後夜祭、そして──
メッセージが届いた通知でスマホを開く。内容は今からそっちに行くね、というもので綾香からだった。ついでに時間を確認すると後夜祭が始まるまで1時間を切っており準備がようやく終わったのだろう。
気づけば1時間も経っていたことに驚きだが、春香先輩からの告白で俺もすこし放心していたのかもしれない。さすがに人の告白をさらっと流せるほどのメンタルはしていない。グラウンドを見下ろすと続々と生徒達が集まってきていてもうすぐ始まるんだなということを実感させられる。
始めるのが夜ということもあって生徒の参加は強制されていないがそれなりの人数がいるのでやっぱりなにかするかな、なんて邪推してしまう。
そうこうしていると屋上のドアが開き綾香が出てくる。
「おまたせ」
「仕事は済ませたか?」
「うん、後のもまかせてきちゃったし大丈夫だよ」
「そっか」
綾香が歩いてきて隣に腰掛ける。もうすぐ沈む夕日に照らされて二人の影が伸びる。寄り添っているのその影はなんだか自分よりも先に進んでいてそうで少し嫉妬してしまう。
「なんだか影の方が仲良しだね」
「だな」
綾香も同じことを思ったらしくその話に花が咲く。
「私たちって周りからこんな風に見られてるのかな?」
「やってることほぼ恋人と変わらないしな」
「あんなイチャイチャ普通しないよね」
「それも人前でな……思い出すと恥ずかしくなってきた」
「あはは、私は楽しかったよ?」
「楽しかったけどな?恥ずかしいって」
「やっぱり2人きりが落ち着くよね」
「そうだな、2人でいるときが一番楽で楽しいよ」
「夏休みはいろんなことことしたいね」
「海……というかビーチは確定だぞ」
「1週間泊りでいくんだよね?」
「ああ、だからその近辺なら色々行けるぞ」
「なにかあるの?」
「観光地も近いし結構あるぞ」
「じゃあたくさんデートできるね」
夏休みにやりたいことがどんどんあふれてくる。ここ最近忙しくて話せてなかったこともあり会話が止まる気配がない。
そんな時間は当然ずっとは続かない。気づいたらほとんど落ちていた太陽が完全に隠れて辺りが一気に暗くなる。
「もうすぐだね」
「だな」
立ち上がってグラウンドの方を見る。先生たちがなるべく生徒達を火から離しているのが見える。それと暗いなかではかなり目立つ白い和服っぽい子もいる。恐らくその子が弓道部の子で火をつける係なのだろう。
先生から特別な矢らしきものを渡されてそれをつがえる。その先端に先生が火をつけて、少し大きな歓声が上がる。そして学校中が静寂に包まれる。
その姿に思わず唾を飲み込む。
そして弦を引っ張りキャンプファイヤーに向けて矢を放つ。
ぴゅう、という音とともに矢が飛びキャンプファイヤーに火をつける。
「わぁ……」
火が徐々に大きくなっていくその光景に目を奪われる。屋上もほんの少しだけ火に照らされて温かみを感じる。
それと同時に自分の鼓動の音が大きくなっていくのがわかる。いよいよ実行の時なのだと思うと珍しく足が震えそうになってどうにかそれを抑える。
キャンプファイヤーを見ている綾香に気づかれないようにして息を吸い、ポケットにあるものを取り出す。これが今日の午前中、文化祭にこれなかった理由だ。
「綾香」
意を決して声をかける。
「呼んだ?」
「うん」
会話がすぐに途切れてしまう。さっきまで話していたのが嘘のようだ。
「綾香に言いたいことがあるんだ」
「うん」
その場に片膝をつき
「俺は淡水綾香のことが好きです。誰よりも愛しています。ずっと我慢させて、待たせちゃったヘタレな俺だけど付き合ってくれますか?」
「……ぅん、もちろんだよ……」
綾香の瞳から涙が零れる。口元に両手を当てて隠しているがわずかな光で隠せてなくて涙が光る。
「指輪はめてもいいかな?」
「うん……!」
綾香の左手を取り指輪をはめる。正直気が早すぎる気もするが俺達にはこれぐらいがいい。
「これじゃ、告白じゃなくてプロポーズだね」
「それでもいいだろ?」
「うん。一生大切にしてくれるんでしょ?」
「もちろん。綾香は俺が幸せにする」
「……指輪のサイズぴったしだね。いつ測ったの?」
「綾香が寝てるときに、起こさないようにそろっと」
「いつのまに……」
「綾香は一度寝たら起きないしやりやすかったよ」
「なんか屈辱……」
告白の緊張がとれて徐々にいつもの調子が戻ってくる。それと同時にもう一度覚悟を決める。
「もう一つだけいいかな」
「なぁに?」
「その……キスしてもいいか?」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよ」
「もうちょっとかっこよく言ってくれたらなぁって」
「仕方ないだろ」
「そうだね……でも今は私の番だよ」
「んっ!?」
綾香が飛びつくようにして俺の唇を奪っていく。
そして長いキス。時間としては10秒程だったろうけど初めての俺にとってはその時間が永遠に感じられた。
「ぷはっ」
「急にしてくるなんてきいてない」
「ごちそうさまっ……これぐらいの反撃はいいよね?」
たくさん待たされたんだし。そんな言葉が聞こえて俺はなにも言い返せなくなる。
「冬夜くんからの初めてはどうしてくれるんだろうね?」
「なるべくいいものにするよ」
「じゃあ楽しみに待ってるね」
そう言ってもう一度綾香の唇が触れる。この勢いで俺から行きたいけど流石にするわけにはいかず我慢する。
こうして俺たちは無事に付き合い始めた。そしてその最初の時間を2人きりで楽しんだのだった。
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