第3話 遥かな影-3

 剛の怒りがついに爆発した。と、美加の腕は軽くなった。はっとして見ると、見知らぬ学生服の男が剛を殴り飛ばしていた。突然のことに剛は倒れ込んでしまっていた。

「おい、痴漢はもっとおとなしくするもんだぜ」

その男は剛を見下ろしながら、そう言った。剛は慌てて起き上がると、逃げ出すように駆けて行った。

 男は振り返って美加を見た。公園の灯かりがその男の姿を浮かび上がらせていたが、学生服はうす汚く見えた。ばさばさの髪の間から冷たい瞳が美加を見ていた。一瞬身を竦めたが、慌てて礼を言った。

「あ、ありがとうございます」

「まぁ、いいってことよ」

素浪人みたいな雰囲気だと思いながら、美加はまた頭を下げた。

「ところで、彼女。さっきの様子だと、あの痴漢、顔見知りみたいだけど、またやって来るんじゃないか」

「あ…そうかもしれません」

「よかったら、力になるぜ。話してみないか」

 どうしてその言葉にのってしまったのかわからなかった。ただ、まだ頭が混乱していたようだった。ベンチに腰掛けていきさつを話すと、その男は頷いて言った。

「わかった。松下ね…、あいつは嫌な奴さ。質の悪い奴でさ、あんたのこと知ってるんなら、もしかしたら、つきまとってくるかもしれないな」

「え?そんな…」

「さっきの、あの痴漢は、どんな奴なんだ」

「そう言われても…、しばらく会ってなかったから…」

「松下の言いなり、ってとこだな。要は」

「…そうかもしれません」

「じゃあ、あんた、危ないよ。ヤラれるかもしんないな」

「ヤラレル、って?」

「まぁ、危ないってことさ」

「…そんな……。どうして…」

「藤工だろ。モテない連中の吹き溜まりで、チンピラの松下だろ。まぁ、間違いないね」

「どうしよう………」

「俺を雇いな」

「え?」

「俺がケリつけてやるよ」

汚い身なりの男はニヤリと笑いながらそう言った。一瞬悪寒を感じたが、美加はつられて頷いてしまった。

「俺なら、松下にヤキ入れて、あんたが俺の女だってことにして、手ェ出さないよう話つけてやるよ」

「でも…」

美加の頭の中に不安がよぎった。全部、仕組まれているんじゃないだろうか。

「いいさ、心配しなくても、大丈夫。どうだ、どうする?」

「…でも、お金なんて…」

「いいぜ、別に金でなくても」

「え?」

「一日、俺に付き合いな」

「え?それって…」

「まぁ、変なことじゃねえから、安心しな。いいな、契約成立だ」

男は立ち上がった。そして美加を見下ろしながら、ニヤリと笑った。

「俺は、元木、元木純也って言うんだ。まぁ、こんな厄介事ばっかり首突っ込んでるから、ジャッカルなんて呼ばれてるけどな」

「…ジャッカル?」

「あんたは?」

「あ、広瀬美加といいます」

「何年?」

「三年。緑ヶ丘の三年生です」

「中坊ね。そんなのまで狙うたぁな」

「あ、あの……」

「まぁ、まかせときな。二三日したら、また会おうぜ」

男は立ち去って行った。美加は、ぼんやりとしたまま、そのまま残されてしまった。



    * * *


 数日間、何も起こらなかった。

 塾の帰り道を変えたこともその理由のひとつだったかもしれない。公園の前を避けて小学校の裏を通るようにした。その道はコンビニが明るかったのも、安心できる理由だった。だけど、コンビニの前に人がたむろしていると、剛がいるのではないかと不安になった。だが、そうした不安も全て気苦労でしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る