Data.2 姫神優虎

 そして時は流れ、昨日の夜……。

 『VR居合』はオンライン対戦サービスを終了した。


 私は最後の最後まで人を斬り続け、サービスが終了してからも何度も何度も対戦しようと試みたが、それが叶うことがなかった。


 私はこのゲームが終わったことを心から理解し……泣いた。


 それでも明日はやってくる。

 傷心のまま、今日もこうして学校への道を歩いていくんだ……。


「目が腫れてるよ優虎ゆうこちゃん。何かあったの?」


「ええ、それはそれは辛い別れがね……」


「あっ、そういえば昨日がVR居合最後の日って言ってたね」


「覚えててくれたんだ……。ということで今日は傷心の身だから優しくしてね……」


「私はいつも優虎ちゃんに優しくしてるつもりだけどね」


「そ、そうかなぁ~」


 私の隣を歩くのはクラスメイトで親友の中殿竜美なかどのたつみ。中学生なのに大学生によく間違えられるほどスタイルが良くて、性格も穏やかな子だ。


 竜美との付き合いはそれこそ生まれた病院から幼稚園、小学校、中学校に至るまで一緒という非常に長いもので、親同士も仲が良い。


「ところで、宿題はちゃんとやってきた?」


「あー、ほら、昨日は大事な用事があったからさ……」


「そうじゃなくても結構な頻度で私に頼ってると思うけど?」


「それは……えへへ」


 まるで姉妹の会話だなぁと毎回思う。

 私たちが通っている学校は、いわゆる『お嬢様学校』だ。小学校にあたる初等部から大学までエスカレーター式に進学できる。


 とはいえ、何もしなくていいわけではなく……。中等部に上がってからは授業も難しくなって、勉強が苦手な私はいつも賢い竜美に甘えている。


 そもそも由緒正しいお嬢様ではない私は、クラスでも浮きがちな存在だ。生粋のお嬢様である竜美がいてくれるから、こうして毎日学校に行ける。


 私は『VR居合』を失っても生きているけど、竜美を失ったらダメかもなぁ~。


「しょうがないなぁ! 今回も助けてあげるけど、次からはちゃんとしてね?」


「うん、ちゃんとする! だってもう人を斬るのに熱中することはないからね……」


「ああ……。まあ、そのうち他に熱中出来ることが見つかるって! 優虎ちゃんの集中力はすごいんだから、勉強だって本気になったら私なんて簡単に追い抜かれちゃうよ!」


「勉強は……嫌い。でも竜美のことは好きだから、好きになってもらうために頑張るぅ……」


「もー、私は勉強なんて出来なくたって優虎ちゃんのことが好きだよ? でも、やるべきことをやるのは人として大事なことだから、優虎ちゃんにも頑張ってほしいってだけなの。ほら、早く教室に行って宿題をしましょ? 私と一緒にやれば10分もいらないからね!」


「うん、わかった」


 大切なものと別れたとはいえ、いつまでも引きずっている場合じゃないな。学生の本分は勉強だ。私はもう人斬りにはなれないけど、天才中学生にはなれる。ここからは勉学に情熱を注ごう……!


 そう決意して1週間後……。

 私に異変が起き始めた。


 小テストは満点ばかり、先生には褒められまくりで体の調子も良かった私は、寝坊せずに毎朝バッチリ起きられるようになっていた。


 しかし、その日はベッドから起き上がった時からムカムカ……いやムラムラした感覚が消えなかった。それでも家を出て学校に向かっている道中、私はあるものを見つけた。


 それは長さと太さがいい感じの木の枝だった。そう、男の子がそれを剣に見立ててチャンバラごっこをしていそうな、スタイルの良い木の枝……。


 私には、それが刀のように見えた。途端に内から湧き出る衝動を抑えきれなくなった私は……木の枝を手に取り、思いっきり振り回した!


「うわああああああああああああっ!!」


 周囲に人がいなかったこと、木の枝があった場所が竜美との待ち合わせ場所に近かったことが不幸中の幸いだった。ほどなくして、心配そうな顔をした竜美が駆け寄ってきた。


「どうしたの優虎ちゃん!?」


「竜美……!」


 竜美に抱きつき、その胸に顔をうずめる。中学生とは思えない大きくて柔らかなそれは、いつも私の心を落ち着かせてくれる。


「私、人を……人を斬りたい……!」


「ええっ!? そんなことしたら捕まっちゃうよ!」


「ゲーム……ゲームで人を斬りたい! またVR居合がやりたいよ……!」


「でも、それはもう……。あっ、代わりのゲームを探すのはどう? 大VR時代と呼ばれるほどVRゲームが豊富な時代だもの。きっと似たゲームがたくさん……」


「もう探した……。でも、そんなものはないの。大VR時代だからこそね……」


 時代が進んでいるからこそゲームは複雑化している。大VR時代とは言っているけど、実際VRゲームといえばVRMMOが大半を占めている。『VR居合』のようなシンプルなゲームの方が珍しいんだ。


 遊びまくった私が言うのもなんだけど、なぜ今この時代にひたすら居合で戦うだけのゲームを作ったのかまったく理解出来ない!


 だから、当然『VR居合』をリスペクトしたゲームなどない……!


「それでも、優虎ちゃんが満足出来るゲームはきっとどこかにあるはず……。私も一緒に探すからもう少し我慢しててね」


「うん……。じゃあ、学校サボって早速探しに……」


「それはダメ」


 竜美の視線が急に冷たくなる。

 私はあわてて言い直す。


「じょ、冗談よ! 流石の私もゲーム探しのために学校サボったりしないって! ほら、宿題も予習も完璧にやってきたしね? ね?」


「偉い偉い! じゃあ、放課後は一緒にゲーム探しということで、今日も1日頑張りましょう!」


「おー!」


「あ、優虎ちゃん。木の枝は汚いから置いていってね。はい、除菌ウェットティッシュ」


「ありがとう……」


 さらば木の枝の刀。

 放課後には本物の刀を握り、人を斬れることを願う。もちろんゲームの中でね……!

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