神速抜刀トラヒメさん ―VR剣客浪漫譚―

草乃葉オウル@2作品書籍化

始動の章

Data.1 終了のお知らせ

 『VR居合』オンライン対戦サービス終了のお知らせ――。


 そのメールは突然送られてきた。


 『VR居合』とは、その名の通りフルダイブ型バーチャル・リアリティ居合対戦ゲームだ。


 そのルールはたった1つ……。向かいあった2人のプレイヤーが勝負開始の合図と同時に抜刀し、先に相手の急所に一太刀ひとたち浴びせた方が勝ちとなる。


 求められる能力は合図と共に動き出す反射神経。そして、相手の動きを観察し、どこを斬るか見極める判断力……。


 急所は剣道と同じく頭、首、胴、剣を持つ手の4か所。急所以外への攻撃は無意味であり、急所であっても斬撃が浅ければ勝負は仕切り直しとなる。


 要するに一太刀で相手を死に至らしめるか、二度と剣を持って戦えない状態にすれば勝ちだ。


 こう言うとかなり残酷なゲームに思えるけど、いわゆるグロ描写はない。血飛沫が飛んだり、内臓が飛び出したりはしない。味わえる刺激は『勝利』のみという、ある意味かなりストイックな対戦ゲームだ。


 私はそんな『VR居合』を3年間ほぼ毎日遊び続けた。初めて触れたVRゲームだから衝撃も大きかったし、思い入れもある。そして何より……面白かったんだ。


 日常生活では決して満たされないものを満たしてくれる。刹那の戦いで得る勝利の快感は何物にも変えがたかった。


 だから、私はどんどん人を斬るのが上手になった。遊び始めてしばらくしたら、なかなか負けなくなった。今では五千連勝という記録を打ち立て、それでもなお負けていない。


 でも、それもあと少しで終わりなんだ……。


 『VR居合』のメインコンテンツはオンライン対戦のみ。オフラインでは寝てても斬れそうなCPUとしか対戦出来ない。それでは満たされない。


 このゲームは人と戦ってこそ意味があるんだ。だからこそ、喪失感は大きい……。


 でも逆に言えば、サービス終了まであと少しの間は人と戦うことが出来るんだ。ほぼ無意識に人を斬れるようになった私は、センチメンタルな気分でも負けないだろう。


 最後の瞬間まで人を斬り続けよう……!


「ん? メールがもう1通来てるな」


 そのメールのタイトルは『VR居合開発チームからトラヒメさんへ』というものだった。


 トラヒメは私のプレイヤーネームだ。

 つまり、運営から私個人へメールを送ってくれたってこと?


 すぐにメールを開いて中身を読んでみる。そこにはこれまで『VR居合』を遊んでくれたトラヒメへの感謝の言葉がつづられていた。


 開発チームは少人数で、いわゆるインディーゲームに分類される『VR居合』。それが発売から3年間も無料でオンライン対戦が出来る環境を提供してくれたんだ。


 感謝を述べたいのはこっちの方なのに、このメールには開発チーム全員からの感謝の言葉が書かれている。


 涙が止まらなかった。

 流石にゲームで泣くまではいかないだろうと思っていたけど、泣いた。


 ありがとう、VR居合。

 ありがとう、開発チーム。

 ありがとう……今まで私に斬られたすべての人たち。


 私、姫神優虎ひめがみゆうこはこの御恩を一生忘れません……!

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