Data.7 ツジギリ・システム

「ツジギリ・システム最大の特徴は、発動することで本来不可能である他プレイヤーへの攻撃が可能になるという点です」


「へぇ、このゲーム本当は他のプレイヤーに攻撃しちゃいけないんだね」


「というか、攻撃してもダメージにならないんです。一部ダメージが発生しない妨害系の技能を使うことで悪さはできるんですが、体力を減らすような直接的な攻撃は基本通りません」


 なるほど。もし私が衝動を抑えられずに無害なプレイヤーに斬りかかったとしても、攻撃は通らないから斬り捨てることは不可能なのね。ちょっと安心してる自分がいるわ……。


「でも、ツジギリ・システムの真骨頂はただ他のプレイヤーを攻撃することじゃありません。攻撃した上でプレイヤーを撃破すると、そのプレイヤーが所持している装備か技能のうち、どちらか1つを選んで奪い取ることができるんです」


「そりゃまた物騒なシステムね……。やったもん勝ちじゃない」


「もちろん、デメリットは用意されてます。まずシステムを発動すると他プレイヤーへの攻撃が可能になる代わりに、自分もすべてのプレイヤーから攻撃を受ける状態になってしまうんです」


 悪いことをするなら、誰から悪いことをされても文句は言えないってことか。もし多くのプレイヤーに悪事の現場を見られたら、その瞬間袋叩きにされちゃうでしょうね。


 ズズマを見た感じ、システムの発動中は体から赤黒い邪悪なオーラが出る。それを見れば目の前にいるプレイヤーが悪者かどうかすぐに判別できる。考えなしに悪事を働けるシステムではないってわけね。


 でも、悪い奴ってのは知恵が回る。それこそ、さっきの私みたいに1人で人気のない場所を歩いているプレイヤーを襲えば、デメリットは獲物からの反撃のみになる。それに加えて、悪者同士で徒党ととうを組めば強盗の成功率はますます上がる。


 逆に言えば、1人で人気のない場所をうろついていたら斬ってもいい悪者に出会う確率が上がるってことだ! これはいろんな意味で有益な情報だ!


「ツジギリ・システムは発動後1時間は自分の意思で解除できません。その間はログアウトも不可能になり、どうしてもログアウトしたい場合は死亡扱いとなりペナルティを受けます」


「奇襲を回避されたからといって即座にシステムを解除して無敵に戻ることはできないってわけね。やると決意した時点で、それなりのデメリットを背負うと」


「ただ、1つだけシステムの発動者側にとって有利なルールがあるんです。それは通称『1時間ルール』……。本来システムでプレイヤーをあやめて装備か技能を奪い取っても、そこから1時間の間に死んでしまったら奪ったものは元の持ち主に返ってくるんです」


「確かうるみも貴重な技能が戻って来たって言ってたね」


「はい。私の場合は殺されてから1時間の間にトラヒメさんがズズマを倒してくれましたから、無事に奪われた技能が戻ってきました。しかし、誰にも倒されないままズズマが1時間逃げ切っていたら……その時点で罪は帳消しにされ、奪われたものは完全にズズマのものとなっていました」


「罪が帳消しにされる……。そうなったらもう絶対に取り返せないってこと?」


「はい。同じようにツジギリ・システムで罪を犯して奪い返さない限りは……」


 なかなかシビアな世界観ね……。

 悪いことをした後に逃げるべきゴールが用意されているのは大きい。永遠に逃げ続けるのはごめんだけど、ゴールがあればそれをスリリングな遊びとして楽しめる人は多いだろう。


 人の本質は善でも悪でもなく獣だ。

 自分のために他者から何かを奪い取ることは、人という種族が持つ当たり前の行動の1つだ。でも、普段はみんなそれを上手く抑え込んで生きている。


 本質だけが物事のすべてではないことを、22世紀を迎えた人類は知っている。


 でも、ゲームの中での罪となれば罪悪感なんてあってないようなものだし、リアルではなかなか味わえない悪の喜びだからこそ、その誘惑は強いと思う。リアルでは優しい人も、こっちの世界では本質を解き放ってストレスを解消しているかもしれない。


 この『電脳戦国絵巻』というゲーム……もしかしたら、私との相性がバツグンかもしれない。少なくとも今のところ斬り応えのある敵とたくさん出会える気がしてならない!


「この世界のどこかに罪が生まれた瞬間、大高札にその情報が張り出されます。大高札はいろんな町にあって、どこでも同じ情報を閲覧できます。中には大高札に頼らずフィールド上で情報を仕入れる道具もあるらしいので、リミット1時間とはいえ罪人を追う人は多いです」


「ということは、追いかけて悪者をやっつけた人にも得があるってことね」


「その通りです。罪人を倒したプレイヤーは、罪人が持っている装備か技能のうち1つをランダムで奪い取ることができます。そして、ゲーム側が設定した仕置金を罪人から巻き上げることができるんです。なお、仕置金が払えなかった場合は所持している道具や装備が差し押さえられます」


「奪ったと思ったら奪われることもある……。因果応報ってことね」


「正直ツジギリ・システムはデメリットの方が大きいと思います。ですが、このゲームでは強くなるためにたくさんの装備や技能が必要になりますから、それを手っ取り早く手に入れる手段として、ツジギリ・システムが便利なことも確かなんです。もちろん、悪事を成功させるだけの実力があるならの話ですけど……」


「でも、悪い奴ほど強かったりするのよね」


「そうなんですよね……。まあ、私はたとえ強くたって悪いことはしませんけど!」


 うるみはどーんと胸を張る。彼女からは有益な情報をたくさん聞けた。


 この世界に存在する悪くて強い奴ら……。そんなのをズバッと斬り捨てることができたら気持ちいこと間違いなし! デメリットが大きい分、向こうだって本気で戦うだろうし、ヒリヒリする真剣勝負が楽しめそうだ……!

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