綾香の嫉妬


 昨日のことがあったからか花梨さんは晩御飯を食べてお風呂に入ったら早々に寝てしまった。寝なれない場所ということもあって疲れているようだった。俺も今日はなるべく早めに寝たいのだが綾香に服の袖を掴まれて捕まっている。


「あの……綾香さん?」

「なに?」

「袖離してくれたりは……」

「しないよ」


 なにか怒らせるなことしたかな?と行動を思い返してみるけど心当たりは見つからない。いっそ正直に聞くべきだろうか。


「なぁ綾香」

「どうしたの?」

「俺なんかしたっけ?」

「ううん」

「じゃあなんで……」

「えっとね」

「うん」

「ちょっと寂しいの」

「ん?」

「仕方ないことだとは思うんだけど冬夜くんが構ってくれる時間が減ったのが寂しいの。あと花梨さんが羨ましい」

「……俺といる時間が減って、花梨さんがその分一緒にいるのに嫉妬してるってこと?」

「うん。ごめんね、めんどくさくて」

「いや、綾香をそういう気持ちにさせてしまった俺の落ち度だ。ごめんな」

「冬夜くんは悪くないよ」

「ううん、俺は綾香の彼氏だから。綾香を不安にさせたりなんてしちゃだめなんだよ」

「優しいね」


 袖を掴んでいた綾香を抱き寄せて足の上に座らせる。そのまま後ろから包み込むように綾香を抱きかかえる。


「冬夜くんにこうされるの好き……」

「俺もこうするの好きだな、綾香が俺のだって示せる」

「誰かに見せるの?」

「爺さんとこ行ったときはやるよ」

「みんなの前で?」

「綾香は俺のだって示すから」

「それ私だけ恥ずかしくない?」

「その時は顔隠してたらいいじゃん」

「しない選択肢はないの?」

「ない」

「うぅ……」


 恐らく綾香を狙うような奴はいないと思う、いたとしても容赦なく差を見せつけるが。そういう可能性を全部排除したいからすでに手はいくつもうっている。爺さんに少し頼むだけだから問題はないしな。


「綾香は俺になにして欲しい?」

「キス」

「それは……うん」

「待つのは少しだけだよ?」

「すまんな」

「キス以外だとこうやってずっと一緒いたい」

「じゃあ毎日こうやってするか?」

「うん、ずっと引っ付いてたい」

「綾香は思ったより寂しがりやなんだな」

「ついでに私は面倒くさい女だよ」

「それは全然いいよ」

「そう?」

「それに応えるだけの方が楽だから」

「変なの」


 実際なにをされたら嬉しいかわからない相手よりなにをしたら嬉しいかわかる相手の方がやりやすい。もちろん自分で考えてやるのもいいのだがその手間が省けるのなら省くべきだろう。そして空いた時間をその相手に使えばいいのだし。


「冬夜くん」

「なに?」

「今日はベットでもイチャイチャしたい」

「いいよ」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ私の好きにしてもいいってことだよね?」

「寂しい思いさせちゃったしな」

「やった!」


 綾香が俺の腕の中でなにしようかな~と楽しそうに考えている。俺は自分の理性だけは保てるようにしておこうと気を付けておく。


「あ、でも冬夜くん今日は寝たいよね?」

「あー……確かに寝たいな」

「じゃあ今日は我慢するよ」

「そうなの?別にしてもいいんだぞ」

「するなら冬夜くんも満足できる時がいいから」

「ありがと」


 同時に少しだけ綾香のことを強く抱きしめる。もちろん痛くならないように。綾香はそれに合わせて自分の力を抜いて俺に体を預ける。


「ほんと幸せだね……」

「だな」

「冬夜くんはこんなことなるかもって予想してた?」

「全く、そもそも同棲がなかったら婚約者とかすらうやむやになるって思ってた」

「だよね、好きだけど会えないんじゃな~、ってなってたもん」

「俺が正月にしか帰ってなかったしな」

「もっと帰ってくればよかったのに」

「家から出るのが面倒でな……その時間あったら料理とかしてたかったし」

「微妙に怒れない理由だね」

「なんだったら怒ってた?」

「ゲームしてたい、とか?」

「そりゃ怒るな」


 ほんと綾香とこんな時間を過ごせるなんて考えても実際にはできないと思ってた。けどそれが今は実現している。たまたま同棲することになって俺がちょうどよく一人暮らししてて、昔交わした婚約者の約束があって今になる。海外出張なんて予想できないし。


「奇跡なんだな……」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「あっ」

「どした?」

「夏休みにしたいことが今一つできた」

「なに?」

「プールで冬夜くんとウォータースライダーに行きたい」

「ずいぶん限定的だな」

「今の体勢から思いついたからね」

「ならその時はもっとしっかり抱きしめないとな」

「私が飛ばないようにね」

「綾香は飛ばないと思うな」

「ん?私が重いってこと?」


 笑顔だけど怖さがある顔をこちらに向けてくる。しかも下から上を向いてやってるからそういう意味の怖さとは違う怖さがくる。


「そうじゃなくてだな」

「うん」

「飛びそうになったら意地でも俺を掴んできそう」

「……やりそう」

「多分髪とか掴んでくるよな」

「うん、絶対やる」

「……やるなよ?」

「冬夜くんがしっかり捕まえててくれたらしないよ」

「そっか。じゃあ大丈夫だな」


 その時はこうするよと言わんばかりに綾香のことを抱きしめる。


 しばらくそうしていると俺はいつの間にか寝てしまっていた。その後なにをされたかはわからないけど気づいたらベットだったし多分大丈夫だろう。妙に唇が湿ってるのとか気のせいだと思う。

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