冬夜の気持ち

 ゆったりと時間も過ぎ今俺は3人と綾香を乗せてそれぞれの家に向かっていた。回る順番は最初に桜ちゃんその後に白黒姉妹だ。ちなみにこの2人の名字は下山しもやまらしい。


「次を左だな?」

「はい、そうすればあとは直線です」


 後ろに座る桜ちゃんに道を聞きながら車を運転する。免許を取ってからも週一程度で運転はしていたしある程度は運転できる。


 それから程なくして桜ちゃんにそこです、と声をかけられる。


「ん、ここでいいんだな?」

「はい、ありがとうございました」

「じゃあね〜」

「うん、また明日。おにーさんも今日はありがとうございました」

「これぐらいならいつでもいいよ、またね」

「はい、また」


 そう言って桜ちゃんは車を降りて家に入っていった。一応それを見届けてから車を発進させる。次は下山姉妹の家だ。……なんか白黒姉妹の方が語呂がいいな。


「私たちの家は……」


 しっかりしている白ちゃんに道を教えて貰いながら車を走らせる。この2人の家も桜ちゃんと同じ住宅街にあるようでそれほど時間がかからずについた。


 さっきと同じようなやり取りをして2人を降ろし綾香と2人きりになる。


「やっと2人きりだね」

「すごい誤解があるな」

「なんのことかな?」

「しらばっくれるな」


 夜で車の中ということでいつもよりも少し静かな雰囲気で会話が進む。


「……あの子たちのこと好きになったりしないよね」

「するわけないだろ」

「……よかった」


 安心したような笑みをみせる綾香。もしかしてだけど……


「綾香は3人と話してる時に嫉妬とかしてたのか?」

「そんなことないよ!……多分」

「なら不安になってたろ」

「それは……うん。ちょっとだけ寂しかった、それにもしかしたら……ってなって不安だった」

「綾香には全然かまえてなかったからな」

「みんないるし私だけってわけにもいかないでしょ?」

「そうだけど、言ってくれたらいいのに」

「言えるわけないじゃん……はずかしい……」


 頬を紅く染めて俯く綾香。運転中にそんな表情しないで欲しい。気になって仕方ない。


「なら今ちょっとだけ恋人っぽいことしてみようか」


 赤信号で止まったのをいい事に俺は左手で綾香の右手を包み込むように握る。ゆっくりと一本づつ指を絡めてお互いを感じるように。


「と、とうやくん?」

「婚約者って言っても今までこういうことはしてこなかったしな。ちょっとぐらいいいだろ」

「……うん」


 今度は耳まで紅くして綾香が返事をする。いつもは変わる時間が長くて暇な信号が今だけはありがたい。そのおかげで綾香のことをずっと見れるのだから。


「冬夜くんの手おっきいね」

「そりゃ男だからな」

「ちょっとゴツゴツしてて、でも優しくて温かい」

「……そりゃどうも」


 微笑みながらそんなふうに褒められて今度は俺が照れてしまう。ルームミラーを見ると少しだけ紅潮している自分の顔が写る。


「綾香の手は小さくて可愛いな」

「そうかな?」

「うん。柔らかいし指も細いし、なんか簡単に壊れそうで怖い」

「そんなことないよ?」

「それぐらい大切にしたいんだよ」

「そっか……ありがと」

「ああ……」


 そこで信号が変わる。もっと長く赤であって欲しいがそういうわけにもいかないだろう。ちょっと危ないのを承知で綾香の手を握ったまま車を発進させる。


「途中コンビニとか寄る?買いたいものがあるなら買うけど」

「ううん大丈夫。今は食べたいものもないし」

「そっか、なら直接家に帰るよ」


 話せることがなくてすぐに会話が終わってしまう。聞きたいことや話したいことなんてきっといっぱいあるはずなのになにも出てこない。


 綾香と殆ど合わなくなったのは中学を卒業してからだ。それからは年に2度会うぐらいしか合わなくなっていた。でもそれも高校までで大学に行き一人暮らしをしてからは全く会っていなかった。だからおととい会った時は本当に驚いた。綾香ってわかったけどめちゃくちゃ変わってたから。


 昔はすごく可愛い子でなにをするにしても俺についてくる子だった。だから俺は外で遊ぶ回数よりも家の中で遊ぶ回数が多かったし綾香のしたいことを付き合う方が多かった。


 俺には弟もいるしそれもあって面倒見だけはよかったのだろう。だから綾香が俺のことが好きになるのはきっと当然のことだったはずだ。幼い頃に優しくしてくれた人が好きになるのはきっと男女共通だろうし。


 なら俺が綾香のことが好きなった理由はなんだろうと考えたことがある。その時は結論が出せなかったけど今はわかる。きっと綾香のことを守りたかったのだろう。隠さずいえば独り占めしたいからだ。独占欲なんて不純なものが俺の綾香が好きな理由なんだから。


 そうなった原因は明確なんだけどな。


 そんなことを考えているとすぐにマンションの駐車場に着いた。流石に手を離さなきゃと思ったその時だった。さっきまでよりも綾香に強く握られた手に柔らかい感触があたる。隣を見ると俺の手に綾香の唇が当たっていた。


「ふふっ、今日のお礼だよ」

「あのなぁ……」

「それともほかの所がよかったかな?」


 蠱惑的に微笑む綾香を見て自分のなかでふつふつと感情が湧き上がってくる。それを今の俺の理性では抑えきれなくて車の中で動きづらいのをわかって綾香に抱きつく。


「えっ、えっ?冬夜くん?」


 綾香の慌てた声が聞こえるけど無視をしてハグを続ける。


「綾香……俺だって綾香のこと好きなんだよ」

「……うん」


 少しだけ弱った俺の声を聞いて綾香は優しく手を背中に回してくれる。そして母親が子供をあやすようにゆっくりと撫でてくれる。


「綾香が俺が他の子と話してて心配するように俺も綾香が学校に行ってる時すごく心配なんだよ」

「うん」

「ほんとは綾香のことを独り占めしたい」

「それは私もだよ」

「誰にもを見せたくない」

「私だってとうくんのこと誰にも見せたくないよ」

「でもこんな汚い感情であやを見たくない」

「私もとうくんに見せたくないものあるよ」

「……こんな汚い俺でもあやには許して欲しい」

「なら私もとうくんに認めてほしい」


 気づけば俺の頬を一筋の涙が伝っていた。久しぶりにこんな感情が昂ったからだろうか?それとも綾香の優しさに包まれているからだろうか。でもいまはそんなことを考えている余裕はない。


 だって今は綾香を独り占め出来ているんだから。全身で綾香のことを感じれているのだから。


「好きだよあや」

「私も大好きだよ、とうくん」


 お互い耳元で愛を囁きあう。そしてお互いの頬をキスをする。この調子ならちゃんとキスが出来るのは何年後なのだろうか。きっとまだまだ先のことなんだろう。




 結局俺たちはそのまま車の中で数分抱き合ったあと冷静になりお互い一言も喋れないどころか目も合わせれずに部屋まで戻った。


 その間ずっと手はだけは繋いだままで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る