を知る機会を得られなかった者なのだ、と……思い直し、話してみて確信した。誰もこいつを本当の意味で護ってはいないのだ、と。だから利用するのは止めたし、俺もどうかしてたのだと反省した」


 何かされるか利用しようとしてるのかな、と覚悟して警戒してたのは正解だったみたい。

 だけど途中からライオネルの態度がやわらいだのは己を振り返って反省したからなんだ……凄いな、ちゃんと自分を客観的に見れる人なのだな。


 私なんか、荒療治だけれど現実を突きつけられるまでライオネルに言われた通り、差別したり、現実が何にも分かってない奴だったのに。


「しかしその結果がこれだ。怪我をさせるつもりじゃなかった……副団長として、騎士として、最後まで護れなかったのは俺の責任だ」


 ライオネルはそこまで言うと、もう話す事は何も無いと示すように団長を見据えてから、腰を折った。


 それを見た団長さんは、顔をあげろ、とだけ言うとライオネルを見つめしばし黙った。

 そして……。


「事情は分かった。……しかし、己の欲の為にケイ様を利用したのは許されん。追って処罰を命ずる」

「ああ、覚悟している。ケイに怪我を負わせてしまったのは、お前への憎悪で騎士道に反し、ケイを利用しようとした己の罰だろう。どのような処分も受け入れる」


 二人の話し合い(?)で事の顛末が決まったらしい。

 ……え、待って?これ、ライオネル騎士団から追放フラグじゃない!?いやいやいや、私そんなフラグ立てた覚えありませんけど!

 むしろフラグ立てたのは討伐遠征行く前の晩に団長さんが立てたやつですけどーー!?


 去ろうとする団長さんに、慌てて駆け寄り二人の間に入る。


「待ったー!」

「ケイ様!?」


 審判よろしく、試合を止める勢いで声をあげた。


「いやいや、確かに企みは最初はそうだったかもしれないけれど、ライオネルの言い分は筋が通ってるし、私が最終的にこの討伐への同行を了承したんだから、この件は私にも責任あると思います!」

「ケイ……庇わなくていい」

「庇ってない!」


 私の大声に次はライオネルが驚く。

 

「ライオネルのおかげで、私は自分がどんだけアホだったとか、何も見てなかったとかそういう、人としての甘さを知ったから!今回の事は勉強させてもらった、と思ってます!だからライオネルだけを責めるのはお門違いなんです!責めるなら私も!」

「しかし……それではケイ様に怪我させたことへの責任が……」

「これだって私の不注意です!ライオネルは関係ない!……ってかそんな責任問うような身分じゃないじゃん、私!それでもってんなら罰則は全て私が受けます!」

「……ケイ様……」


 私がライオネルを庇うことで悲しそうにする団長さんだが、本当の事なのでここはゴリ押しさせていただきます!


 ふんっ!と私が鼻息を荒くして団長さんを見ていれば、私の目の前に一人の騎士が立ち塞がった。


「ケイ様が罰を受ける必要はありません!俺が最も近くに居ながら己の力不足で護れなかったのがそもそもの原因です!」

「ミッシェル……!それは違うよ!私が大声だしたのが悪いんじゃん!」

「いいえ、ケイ様は全く悪くありません。副団長もです。悪いのは……原因を作った俺です!罰するなら、この俺にしてください!お願いします!」


 ミッシェルは団長さんに向かって腰を折る……所ではなく膝を着いて懇願した。


「それなら、僕も……僕だって、ケイ様を護れませんでした……団長様に命令されていたのに……後ろに、ケイ様居たのに……僕は……っ!」


 いつの間にかルーが私の隣に寄り添って来ていた。私の服の袖をぎゅっと握り締め、ふるふると身体を震わせ涙を流し、言葉にならないのか俯いてしまう。

 

 そんな二人の姿を見て、他の騎士達も手を挙げ、自分も……と、お互いを庇いだした。


 ざわめきは大きくなり、騎士達が団長さんに膝を着いて懇願しはじめた所で、団長さんがパンッ!……と、手を叩いた。


 一気に静まる騎士達。


 その光景に団長さんはため息をつくと、私たちから背を向けた。


「……いいですか、私は遠征帰りです。森には立ち寄ってないし何も見てません。……なので、今日の事は何も知りません」

「……団長さん!」

「私は宿舎に到着し、自室で休んでる途中で報告を受ける予定ですのでそのつもりでよろしくお願いします……わかりましたね?」


 団長さんの言葉に、一同喜びの声が上がる。


「くれぐれも、気を付けて帰ること!それが条件です!」


 そう宣言してから、振り返らずそのまま立ち去っていく団長さん。

 私はその背中を見つめながら、心の中でお礼を言った。


「……ケイ……ありがとう」


 それと同じく、後ろからライオネルの呟きを聞いた。

 振り返ると、そこには笑顔のライオネルが居たので私も同じように笑い返した。



*********



「ねえ、ルー……」


 ガタゴト、と行きと同じく馬車が揺れる。

 私の隣にはルーが居て、私の腕に自分の腕を絡ませてぎゅっと抱き締めている。


「はい、なんでしょう?ケイ様」

「密着が過ぎんかね?」

「嫌ですか?」

「嫌じゃないけど、疲れない?」


 無言で抱き締める力を込められる。

 ……あー、これアレだな。私が居なくなって怪我して帰ってきたものだから、ちょっとトラウマになったんだな。小さい子が不安になるとやる行動だわ。


「……大丈夫、私はここに居るからね」


 空いた方の手で、ルーの柔らかな茶髪を撫でる。安心したのか暫くすると、すーすー寝息が聞こえてきた。

 

 大人みたいに見えてもまだ子供だもんね。


 普段、騎士として訓練したり色々しているしっかり者のルーだけど、まだ成人してないし親元からも離れているんだもん。

 そこに普段慕ってる人が目の前で居なくなるなんて怖かったに違いない。

 それに責任感あるルーのことだから、団長さんの命令に背いてしまったっていう負い目も相当なプレッシャーだったんだと思う。


「……ごめんね、ルー。私、ちゃんとするからね」


 頼りない大人でごめん。

 今日の事、私は絶対忘れない。


 ルーの為……何より自分自身の為に、この世界のことを心から、そして真面目に見つめて考えて、生きていくということを学びたい……そう思った。


 馬車の窓からは、うっすらと月が見える。

 今日と言う長い一日が、ようやく終わったのだ、と思いながら……私も目を閉じて眠ったのだった。

 

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