Data.3 電脳戦国絵巻

 冷静さを取り戻した私はなんとか普通に授業を受け、何かを振り回して暴れることなく下校時間まで過ごすことができた。


 そして、休み時間中には竜美だけでなく、ゲームに詳しいクラスメイトもアドバイスをくれて、おおよそ私に合っていそうなゲームが見つかったんだ!


 そのゲームの名は『電脳戦国絵巻でんのうせんごくえまき』。

 なんとビジュアルデザインを担当している人が『VR居合』と一緒で、その絵的な雰囲気はかなり近いというか、そのものだった!


 和風だし、刀もあるし、人もいる!

 これで決まりと言いたいところなんだけど、このゲームのジャンル……VRMMORPGなんだよねぇ。


 私はVRゲームで遊んだことがあるのは『VR居合』だけだし、非VRゲームでもMMORPGというジャンルは遊んだことがない。なんだかシステムが複雑で人間関係がめんどくさそうというイメージがある。


 でも、ビジュアルには惹かれる……! 

 良く言えばシンプル、悪く言えば地味だった『VR居合』と比べてデザインはグッと派手になり、公式サイトに載っているスクリーンショットの中には刀を振ってド派手な技を繰り出しているものもある。


 『VR居合』の単純かつ明瞭な戦闘が好きだったのは確かだけど、私だって中学生……。派手派手な必殺技には心惹かれてしまう! これで人を斬ったら絶対楽しいって!


「じゃあ、電脳戦国絵巻を買うのね?」


「うん! やっぱビジュアルデザインが一緒だと親しみを持てるというか、新しい世界にも入り込みやすそうかなって」


「それは確かにそうかも。じゃあ、学校が終わったら優虎ちゃんの家でダウンロード購入するという形にしましょう」


「そうね! それがいいわ!」


 気分は9割ウッキウキだけど、少しだけ不安もある。


 『電脳戦国絵巻』をオススメしてくれたクラスメイトは、このゲームは他のVRMMOと比べてシステム面がとってもシンプルだから、プレイヤーの実力がそのまま戦闘能力に反映されてしまうと言っていた。


 今まで私が磨いてきた技が通用するかどうか……どうしても気になってしまう。そうやってソワソワしているうちに時間は進んでいき、いつの間にか竜美と一緒に自宅まで帰ってきていた。


「ただいま~」


「お邪魔します」


 ……と言っても誰もいない。

 お母さんはそれなりに名の通ったグラフィックデザイナーだから毎日忙しいんだ。


 通信技術も発達しているというのに、『物は生で見ないと伝わらない』と言って作ったものを直接見るために全国を飛び回っている。だから、帰ってこない日も多い。今日は夜遅くに帰ってくるらしいけどね。


「さて、斬るぞ斬るぞ~」


「私は優虎ちゃんがゲームをしている間、お掃除とかお洗濯をしておこうかな」


「あ……いつもありがとうね。本当は私がやるべきなんだけど……」


「いいよいいよ。私はやりたくてやってるんだから! だって、自分の家じゃぜーんぶ他の人がやっちゃうんだもん! 晩御飯だって私が作るから楽しんできて!」


「それじゃあ、お言葉に甘えて……!」


 2階への階段をドタドタ上がる。

 竜美は本物のお嬢様だから、家事をやってみたくてしょうがないらしい。だけど、私はそれに救われてるんだから、何かお返ししないといけないな。


 お母さんがいない日、私は家で1人ぼっちだ。離婚してるからお父さんも帰ってこない。でも、竜美がいてくれると寂しくないし、とっても安心出来る。それだけ人斬りのパフォーマンスも上がるってもんよ!


「先にパソコンでゲームを買って、それからカプセルに入ろう」


 小学4年生の時にお母さんが買ってくれたフルダイブ型VRゲームを遊ぶためのカプセルは、デデーンと私の部屋に鎮座している。


 買った当時は最新式でなかなかのお値段だったけど、頭に装置をつけるだけのヘッドギア型より深い没入感を味わえるらしい。これもまた人斬りのパフォーマンスをあげてくれるものだ。


 私の刃は多くの人の支えで切れ味を保っていると言える。だから、人を斬るたび感謝しないといけないな。


「よーし、購入完了! 久しぶりだなぁ、この期待と不安が入り混じったワクワク感!」


 カプセルの中に入り『電脳戦国絵巻』を起動する! サウンドエフェクト、企業のロゴ、少し長い暗転の後、パッと視界が開ける。そこは宇宙っぽい謎の空間だった。


『最初にゲーム内で使用する名前を入力してください』


 どこからともなく声が聞こえてきたかと思うと、目の前に名前を入力するためのウィンドウとキーボードが表示された。


 名前に関して迷うことは何もない。軽やかな手つきで宙に浮かんだキーボードを操作する。


「私の名前は……トラヒメだ!」


 この名は『VR居合』の時も使っていた名前だ。


 私の本名『姫神優虎』から虎と姫を取ってくっつけた単純なネーミングだけど、かわいさとカッコよさがほどよく融合した素晴らしい名前だと思う!


『次にゲーム内で使用するアバターのデザインを決めてください』


 目の前にアバターの3Dモデルと大量の選択項目が表示される。


「あー、これはちょっと迷っちゃうなぁ……」


 『VR居合』は用意された数種類のアバターを選択する方式だったし、気分によってアバターを変更することもできたから、名前ほど『これ』と決まったものは存在しない。


 とはいえ、適当に作るのはよくないな。このゲームは『VR居合』ほど簡単にアバターの変更ができない気がするし、長く使うアバターなら納得のいく姿にしたい。


 でも、細部にまでこだわっていたら今日中に遊び始めることは不可能だと思う。私は人を斬りたいのであって、アバター作りを楽しみたいわけじゃないんだ。


 ということで、ここは便利機能の1つである『リアルの姿を参考にしてアバターを作る』というものを使ってみよう。リアルの私の体はまだまだ発展途上だけど、顔に関しては少し自信がある。だから、とんでもない姿には……ならないと思う!


『アバターを作成しています。……完了しました』


 こうして出来上がったアバターは……なかなか良いものだった。


 優虎という強そうな名前の割に小動物的なかわいさだとよく言われるが、このアバターはそのかわいさを受け継ぎつつ勇ましさもプラスされている。キリッとした眉と目に、少しだけ伸びた身長、そして虎を思わせる金髪に黒髪が入り混じったポニーテール……!


「この髪型は……完全に名前から影響を受けてるよね?」


 派手すぎてリアルではこんな髪色絶対に出来ないけど、このアバターには案外似合っている。リアルと違う自分になれるのもフルダイブ型VRゲームの魅力だから、今回はちょっと冒険してこの髪型でいってみよう!


『最後に初期装備の武具を選んでください。なお、ここで選択しなかった武具も……』


「か、刀……っ!」


 説明の途中だったけど、目の前に刀が現れたからそれを反射的に掴んでしまった。そして、掴むという行為が決定の代わりだったらしく、そこで説明は終わった。

 でも、問題はなにもない。


 ゲームを始める前から私の初期装備は刀と決まっている。そして、最終装備も間違いなく刀だ!


 刀一筋3年くらい!

 まだまだ若い12歳がいざゆかん!


『これですべての初期設定が完了しました。ゲームを遊ぶ上での細かい設定はステータスウィンドウのメニューにあるオプションで変更することが出来ます。それでは電脳戦国絵巻をお楽しみください、トラヒメ様』


 再びの暗転。

 そして、次に視界が開けた時……私は時代劇に出てくるのような古い町の中にいた!

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