綾香の苦悩


ーー綾香ーー



 昨日の夜、冬夜くんから頬にキスをされてから私の心はずっと上の空だった。自分の好きな人からキスをしてもらったこと、そして冬夜くんが自分の想像よりもかっこよくなっていたからだ。


 学校では女神様だの天使様だのいろいろ言われている私だけど結局私も恋する乙女なわけで、好きな人との妄想なんていくらでもしている。昨日のなんて妄想がそのまま現実になったシチュエーションだからほんと興奮がすごかった。おかげで今日は寝不足だ。


「綾香ー」

「……」

「綾香ー?」

「……」

「おーい」

「……桜?」

「やーっと気づいた、おはよう」

「うん、おはよう」


 それだけ調子が悪いと桜の呼びかけにもなかなか気づけず3回ぐらい呼ばれてようやく気付いた。


「今日はどうしたの?」

「昨日いろいろあって寝れてなくて……」

「ふーん……なにがあったの?」

「冬夜くんと……えへへ……」

「あ、だめだ。この子完全に壊れてる」


 昨晩のことを思い出すだけでだらしない笑みがこぼれてしまう。桜に壊れてる子認定されるぐらいだから相当だろう。


「綾香、先生には私が言い訳しとくからおとなしく保健室で寝ときなさい」

「ありがと、さすがに今日はきつそうだしそうするよ……」


 私は学校についてすぐ保健室に向かう。桜もついてきてくれて先生に事情を説明したらすぐに帰っていった。その間私は調子が悪い風な演技をしていただけだ。実際はただの寝不足だけど。


 ベットを借りてそこに転ぶ。制服は寝ずらいので体操服に着替えさせてもらう。制服を着たまま寝るのはさすがにキツイ。しわとか気になるし。目を閉じてれば眠気がすぐに来るだろうと思っていたけどなかなか寝付けない。理由は昨晩のことを思い出しているからだ。


 目を閉じてると昨日のことを思い出しても一人悶えてしまう。傍からみれば両手で顔を覆って一人キャーって感じに悶えてるやばい人だろう。……けっして私は悪くない、かっこいい冬夜くんが悪いんです。そんな言い訳をしながら私はどうにか眠りにつこうとする。


 ……寝れたのは結局それから10分後だった。




 1時間ほど寝ることができ朝よりはスッキリとしている。この状態なら1日いつもの仮面を維持することはできるだろう。


「体調はもう大丈夫そう?」


 私がベットから出てきたのをみて先生が声をかけてくれる。


「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

「なら次の休み時間までゆっくりしていってから教室に戻りなさい」

「ありがとうございます」


 私は再びベットに戻り制服に着替え直す。そうしてチャイムが鳴ったのを聞いて保健室を出る。階段を上っているとちょうど降りてきた桜に会う。


「もう大丈夫そう?」

「うん、とりあえず今日はもう大丈夫だよ」

「ならよかった。次体育だけど受ける?」

「んー……今日は休もうかな」

「なら私も休もうっと」

「休んで大丈夫なの?」

「だいじょーぶ!」

「そっか、ならいいんだけど」


 元気に大丈夫と言われたんで流してしまうが本当に大丈夫だろうか?桜は結構体育の授業を休んでいるような気がするけど……まぁ気がするだけか。そう思って流すことにする。


 一応体操服に着替え先生に見学の旨を伝えて私たちは体育館の端っこに座る。ここから授業が終わるまではずっと雑談タイムになるだろう。


淡水あわみずさーん」


 クラスメイトが私のことを呼びながら近づいてくる。


「どうしました?」

「1時間目休んでたけど大丈夫?」

「うん、しっかり休ませてもらったのでもう大丈夫だよ」

「そうなんだね、ならよかった」

「体育はさすがに怖いので見学にするけどね」


 すこし微笑みながら彼女らにそう言う。


「それがいいよ……あ、そうだ!」

「どうしたんですか?」

「えっとね淡水さんのこと心配して近寄ってくる男子がたくさんいると思うから気を付けてね、私たちもなるべく注意しておくから」

「お気遣いありがとうございます。今日はみなさんを頼らせてもらいますね」

「まっかせて!」


 それだけいって彼女らは体育の授業に戻る。


「……めんどくさい」

「人気者はたいへんだね、綾香」

「もういい加減脈ないことに気づいてよ……」

「株あげればなんとかなると思ってるんだろーね」

「それが下げてるとも知らずにね」

「滑稽だねー……」


 男子たちがチラチラとこちらを見ながら授業を受けている。私はそれに気づかないようにしているがさすがに視線の量が多くて鬱陶しい。……一人ぐらい投げ飛ばしてもいいだろうか。


「七月の文化祭まで我慢だね」

「うん……こんなに文化祭が待ち遠しいのは初めてだよ」

「今年もミスコンは断るんでしょ?」

「うん、と言っても去年は普通に休んだんだけどね」

「夏バテできつそうだったもんね」

「暑いのははほんといいことないからきらい……」

「わかるー、夏っていいことほんとないよね」

「なにより男子の誘いが鬱陶しい」

「海に行こうとかいってくるやつ?」

「同性ですら行ってないのに誰が男子と行くと思ってんの……」

「好きな人がいるって思ってないからでしょ」

「知ってても誘ってきそうだけどね」


 結局その時間は誰も話しかけてくることはなかったがこの後のことを考えて私はどんどん憂鬱になっていった。

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